第3話 冒険者になるよ

「わあ、いっぱい人がいる!」


 城門をくぐったアイシスは大通りを目にして、瞳を輝かせて声を上げた。


「こんなにいっぱいの人、初めて! すごいすごい!」


 田舎育ちのアイシスにとって、視界いっぱいに人がいるなんて状況は生まれて初めてである。

 故郷の村で年に一度開かれている祭りの日でさえ、ここまで多くの人は集まることはなかった。


「あ、アッチの屋台でお肉が売ってる! こっちにはフルーツジュースも! すごいすごい、お店がいっぱいだあ!」


 アイシスが初めての王都に浮かれて、スキップをしながら大通りを進んでいく。

 フレイムリザードの死骸を担いだ状態で飛び跳ねるアイシスを見て、王都の住民は唖然としている。

 そんな周囲の視線を一切気にすることなく大通りを進んでいき、アイシスはとある建物の前で立ち止まった。


「あ、ここが冒険者ギルドかな?」


 あちこち目移りしながらたどり着いたのは『剣』の紋章を掲げた大きな建物。

 それこそが冒険者ギルド・セイレスト王国王都支部。

 荒くれ者にして、モンスターと戦う勇敢な戦士でもある冒険者を統括している組織である。


「よいしょっと……」


 アイシスは大きな扉を開け放って最初に自分が中に入り、後から尻尾を引きずってフレイムリザードの死骸を中に入れようとする。

 途中で後脚の部分がつかえてしまったので、仕方が無しに手で千切って小さくした。


 ギルドの内部は広々としており、あちこちに丸テーブルが置かれていた。

 まるで酒場かレストランのようで、昼間から酒を飲んでいる冒険者の姿もちらほらとある。

 また、奥にあるカウンターにはスーツ姿の受付嬢が忙しそうに働いており、壁に掛けられたボードに依頼書が貼られていた。


「すみませーん。これの買い取り、おねがいしまーす」


「ヒエ……」


 アイシスがどさりとフレイムリザードの死骸をカウンターに乗せると、奥にいた受付嬢が引きつった悲鳴を上げた。


「か、買い取り……? 冒険者の方でよろしかったですか……?」


「ううん、違うよ」


「違うんですか!?」


「まだ登録してないから冒険者じゃないよ。今日は冒険者になるために来たんだ!」


 ニコニコと笑顔で言うアイシスであったが、その頬には返り血がついていた。

 白い肌、無垢な笑顔を染める真紅の鮮血が不思議とアイシスの魅力を引き立てており、まるで歪で妖艶な化粧のようである。

 そんなアイシスの笑顔にしばし見蕩れていた受付嬢であったが、やがて自分の仕事を思い出したのかハッと目を見開いた。


「コホン……失礼いたしました。新規登録の方でよろしかったですね?」


「うん、よろしくね」


「もちろん、登録は構わないのですが……こちらのモンスターは何でしょう?」


「王都に来る途中で襲われちゃったんだ。だからやっつけたの」


「…………」


 受付嬢はその発言に疑いを抱くが、外見だけで人の強さを測れないことはよくわかっている。

 実際、見た目が優男の新人冒険者に絡んで、返り討ちに遭う自称ベテラン冒険者は珍しくない。


(……おそらく、身体強化系統の魔法が使えるのね。それ自体は珍しくもないわ)


 などと考えて、すぐに営業スマイルを張りつけて対応をする。


「畏まりました。それでは、こちらの書類に記入をお願いします」


「うん、わかった」


 アイシスがカウンターに置かれた書類にテキパキと必要事項を記載する。


 アイシス・ハーミット。年齢は十五歳。出身は王国東部辺境の村。


「これでいい?」


「はい、問題ありません。ちなみに、どこかのパーティーに所属する希望はありますか?」


「うーん……今のところはないかな? 気が合う人がいたら組んでも良いけど」


「では、募集はかけないでおきますね。続きまして、ギルドの規約について説明させていただきます」


 受付嬢が事務的な口調で説明していく。

 冒険者同士の私闘など禁止事項について。依頼を受ける際に注意することについて。報酬の支払いについて。

 一通りの説明を終えると、アイシスは「わかったー」と緊張感のない返事をした。


「……それでは、こちらのモンスターを換金させていただきます。あちこち欠損しているので査定額は通常よりも落ちてしまうので、ご了承ください」


「うん、よろしくね! お金がもう無かったから助かるよ!」


 アイシスがニコニコ顔で言う。

 十分な路銀は家から持ってきていたが、途中の村や町で散財していて、今夜の宿にも困っていたのだ。

 生まれてからずっと辺境にある田舎の村で過ごしていたので、外の世界にすっかり舞い上がっているようである。

 しばらくすると査定が終わり、アイシスは金貨の入った布袋を渡された。


「あ、すごい! 金貨が十枚も入ってる!」


「アイシスさん、ダメですよ!」


 袋から金貨を取り出しているアイシスを受付嬢が叱りつける。


「こんなところでお金を出したりしたら、他の冒険者に目を付けられてしまいます! あまり声を大にして言えませんが……冒険者の中には、他の冒険者から金銭を奪う悪質な方もいるんですからね!」


「あ、ごめんなさい。ちなみに、そういう悪い人に襲われたらどうすればいいの?」


「え? そうですね……とりあえずは人通りの多い場所に逃げてもらって、後でギルドに報告してもらえたら対処しますが……」


「やっつけちゃっていいのかな? グーってやってパーンって」


 アイシスが「えいっ、えいっ」と拳を振るマネをする。

 迫力も何もない可愛らしい仕草だった。受付嬢が首を傾げる。


「ええっと……王都の法律では強盗などの犯罪者を撃退したところで罪にはなりません。仮に殺してしまったとしても同様です。だけど、あまり危ないことは……」


「うん、わかったよ! ありがとね!」


 アイシスが「ニコッ」と笑って受付嬢に手を振った。


「宿を探さなくちゃいけないから依頼を受けられないけど、また今度お仕事するからね! あ……そういえば、お姉さんの名前は何て言うのかな?」


「え、マリアベルですけど……」


「マリアベルさんね。わかった、覚えた!」


「あ……」


「それじゃあ、またねー」


 アイシスが愛らしい仕草で手を振って、冒険者ギルドから出ていった。

 受付嬢のマリアベルは天真爛漫な後ろ姿にしばし目を白黒とさせていたが……やがて、微笑ましい少女の姿に吹き出すように失笑したのである。

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