幕間 落日の帝国①

 エイルーン帝国。

 大陸中央の覇者であるその国は質実剛健な国風。強靭な軍隊を有しており、大国として揺るぎない国際的地位を築いていたはずである。

 しかし、ここ十年でそんな帝国の威容は見るまでもなく落ちぶれており、国力はどんどん下がっていく一方だった。


 その原因となっているのが現・皇帝であるルーデリヒ・エイルーン。

 今年で三十五歳になる若き皇帝の求心力低下である。


「皇帝陛下、南の森にてモンスターの群れが現れました。領主から援軍要請が出ています」


「……そうか」


「東の河川の治水工事も遅れている様子です。予算がまるで足りません。どこからか捻出しないと」


「…………そうか」


「北方諸国も怪しい動きを見せていますし、軍の再建も急がないと……」


「………………………………そうか」


 エイルーン帝国。皇城にて。

 臣下から報告を受けた皇帝ルーデリヒは玉座に座りながら項垂れた。


「どうして、こう次から次へと問題が起こるのだ。いったい、我が国で何が起こっているというのだ……?」


「……皇帝陛下」


「私は何一つ、間違っていなかったはず。正しい道を選んできたはずだ。それなのに……何故、こうも上手くいかないのだ? 民はどうして私の正しさを理解しようとしないのだ?」


 天を呪うようにつぶやくルーデリヒに、腹心の臣下である宰相は黙り込んだ。

 エイルーン帝国が現在進行形で衰退しつつある原因は明らかだったが、それを口に出せば命がないことをこれまでの経験から理解していた。


(もう、この国はダメかもしれぬな。こうも暗愚な暴君が君臨していては未来はない……)


 宰相は心中で溜息をついた。


 帝国が衰退を始めたのはルーデリヒが皇帝になってからである。

 遡ること十六年前。先代の皇帝夫妻が毒殺されたことにより、ルーデリヒが新たな皇帝となった。

 暗殺したのはルーデリヒの婚約者だった公爵令嬢。令嬢は追放刑となり、激しい尋問の後で他国に捨てられたという。


 その後、ルーデリヒは新たな皇帝として君臨して、別の女性と結ばれることになった。

 だが……その女性というのがまた問題だった。

 エリスという名前の女は、本来であれば皇妃になれるような身分ではなかった。

 彼女は男爵家の令嬢。皇妃に相応しいだけの地位も教養も持っていなかったのだから。


 追放された公爵令嬢の生家に養子に入ることでどうにか皇妃になる資格を得たエリスであったが、彼女との婚姻が破滅の始まりだった。

 エリスが皇妃としてルーデリヒの隣に立っていたのは三年という短い期間だったが、その間に贅沢の限りを尽くし、宝石やドレスを買いあさった。

 三年間でエリスが消費した金銭は皇室予算二十年分。帝国はそれまで貯めこんだ財を使い果たし、貧窮にあえぐことになってしまったのだ。


 おまけに……最後の最後。エリスは婚姻から三年目に出産したのだが、生まれてきた子供はルーデリヒの子ではなかった。

 髪も瞳もルーデリヒの色とは明らかに別物。エリスのそれとも違っていた。

 調べたところ……エリスはルーデリヒの側近達と浮気をしており、子供の父親もそのうちの一人だったのだ。

 怒り狂ったルーデリヒは側近達を残らず処刑。何よりも溺愛していたはずのエリスを自らの手で絞殺した。


 処刑された側近の中には大臣や騎士団長を務めていた者もいて、彼らがことごとく処刑されたことにより国政は大いに混乱してしまった。

 妻と側近を殺害した皇帝から多くの臣下が離れていってしまい、その混乱は十年以上が経過した今でも収まっていない。


「何故だ、どうして上手くいかない。私の何が悪かったというのだ……?」


 原因は明白だったが、ルーデリヒはそのことに気がつかない。

 自分の間違いを認めることができるほど、ルーデリヒは強くもなければ賢くもなかった。


(いや、愚かなのは私も同じか……)


 皇帝の愚かしさに呆れながら、宰相もまた自分自身が犯した過ちに苦々しい気持ちになる。


 宰相……名前はエドモンド・レイベルン。

 かつて皇帝殺しによって追放された令嬢……アリーシャ・レイベルンの実父であり、それから後に男爵令嬢であるエリスを養子にした男である。

 公爵家の当主という王族に次ぐ地位にあるエドモンドであったが……彼はかつて娘が無実であると知りながら娘の追放に同意した。

 当時、事業の失敗によりレイベルン公爵家は多額の借金を負っていた。

 このままだと領地を切り売りしなければいけないというところで、ルーデリヒから娘の追放を認めるのであれば多額の金銭を渡すと提案されたのだ。

 公爵家の当主として、エドモンドは家族の情よりも領地と領民を優先させた。娘を犠牲にして、罪人として追放することを認めてしまった。


(娘もまた公爵家の人間。きっとわかってくれるだろうと思ったが……)


 それは間違いだったのかもしれない。

 公爵家の当主として家と民を優先させた行為は暴君を生み出しただけであり、かえって帝国を衰退させる結果になってしまった。


(アリーシャ……)


 娘はどこで何をしているのだろう。

 普通に考えれば野垂れ死にしているのだろうが……秘かに出した捜索隊は国外追放された公爵令嬢を見つけ出すことはできなかった。

 レイベルン公爵家は皇帝殺しの犯罪者と不貞を働いた皇妃の両方を出した家として、貴族社会では白い目で見られている。

 本来であれば愚かな暴君と手を切り、領地の発展と信用回復に努めるべきなのだろうが……エドモンドはあえてそれを選ばない。


(娘を犠牲にすることで今の地位を得たのだ。ならば、最後までこの男と添い遂げるのが私の義務なのだろう)


「……陛下は何も間違ってはおりません。天運に恵まれなかっただけでしょう」


 心にもない気休めを吐いて皇帝の気をそらして、エドモンドは帝国を立て直すための算段を頭の中で組み立てるのであった。






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