第3話 出会い

【目覚めるつもりは無かったのに。どうして。】

 

 上体を起こし、身体に繋がる数本のコードを引き抜いた。そして、自分のことをじっと見ている男の方に向き直る。


 歳は20代半ばくらいだろう。銀色の短髪に紫がかったように見える目。左目は、よく出来ているが、機械の義眼が埋め込まれている。左目のすぐ下には逆三角形の黒い刺青が彫られ、額に黒い布を巻いている。頭部を大きく手術しているのか、恐らくその傷を隠すために違いない。

 

 「なぜ私を助けた?」

 男の目を見てはっきり質問したが、男は呑気にコーヒーを飲んでいる。普通の人間なら、ハガネに話しかけられたら気が動転するはずだ。


 「機械いじりが趣味だからかな。あんたを修理してみたくなった。」男は表情を緩めた。目尻が下がってくしゃっとした顔で笑った。

 「私は機械じゃない。感情がある。おまえたち人間と変わらない。」

 「人間狩りを娯楽にしてるような奴らと一緒にされたくない。」

 「昔は、人間が私達を奴隷のように使い、壊れたら処分していたくせに。」

 「・・・怒らせて悪い。人間もハガネも、お互い反省すべきところがあるよな。何事も一方だけが悪いことは、ほとんどない。」

男は会話を楽しんでいるようだった。


 「人間の望みは、私達の破壊だろう。私に細工でもしたのか?」


 「手足の故障を修理しただけだよ。核のある胴体部分はほとんど損傷してなかったから、触っていない。エデンに帰るなり、好きにしたら。ただ、俺に襲いかかってくるのはやめてくれ。戦いたくない。」男は、片方の眉を少し動かし、困ったような表情をした。

 

 作業台から足を床におろし、立ち上がってみた。違和感はない。エデンから落下した私の身体の損傷はかなりひどかったはずだ。

 飛び降りてから、まだ12時間も経過していない。短時間でここまで完璧な修理ができる人間は、知る限り一人しかいなかったはずだ。


 そして、この木造2階建の小さな古い家も知っている。家の中は工具や機械、コンピューターなど、研究室のような設備が整っているが、壁には写真が飾られ、木彫りのウサギの人形や今は使われていない古い花瓶が置かれている。棚には色違いのマグカップや食器が並ぶ。かつて暖かい暮らしがあった場所なのだろう。眺めていると、この場所から早く立ち去りたい、そんな想いがこみ上げた。


 「俺は、レン・バルト。名前は?」


 「エルザ。助けてくれて、ありがとう。」

 レンと名乗った男は少し驚いた表情をした。ハガネが人に礼を言ったのが信じられないのかもしれない。会話が進み出す前にすぐに窓から飛び降り、振り返ることなく立ち去った。

  

 しばらく歩いたあと、立ち止まり、周囲の様子を観察した。道端に咲く小さな黄色い花。枝に止まって、羽を繕う黄緑色の小鳥。湖の中をキラキラ輝きながら泳ぐ小魚の群れ。

 約30年ぶりの地上だったが、大きな感動は無かった。地上に来れば自分の何かが変わるような気がしていた。だが、変化は感じない。最期の希望が失われてしまったような虚無感に襲われた。

 

 先ほどの出会いを思い返した。レン・バルトは、私を創ったテオ・バルトの息子だ。

 40年前、ちょうど今日と同じようにあの家で目覚め、テオに話しかけられた。困ったように笑いながら、「エルザ」と名付けて良いか聞かれたのを覚えている。その場面を何度も再生しながら歩いた。

 

 レンと今日出会ったのは、何か非科学的な力が働いたように思えてしまう。この出会いに意味があるのかは分からなかった。


 レンは、後にエルザを逃がしたことを後悔するに違いない。そう思うと暗い気持ちになった。

 

 

 

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