第4話 男の娘物語 4 島田
幸い耕平は背負わずとも歩けた。
ふらつく足で満員の席をかき分けながら出口に歩く。
「案外酒は弱いんだな、うどん定食大盛を食べるくらいだから胃腸は強いかと思ったけど」
通りへ出てガードレールに寄りかかる耕平は、酔ってはいるがさっきまでとは違っていた。
車のライトが端正な横顔を浮かび上がらせる。
「胃腸の強さと肝臓の強さは別でしょ。それに、酔ってはいるけど、それほどでもないですよ、さっきはちょっとうるさいのがいたから」
後ろを向いて通り過ぎる車を眺める。
尋問されるのがウザくて酔ったふりをしたというのだろうか。
嘔吐する後輩を世話する心配がなくなった。
黙ったまま駅の方に二人で歩いた。
まだ夜も早い大通りには、行き交う人も多い。
車のライトに後ろ姿を照らされた大勢の人間が、それぞれの落ち着く場所へ向かっている。
男子寮での事、いろいろあったのかもしれない。
聞かれるのが嫌になるようなことがたくさん。
「うーん、何だか気分悪くなってきたかも」
後ろを歩く耕平を振り向くと、彼は突然そう言ってしゃがみ込んだ。
やはりそうなるのか?
「大丈夫か? 駅のトイレで吐けばいいよ。もう少しだ。それまで我慢しろよ」
島田がしゃがんだ耕平の背中をさすると、
「駅まで我慢できないかもしれない。あそこで休みませんか?」
耕平が左手を指差した。
ホテルのネオンが、ご休憩3500円と表示していた。
結局タクシーをつかまえて二人で乗り込んだ。
「島田先輩は、そういう趣味はないんですね」
吐き気は収まったのか、それとも嘘だったのか知らないが、島田に寄りかかる耕平の言葉は、がっかりしたような気持ちを含んでいる。
「お前は確かに美人だけどな。俺は男には興味ないの。でも、どういうつもりだったんだ? 俺を試したのか?」
合格だったのか、不合格だったのか、この態度では判断できない。
「男性不信なのかな。寮でいろいろあったから。みんな自分を狙ってるみたいな、自意識過剰になってたかもしれません」
素直に言う耕平はかわいかった。
男には興味ないと言った島田の言葉は本心だったが、それは耕平に出会うまでの話だ。
実際、さっきはもう少しでホテルに足が向くところだった。
ふと振り向いたときに、自分たちを変な目で見ている女と目が合わなかったら、多分入っていただろう。
「なんだか頭が揺れると、本当に気分悪くなりそう」
「大丈夫か? こんな所で勘弁しろよ」
島田たちの様子を見て運転手も焦ったようだ。
「お客さん、気分悪いときは頭は低くしといたらいいよ。揺れが少なくなるから、でも本当にヤバくなったら早めに言ってよね、すぐ止めるからさ。以前もやられて大変だったんだから。匂いが抜けなくてさ」
ルームミラー越しにチラリとこっちを見た。
島田の腰に抱きつく感じで身体を倒した耕平は、ふうと大きく息を吐いた。
「たしかにこうしてると楽です。先輩すいませんね」
「いいよ。でも、本当に吐き気がしたら言えよな」
やわらかな髪が島田の腕にかかる。
肩も女みたいに細いんだな。肩幅も狭いし。
島田は密着した相手を何となく観察した。
先日と同じ茶色の革のライダージャケット。
その下は、今日は水色のティーシャツ一枚だ。
先日のスリムのジーンズと違って、今日はカーキ色の緩めのカーゴパンツを履いている。
ベルトはしていない。そのカーゴパンツはサイドの紐を絞ってウエストを調整するタイプだったが、ウエストが緩くなったのか、少しずり下がっていた。
隙間から水色のブリーフが覗いてるのが見えた。
紐パンのようだ。色っぽい下着着けてるんだな。
耕平の裸を想像した島田の股間は、思ってもいない状態になろうとしていた。
まさか、男の裸を想像して勃起するとはありえない。
これまで二十年生きてきて、自分が同性愛者だと思ったことは一度たりともなかったのだ。
しかもこの態勢は、まるで耕平にフェラされてるみたいじゃないか。
そう思った島田の股間は、もはや理性には支配されない暴君になっていた。
車が揺れる度に耕平の首も揺れて、密着した頬が島田の股間を刺激する。
耕平に気づかれるとまずいと思った。
ホモっ気はないと言ったのは嘘だったと責められるかと思ったからだ。
しかし、耕平の手が島田のジーンズのチャックを下げているのを見て、別の意味でまずかったと思った。
島田のものが、開いたチャックの間からゾロリと引き出される。
止めさせるには既に遅かった。
下手に動いたら運転手に気づかれてしまう。
運転手の後ろの席だから、ジッとしていればバレることはないはずだった。
しかし、何のつもりだこいつ。
心の動揺が、さらに硬直を強める島田のものを、そのまま耕平は口に含んだ。
ねっとり絡まる耕平の舌が、酔った島田の理性を吹き飛ばした。
夢でも見てるんじゃないだろうか。
後輩の男にフェラされて快感に溺れていくなんて。
夢? 悪夢なのか? これは。
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