第2話 男の娘物語 2 島田

 佐川耕平の噂は、ほどなく島田の周囲にも流れてきた。

 あれから三日後のバンド練習のときに、メンバーの田頭が話しだしたのだ。


 楽器店の貸しスタジオには、メンバー四人が集まっていた。


「今年の新入生で一番かわいいのが、男だっていうのはちょっとしたニュースだよな」

 文学部の田頭は、同じく文学部に今年入ってきた佐川耕平のことを、既に何度か見かけているようだ。


「見た見た。俺も昨日学食で見かけたけどさ、あの子本当に女にしか見えないな。あれ、化粧してないよな。すっぴんであれじゃ化粧したらどうなるんだよまったく」

 ベースのチューニングをしていた安岡が、後半怒ったような口調で付け加えた。


「俺はまだ見てないんだよな。話は色々聞いたけどな。高校の時は男子寮にいたんだろ」

 ギター担当の白池が、銀ブチ眼鏡を首にかけたタオルでふきながら新しい情報を追加した。


 男子寮にいたのか。


 しかし、性欲あふれる高校男子の中にあんなのが紛れ込んでいたら、事件が起こりかねないだろうな。

 そう思うのは島田だけではなかったようだ。


 すぐに白池の言葉を安岡が引き継いで言った。


「男子寮で色々あっただろうな。その辺知ってる奴いないのか?」


「俺の聞いた所では、寮内でもモテまくってたってくらいかな。具体的は話は知らないけど」

 同じ学部の田頭もさすがにまだ詳細な情報は入手していない模様だった。


 島田が先日の話をしてやると、三人は一気に食いついてきた。


「なんだよ。島田もうデートしたわけ。手の早さは天下一品だからねえ」

 ベースの音をうるさく鳴らしながら安岡が言った。


「面と向かって男と思えないなんて、よっぽど美人なんだな。これは楽しみだね。新歓コンパがさ」

 まだ見ぬ姫君に恋心を抱く白池はエレキの高音を高らかにならした。


 今日は指の動きもいいようだ。


 島田は、ドラムを連打して、私語の中止させる。おしゃべりするために有料の貸しスタジオを借りてるわけじゃない。


 リズムを打って、最初の曲に入る合図を出した。

 島田のドラムに会わせた安岡のベースが響き出す。


 白池のエレキギターが、イントロのソロを始める。

 田頭のキーボードがメロディラインを演奏し始める。


 四人の息が合うと、それぞれのパーツが合わさって、一つの曲が出来上がる。


 心を揺さぶるような振動とメロディ。

 次第に、身体を動かしているのか、心が叫び声をあげているのかわからなくなっていく。


 陶酔感に覆われて自分が楽器の一部になる。


 音符の一つに溶け込んでいく。


 空調のきいた貸しスタジオでも、一曲真面目に演奏すると汗をかいてしまう。

 首にかけたタオルで顔を拭った。


 その時、スタジオの入り口が半開きなのが見えた。

 誰かが覗いている。

 他のメンバーも気づいたようだ。


「今、使ってるんだけど」

 安岡は別のバンドの人間が部屋を間違えたのだと思ったのだろう。

 恐る恐るという感じで入ってきた女の顔は、先日じっくりと鑑賞させてもらった、彼女の顔だった。


「すいません。バンドのメンバー募集の張り紙見たんですけど。『碧い空と白い雲』、ですよね」

 佐川耕平はバンド名を言いながらドアの影から全身を晒した。

 目が合うと嬉しそうに手を振った。


「島田さん、本当にバンドやってたんですね」

 女のような声をあげて耕平が走り寄ってくる。


「ええ? 佐川耕平くん? 噂をすれば何とやらだ」

 田頭がキーボードの後ろから出てきた。


「バンドに入りたいのかい?」

 確かにボーカルが居ないのがちょっと寂しいと思って、募集中だったのだ。

 一応女性ボーカルを想定してはいたのだが。


 島田が聞くと、耕平はこくりと頷いた。


「ボーカルできる? それとも楽器、なにかできるか?」


「楽器はなにもやったことないんですよ。ギターやってみたいとは思ってるんですけど。ボーカル、少しならできるかな」

 いきなりな展開に島田の頭も回らないが、他のメンバーも唖然としてしまってうまく言葉がでない様子だ。


「いいね。君がボーカルやってくれたら、バンドの人気もうなぎ上りだぞ、きっと」

 田頭が手を握らんばかりに詰め寄る。


「おっと、喜ぶのは早いぜ田頭。その前に入部テストをしなきゃな」

 安岡はわざとなのか、四角いブルドックみたいな顔をさらにブスッとさせてそう言った。


 男には二種類いる。


 かわいい子を前にして笑顔を振りまくタイプと、逆にぶすっとするタイプ。安岡は後者だったようだ。


「テストがあるんですか……」

 不安そうな顔は初めて見るな。

 ずっと飄々としたイメージだったのに。


「一曲歌ってみてくれればいいさ。うちのバンドにあったボーカルかそうでないか、こっちで判断するから」

 安岡の言葉に、耕平は難しい顔で首を傾げた。

 歌える適当な曲を探してるふうだ。


「スタンドバイミーできますか?」

 耕平に聞かれて、安岡が一つ頷いた。


 そのままベースでイントロをやりだす。

 島田はマイクのスイッチを入れて、耕平に手渡すと、ドラムの前に座った。

 すぐに他のメンバーも音をいれ始める。

 歌いだしの合図をシンバルでいれてやると、英語の歌を耕平が歌い始めた。


 再び、全員で一曲をやる陶酔が始まったが、雰囲気は先ほどとは大きく違っている。


 佐川耕平のボーカルは、それほどうまいわけではなかったが、言ってみれば味があった。

 耳に馴染んでくるにしたがって、じんわりよさがわかってくる。そんなボーカルだ。


 もちろんビジュアルは最高。


 他のメンバーも、この子の入部を大歓迎なのは、皆の演奏のノリのよさでバレバレだ。

 ブスッとしていた安岡も、チラリとこっちを見たときに口元が緩んでいるのがわかった。

 最高のメンバーが加わってくれた。

 皆の思いは島田の思いその物だった。


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