第6話 朝ごはんだよ

「んー! 良い朝!」


 翌日になって、アイシスがベッドから起きて気持ち良さそうに伸びをする。

 故郷にいた頃のように母親から嫌な寝物語を聞かされなかったおかげで、快眠できた。

 むしろ、寝すぎたような気がする。

 壁にかかっている時計を確認すると、昼近い時間になっていた。


「ああっ! 朝ごはん、それに昨日の晩ごはんも食べ損ねちゃった!」


 昨日は部屋に入ってすぐに寝てしまった。夕食を食べていない。

 朝食提供の時間も過ぎている。せっかく、食事付きで部屋を取ったというのに。

 金を惜しむわけではないが、楽しみにしていた宿での朝食を摂れなかったのは悔やまれる。

 アイシスはガックリと肩を落としながら、下着の上に服を着て外出の準備をした。


「おはよう」


「あ、アイシスさん! おはようございますです!」


 部屋を出て階下に降りると、受付にいた店員の娘が背筋を伸ばして挨拶をしてくる。


「ごめんねー。寝坊しちゃって朝ごはん食べられなかった。今日の晩ごはんはちゃんと……」


「はい! すぐに朝食の準備をしますから待っていてくださいませっ!」


「へ……いいの? もう時間過ぎちゃってるけど?」


「もちろんですっ! 食堂でお待ちくださいっ!」


 店員がグイグイとアイシスの背中を押して、食堂に誘導する。

 アイシスは困惑しつつも、されるがままに食堂のテーブルについた。


 本来であれば、この宿の朝食提供時間は過ぎている。

 アイシスが代金を払っていたとしても食べずじまいになるはずだった。

 しかし、アイシスは昨日、店員の娘にチップで金貨を渡している。

 気軽に金貨を恵んでくれるような上客を取り逃すわけにはいかない。全力で接客をしていた。


「こちら、ホットケーキとベーコンエッグになります! お口に合えば嬉しいですっ!」


「あ、はい。ありがとう?」


 それほど待たされることなく、料理が運ばれてくる。

 アイシスは頭の上に疑問符を浮かべながらも、運ばれてきた料理に視線を落とす。


「わあっ! 美味しそう!」


 目の前に置かれた料理にアイシスが瞳を星屑のようにキラキラと輝かせる。

 ベーコンエッグは何度も食べたことがある。だが……ホットケーキを見るのは初めてだった。

 丸い形のフワフワの生地。そこにかかっているのは蜂蜜のようだ。温かい料理から甘い香りが漂ってくる。


「これ、本当に食べて良いの? 私一人で?」


 アイシスが期待に表情を明るくさせる。

 田舎育ちのアイシスにとって、スイーツは記念日にしか口にできない特別な物だった。

 祭りなどの行事の時に稀に出てくることがあるが……みんなで分け合うことになるためアイシスの口に入る量は少なかった。


「もちろんです。これはアイシスさんの朝食ですから」


「やったあ!」


 アイシスが嬉々としてフォークを手に取り、切り分けたホットケーキを口に運ぶ。

 一切れ、口に入れた途端にバターの香りと蜂蜜の甘みが舌の上に広がった。


「ん~~~~~!」


 美味。声にならないほどに美味。

 口の中でとろける味わい。アイシスは椅子に座ったまま両足をバタつかせて悶絶する。


「美味っしい!」


「そ、そうですか? そんなにですか?」


 絶賛するアイシスに店員も照れ臭そうな顔になる。

 朝食の時間は終わっているため、料理人は休憩に入っている。これらの料理を作ったのはその店員だった。


「これって蜂蜜だよね? よく手に入ったね!」


「あ、はい。たまたま安く手に入ったんですよ。貴重品だから珍しいんですけどね」


 養蜂技術が発達しているわけではないこの国において、蜂蜜は天然でしか手に入らない貴重な嗜好品だった。もちろん、市場価格も高い。


「そうなんだ……そう言えば、店員さんは店員さんのお名前は何て言うの?」


「私ですか? 私はアリッサといいます」


「アリッサさんね。たぶん、年も近いよね。改めてよろしくね?」


「ニコーッ」と笑いかけてくるアイシスに、店員……アリッサが顔を赤くする。

 アイシスは冒険者とは思えないほどに線が細く、透明感のある美少女だ。

 満面の笑みを向けられると、同性であっても魅了されかねないほどのレベルだった。


「そ、それではごゆっくり」


 アリッサは謎の気恥ずかしさに襲われて、逃げるように厨房に去っていった。

 アイシスは不思議そうに首を傾げながらも、すぐにホットケーキを口に運ぶ作業を再開させる。


「おいしー! あまーい!」


 アイシスはホクホクとした幸せそうな笑顔で、遅めの朝食を済ませた。

 食器を返却する際、時間外に食事を用意してくれた御礼に金貨をチップとして渡すと、アリッサは踊るような軽やかなステップで食器を片付けていた。






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