第3話 男の娘物語 3 島田


 毎年、新歓コンパでは色々起こる。


 だいたい、こないだまで高校生だった連中に酒を飲ませるのだから、生まれて初めて酔っ払うガキが騒ぎを起こさない方がおかしいだろう。


 去年は農学部の新入生の女が飲み屋で脱いで胸ポロリというのがあったらしい。

 伝聞だから真実は知らないが、それでその店にはうちの大学生は出入り禁止になったのだ。


 たかが胸ポロリ程度で出入り禁止は大げさだから、事実はもっとまずいことだったのだろう。


 四月二十四日の土曜日が今年の新歓コンパの日だった。


 教授達から、あまり新入生に飲ませるなという注意はくるが、毎年その忠告を守る奴はいないのだ。


 急性アルコール中毒にだけ気をつけていれば、後はなんとかなるものだ。


「島田、こっちこっち」

 貸しきりの居酒屋の奥から田頭が手を振っていた。


 既に満席状態だ。

 文学部の新歓コンパだが、田頭に口をきいてもらって、島田も混ぜてもらったのだった。


 田頭の座る座卓の横には佐川耕平があぐらをかいていた。

 あぐらがこれほど似合わない男キャラもいないだろうな。


 耕平には田頭と逆側の男のほうから次々に質問が寄せられていて、島田と言葉を交わす余裕もなさそうだ。


「あんまり飲ませるなよ」

 耕平を顎でさしてから、田頭に言う。


「俺が飲ませなくても、他のやつらがほっとかないだろうな。今夜は佐川ベロベロに酔わされっぞ」

 それもそうか。

 やっとこっちを向いた耕平が島田に会釈した。


 次々にビールが運ばれてくる。

 唐揚げや、刺身といった料理の皿も回ってきた。


 そんなうまそうな匂いに混じってタバコの煙が流れてきた。

 耕平の横の男がジッポーでマイルドセブンに火をつけた所だった。

 咳き込んで嫌な顔をする耕平に、その男は、何だ、タバコは吸えないのかというように煙を吹きかける。


 田頭に目で合図をすると、田頭はその男に小声で注意した。

 しかし男は田頭を無視して耕平に言い寄っているようだ。


 耕平が正真正銘の女なら、その男もそんな行為はしないだろう。

 いくら綺麗でも男だからそういう嫌がらせを受けるのだ。

 綺麗な男というのは、案外損な役回りなのかもしれない。


「耕平、こっちに来いよ。ボーカルがタバコの煙で喉やられちゃかなわんからな」

 島田の言葉に嬉しそうに微笑んで、耕平は立ち上がった。


 その耕平の尻に男が指を入れる。

 あん、という色っぽい声が、ざわめく居酒屋のなかに響き、周囲は一瞬静まり返った。


 乾杯の音頭がはいると、次々にグラスの合わさる音が響き、居酒屋の中はいっそう喧騒が高まる。


 最初の一杯を一気に飲み干して耕平を見ると、彼も空のグラスをテーブルに置いたところだった。

 そのグラスにはすぐに向かいの女からビールが注ぎ込まれる。


「かわいい顔していい飲みっぷりね。あたしは、三年の河上よ。よろしくね」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 その耕平のグラスから泡がこぼれる。


 慌ててグラスの縁に口をつける耕平。


「うちの新入部員をあんまり酔わせんでくれよ」

 言っても無駄だとは思うが言わずにはおれない。男からも女からも、もみくちゃ状態だ。


「島田先輩心配してくれてるんですね。でも、大丈夫ですよ。このくらいじゃ酔いませんよ」

 注がれたビールをまた一気飲みした後で、耕平は島田に囁いた。


 高校のころからビールくらいは飲んでいたってことだろうか。

 しかし、うちの大学は超一流とは言わないが関東でも、そこそこにいい国立大学なのだ。


 酒飲んだり遊んだりしていて受かる程度の大学じゃない……と思う。

 次々と注がれるビール。


 受験など、高校時代のいろんな事から開放された耕平はその細っこい身体が嘘のようによく飲みよく食べた。


「耕平くん、男子寮にいたんだって? 男ばっかりの中でキミみたいな美人がいたらモテただろうね」

 見たことのない文学部の男が、耕平にビールを注ぎながら露骨な聞き方をした。


「そんなことないですよ。ぜんぜん……」

 かなり酔ってきたみたいだ、語尾がそう感じさせた。


「いろいろ噂聞いたぞ。一年の時は三年に抱かれたことあるってさ」

 本当にそんな噂があるのか、単なるカマ掛けか。


「もう忘れちゃいましたよ。どっちでもいいでしょ、そんな事」


「そうはいかないさ。文学部の学生としては、綺麗な男の子の同性愛的体験談は非常に興味がある。詳しいこと教えてくれたら俺が小説にしてやるよ」


「へえ、小説にするっていうのは少しおもしろいかな。どんな話になるんだろう」

 答えながら耕平の上半身がゆらりと島田の方に倒れてきた。


 島田の肩を枕代わりにふっと脱力した。


「おい、しっかりしろよ。もう酔いつぶれたのか」

 揺する島田を見上げる耕平の口元がくいっと持ち上がる。


「ビールって大したことないって思ってたけど、結構酔うもんですね。なんか、世界がフワフワしてる」

 これはもう引き時だ。


 これ以上飲ませたら絶対吐くだろう。


 田頭と相談して、島田が耕平を送っていくことにした。

 もともと文学部の飲み会だから、お前はここにいろと言われた田頭は、絶望的な悔しさを、その細面ににじませた。

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