第2話 不在

【いない。最後の集会なのに、あいつ、何を考えているんだ。】

 

 レンが座っているはずの席を見つめてた。

 「レンがいない気がするんだが?あいつは、自分の立場を分かっているのか?」


 今まさに俺が考えていたことを、サイモンが大声で指摘した。その声が薄暗い地下空間に響き渡った。


 この場所は、核戦争が起こる未来を予想して、田舎の富豪が作っていた巨大シェルターだった。各国政府が作っていた核シェルターや都市部地下にあった避難所は、ハガネたちの襲撃で破壊されたため、民間人が独自に作っていた避難所が活用されている。


 壁一面に怪物の彫刻がほどこされ、昔に罪人の首を切り落とすために使われたというギロチン台や拷問道具が飾られている悪趣味な空間だが、まだハガネに発見されておらず人間が安全に集まれる貴重な場所だった。


 収容人数は500人程度だろうが、1000人近く集まっているので、異様な熱気があり酸素が薄い気がする。

 それでも、戦う意志を持った全人類が集結したにしては少なすぎる。大半の人間は、戦わずに隠れて生きることを選んだようだ。


 「レンは、最後にやらねばならないことがあり、来られないそうだ。作戦は何度も打ち合わせてある。今更心配することはない」

 隊長は冷静に答えたが、レンの不在は、大衆を不安にさせたらしい。少しずつ、ざわめきが大きくなる。自分と隊長、サイモンを含めた小隊長6人は、少し高くなった舞台上にいるので、集まった人々の様子が良く見えた。


  「この作戦で、俺たちの命はレンに握られているも同然だ。奴を信頼できるのか?あいつは裏切り者の血縁者だぞ」サイモンは煽るような口調で大衆に向かって話す。

 勉強、喧嘩、容姿、全ての面でサイモンがレンに勝るところは無い。チャンスがあればレンを少しでも貶めたいやつだった。人類の存亡がかかった大切な局面で、それが不利益に働くことは本人も分かっているはずなのに。妬みの感情に囚われた哀れな男だった。


  「レンは信頼できる。お前こそ、迷いがあるならこの作戦から降りろ」できるだけ落ち着いた口調でサイモンに言った。


 「なんだよ、アントン。レンがハガネに入れ込んでいるのは、おまえが一番良く知ってるだろ。アイツは自分の脳みそまで改造してるんだ」サイモンが、ケタケタ笑いながら近づいてきた。頭に血が昇ってくる。


 「おまえこそ、背を高く改造したらハイヒールなんて履かなくていいんじゃねーか?」サイモンのズボンの裾を引っ張り上げ、踵が異様に高くなった靴を晒した。

 サイモンは顔を真っ赤にして、胸座を掴もうと手を伸ばしてきた。その瞬間、左手でサイモンの伸ばした手を掴み、右手の拳を撃ち込んだ。右手は、サイモンの鼻の骨を粉々にするはずだったが、寸前のところで隊長に抑えられていた。


 「大衆の前で争うな」

 隊長は、自分たちにだけ聞こえる声でそう言い、大衆の方に向き直った。


 「10年前、我々人間の希望、全ハガネの核を破壊できる電磁爆弾『ハート』が、エデンに存在することを突き止めた。ハートの奪還を目指し、数々の優秀な戦士がエデンへの侵入を試みてきたが、生きて戻った者はいない。エデンにはどんな罠が張り巡らされているか不明だった。だが、レンが地上からエデンの解析に成功した。エデンはそれ自体が知能を持つ巨大なハガネで、あらゆる生物を攻撃すると分かった。鳥や虫さえもエデンに近づくと、レーザーで黒焦げにされる。人間が攻め入るにはまずエデンのプログラムをハッキングし、生物を探知する機能を無効化するしかない。レンは自分ならそれができると言った。」

 大衆は、隊長の話に聞き入っていた。


 「レンは、ハガネの発明者で天才科学者と呼ばれたテオの息子だ。テオ亡き今、ハガネに対抗できる人物がいるとしたら、レンしかいない」


 隊長は、レンをいつも英雄のように紹介する。レンが断れない状況を作っているつもりなのだろう。アントンは、この男のそういうところが好きではなかった。


「残された時間は少ない。エデンでは、ハートを無効化する技術の開発が進められている。ハートが失われれば、人類は滅びることになるだろう。今回の攻撃に全てをかけてほしい!」人々の興奮が高まってきたのか、シェルター内には異様な熱気が漂っている。


「まずは、レンの成功を祈ろう!」人々の雄叫びが地下空間に響き渡った。

 

 

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ハガネノココロ かみきの @kami-kino

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