第4話 屋台ご飯です
「よーし、いっぱい食べるぞー!」
ギルドを出たアイシスが真っ先に向かったのは王都の中央を南北に縦断する大通り。目的は宣言通りに食べ歩き。目指すべきは屋台の群れである。
「すみませーん、くださーい!」
アイシスが真っ先に訪れたのは、王都に来た時から目を付けていた肉串の店だった。
「あいよ、何本だい?」
「一本……じゃなくて三本!」
ジュージューと脂の乗った肉が焼ける香ばしい匂いに、思わず数を増やしてしまった。
「あいよ! お嬢ちゃんはここらで見ない顔だね。王都に来たばっかりかい?」
「うん! 今日から王都で暮らすんだ。冒険者になったんだよ!」
「そうかい、そうかい。可愛いのに逞しいんだねえ。ほら、一本オマケしてあるよ」
「やったあ、ありがとう!」
店主の男性から四本の肉串を受けとり、ギルドで受け取ったばかりの金貨を布袋から取り出して差し出した。
「あー……金貨か。大きいのを出すなあ」
「ダメだった?」
「ダメじゃないが……うーん、お釣りが足りねえなあ」
店主が困ったような顔になっている。
どうやら、金貨に対して返せる釣り銭がないようだ。
「あ、そっか……それじゃあ、こういうのはどうかな?」
アイシスは少しだけ考えてから、名案だとばかりに人差し指を立てた。
「その金貨で買えるだけの肉串を売ってくれない? いっぱい食べるからさ!」
「買えるだけって……三十本は買えるぞ!?」
「それくらいなら食べられるから大丈夫だよー。私、こう見えてもたくさん食べるからさ!」
「そうか? あー……嬢ちゃんがそれで良いのなら構わないけどな」
店主が手早く追加の肉串を焼いて、袋に入れてアイシスに手渡した。
オマケと併せて三十一本。とてもではないが、一人で食べきれるような量ではなかった。
「本当に食えるのかい? 無理してないか?」
「大丈夫、大丈夫。いっぱい食べるよー」
アイシスは宣言通り、モリモリと肉串を口に運んでいった。
一本、二本、三本……見る見るうちに肉串が減っていき、本当に食べ尽くしてしまいそうな勢いだ。
「それじゃあ、他にも食べたいものがあるからこれで。また買いにくるねー」
「ま、まだ何か買い食いするのかい?」
「もちろん! コレ、とっても美味しいよ。また食べにくるねー!」
アイシスが肉串を口に咥えてモグモグさせながら、空いている手を左右に振りながら店から去っていく。
甘辛いタレのついた肉串はとても美味であり、本当に何本でも食べられそうだ。
「ほんをわ。あはいのもたべはいよねー(今度は、甘い物も食べたいよねー)」
肉をモグモグと咀嚼しつつ、アイシスはデザートになるものを探して大通りを歩いていく。
大通りにはフルーツを切ったものや砂糖を焼いて膨らませた菓子などが売っている。あちこちから香ってくる甘い匂いに目移りがしてしまいそうだ。
「ふあ?」
そんな中、背後から誰かが走ってくる気配を感じた。このままだとぶつかってしまいそうな勢いだ。
アイシスが振り返ると……走ってきていたのは小柄な少年だった。
みすぼらしく擦り切れた服を着た十歳くらいの子供がアイシスに向けて手を伸ばしてきて、ベルトに付けたバッグを奪おうとする。
「うーん、危ないかな?」
「うわっ……!」
しかし、アイシスがヒラリと身体を回転させて少年の手を回避する。
「わわわわっ……!」
避けられた少年が勢い余って転びそうになった。
そこでアイシスが少年の襟首をつかんで引き上げる。
「えっと……誰? 私に何か用かな?」
「は、離せ!」
「あ、うん。いいけど?」
「おわっ……!」
アイシスが言われたとおりに手を離すと、少年が前のめりになって再び転倒しそうになる。
「何するんだよ!」
「ええっ、離せって言ったから離したのに?」
「急に離したらビックリするだろ!」
「……何言ってるのかな、この子?」
アイシスは本気で混乱して首を傾げる。
急に突進してきて、転びそうになったので助けてあげたら離せと言われて。
言われたとおりに離したらまた文句を言ってくる。まるで会話が成り立たない。
「君さ……もしかして、お腹が空いてイライラしてる? お肉食べる?」
「…………!」
アイシスが肉串を差し出すと、少年が大きく目を見開いてゴクリと喉を鳴らす。
肉串とアイシスの顔を交互に見て顔色を窺ってくる。
「も、貰って良いのかよ! 返さないぞ!?」
「別に良いよー。これくらい」
「いや、えっと、でも……」
少年は受け取った肉串にヨダレを垂らしつつ、明後日の方向に目を向ける。
アイシスが釣られて視線を向けると、建物の角からこちらを見つめている少年少女の姿があった。
「お友達?」
「……弟と妹だ」
「そう、じゃあみんなでお食べ」
「へ……?」
アイシスが残っていた肉串を丸ごと少年に押しつけた。
すでにかなりの量を食べてしまっているが、まだ袋には二十本ほど残っている。
「私は他の物を買って食べるから、それはあげる」
「…………」
少年が手の中にある大量の肉串を見下ろし、目を丸くする。
予想外の状況に思考を停止させてしまっているようだが、やがてハッと顔を上げた。
「ほ、ホントにくれるのか?」
「もう、あげちゃったけど?」
「あ、ありがとう、姉ちゃん!」
少年が表情を輝かせて、何度も頭を下げる。
「さっきは荷物盗もうとしてごめんな! 本当にありがとう、恩に着る!」
少年が大事そうに肉串を抱えて走っていく。
他の少年少女と合流して、そのまま路地裏に消えていった。
「あ、そっか」
少年を見送ってから、アイシスはふと思いついた様子で両手を合わせた。
「さっきの子、スリだったんだ。私のお財布とか盗もうとしてたんだ!」
今さらのようにその事実に気がつき、「なるほど、なるほど」と何度も頷いたのであった。
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