第2話 上京
セイレスト王国。
大陸西部にあるその国は温暖な気候と広大な穀倉地帯によって栄えている。
しかし、自然が豊かなその国はモンスターによる被害も大きく、冒険者などの役割が非常に重んじられていた。
多くの強力な冒険者がセイレスト王国に所属しており、彼らが採ってくるモンスターの素材や貴重な薬草もまた特産物となっている。
そんな王国の中心部にある王都は高い城壁に囲まれていて、城門には兵士が見張りとして立っていた。
王都に入ろうとする人間は順番に身分証を提示しており、入都のための審査を受けている。
「うん、問題ないな。通って良いぞ」
「はい、失礼します」
「はいはい。それじゃあ、次の人……ブフッ!」
「こんにちわー」
城門に現れた女性を見て、兵士が思わず吹き出した。
その女性……まだ少女と呼ぶべき年齢だったのだが、彼女は大きなモンスターの死骸を引きずっていたのである。
「そ、そりゃあ何だ!? どこで拾ってきた!?」
「拾ってきたって……私が倒したんだけど、そういう場合も『拾った』っていうのかな?」
「た、倒した……嬢ちゃんが?」
「嬢ちゃんじゃなくてアイシスだよ。私の名前」
兵士がその少女……アイシスの顔をマジマジと見る。
アイシスの年齢は十五歳。まだまだ顔には幼さが残っていた。年配の兵士は脳裏で自分の娘とアイシスの顔を重ねる。
「……嬢ちゃん、兵隊さんに嘘をついたら罪になるってママに教わらなかったのか? 怒らないから、正直に言ってごらん?」
「うん、教わってないよ。だけど倒したのは本当。バンッてやってボンッてしたの」
「バンッってやってボンか……なるほどなあ」
兵士は困ったように眉間にシワを寄せる。
信じがたい話ではあるが……小柄で細身、無理に着飾らずとも『可憐』とも称されるであろう少女が虎ほどの大きさのトカゲの尻尾を掴み、引きずってきたのは自分の目で見ている。
少なくとも、アイシスが外見に似合わない怪力の持ち主であることは明らかだった。
(これはフレイムリザードだよな……最低でもCランク、成長した個体だったらBランクに属するモンスターじゃねえか)
冒険者の中でもベテランと呼ばれる者達が狩る獲物である。
やはり、細身の少女が倒したとは信じがたい。
「嬢ちゃん……じゃなくて、アイシスさん。ひょっとして、アンタは名のある冒険者だったりするのかい?」
「ううん、私は冒険者になるために王都に来たんだよー。これ、紹介状」
「あー、拝見するよ。東方の……ハーミット騎士爵からの紹介か」
その紹介状は東方の国境地域を守護している騎士からのものだった。
アイシスが犯罪歴もなく品行方正で、モンスターと戦う冒険者として十分な素質を備えていることが書かれてある。
(面識はないが……ハーミット卿といったら王都の武術大会で優勝したこともある人じゃないか。その人が実力を保証するってことは、本当に冒険者としてやっていけるだけの力があるってことか……?)
兵士がチラリとモンスターの死骸に目を向けた。
虎ほどの大きさのあるトカゲのモンスターは頭部が粉々に砕かれており、まるでその部分だけ巨石に潰されたようだ。
「……なあ、アイシスさん。疑うようで申し訳ないけど、バンッってやってボンっていうのをもう一回できるかい?」
「ん? できるけど? バンッってやってボン!」
「あ……」
アイシスが光り輝く拳をフレイムリザードに叩きつけた。今度は背骨の中央辺りが砕け散り、まるで怪物に喰いちぎられたような傷跡が生じる。
フレイムリザードの肉片と骨片が辺りに散らばり、城門の前に嫌な汚れを落とす。
「あ、ごめんね。汚しちゃったかな?」
「……いや、大丈夫だ。疑って悪かった」
顔に千切れた肉の一部を浴びてしまった兵士がアイシスに紹介状を返し、努めて冷静な口調で告げる。
「……審査はこれで終わりだ。ようこそ、王都へ」
「うん、ありがとう!」
アイシスは「ニコッ!」と輝くような笑顔で応じて、いくらか軽くなったフレイムリザードの死骸を背負って王都へ足を踏み入れた。
「……最近の女子、マジ怖いな。娘を怒らせないようにしよう」
城門の兵士は引きつった顔でアイシスの背中を見送り、自分の娘との付き合い方を真剣に考えるのであった。
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