第1話 機械の女

【美しいと思った。なぜ助けたのか、誰かに聞かれてそう答えたら、狂っていると思われるだろう。】

 

 作業台の上に横たわる女を眺めていた。

 陶器のような白い肌に、綺麗に三つ編みにされた黒い髪。切れ長の目。細い鼻筋に、形の良い小さい唇。均整のとれた身体つき。無駄な部分が一切ないように思える。


 女の手は、触れると冷たい。これは、血の通わない金属の塊で人間じゃない。何度も自分に言い聞かせた。


 女から目をそらし、窓を開けた。

 緑がかった美しい湖が広がる。この窓からの眺めが好きだ。


 ただ一つ、この美しい景観を台無しにしているのが、視界の端に入り込む金属の柱。雲に突き刺さるようなその柱は、ハガネたちの暮らすエデンに繋がっている。


 エデンに連れて行かれた人間は、家畜として扱われているらしい。エデンから生きて帰った人間はいないので、真実はわからない。たまに空から降ってくる人間の死体の様子から、そう推測されている。


 今日、自分はエデンに行く。人生最後の1日は始まっているが、特別なことは何もしていなかった。

 窓を開け朝日を浴びながら、植木鉢に水をやり、前日の夜に散らかした工具を片付け、コーヒーを飲む。日常の行為をひとつ完了するたびに、終わりに向かって流されていく感じがした。

 作業台で眠るハガネの女が、流れに飲み込まれそうな自分を繋ぎとめているのかもしれない。

 

 この女との出会いは昨日。女は、何もない草原に倒れていた。手足は大破していたが、使える部品があるかもしれない。そう思い、うつ伏せに横たわる女の身体を無造作に転がした。

 ふと、女の顔を見ると、悲しげな表情をしている。機械仕掛けのこの女が、何故こんな表情をしているのか。それが知りたくなり、連れて帰った。夜通し修理して、ほとんど完璧に直ったように見える。


 本当なら自分は、今ここにはいない。

 「人類の存亡をかけた最後の戦い」の決起集会で「尊い犠牲」として紹介され、大衆から大歓声を浴びているはずだった。それをさぼったどころか、これから戦う敵を修理していた。このことを人々が知ったらどうなるか。パニックを起こしている様子を思い浮かべると馬鹿らしくて笑えた。


  これまで、常に自分の心に正直に生きようと努力してきた。他人に同調して自分の考えを押さえ込んだり、他人の求める理想の自分像を演じたりすることは嫌いだった。


 今回、エデンへ向かいハガネと戦う任務を引き受けた。人類のために戦うという大義は持っていない。自分がちゃんと生きて死ぬために、ハガネと戦うことを決めた。


 「享年26歳か・・・」

 ハガネの女は目を閉じたままで、俺のつぶやきを拾ってくれることはなかった。

 

 

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