第11話
二人はクソニートの部屋を後にし、口座記録を頼りに再び混乱の中を駆け巡っていた。
ヴァイの端末には、複数の銀行口座のデータが表示されており、それを元に次の手がかりを追おうとするが、すぐに問題が浮上した。
「……ペーパーカンパニーだな。」
ヴァイは端末を睨みながら低く呟いた。振込先を追っていくうちに、次々と現れるのは存在しない会社――単なるペーパーカンパニーだった。
「クソが……複雑すぎる。ロンダリングを重ねてるな。」
ヴァイの声には苛立ちが滲んでいた。
記録は複雑な経路を辿っており、何度も手を洗うように資金が世界中の架空口座を経由している。まるで迷路のように絡み合い、解析には膨大な時間が必要だ。
「これじゃ手詰まりですわね。」
エリシアが隣で冷静に状況を分析する。
「いくらヴァイが優秀でも、これを全て解き明かすのは時間がかかりすぎますわ。」
「分かってる。」
ヴァイは端末を操作しながらも、焦りを感じ始めていた。時間がかかりすぎれば、相手に先手を取られる――そんな直感が彼を追い詰めていた。
街を駆け巡る二人の目に、ふと目に入ったのは街頭に映し出された当局の記者会見の映像だった。
集まった記者たちのフラッシュがたたかれ、画面には当局の代表が緊張した表情で立っている。
「テロリストがサイト-14のゲートを突破し、GENエリアに突入していたことを確認しました。」
代表の言葉に、街中がざわつく。
「被害状況については現在確認中です。詳細はお伝えできません。」
しかし、その冷ややかな口調は、実際には深刻な被害が出ていることを暗に示していた。画面に映る記者たちは次々に質問を飛ばすが、代表は眉をひそめてそのすべてを無視する。
「テロリストの要求への対応につきましても、現在は非公開とさせていただきます。」
記者の怒声が飛び交うが、当局はこれ以上の情報を一切出すつもりはないらしい。街中の民衆が不安そうにその映像を見上げ、噂話が広がり始める。
「……隠してますわね。」
エリシアが冷たく言った。
「当局は何も言うつもりはないですわ。被害状況すら。」
ヴァイも、画面を睨みながら苦笑した。
「そうだな。奴らの対応が遅いってことだ。こっちが先に動くしかねぇな。」
次の瞬間、当局の記者会見が進行する中、突如として緊張が一気に爆発した。
「うおおおぉおお!」
記者の一人が立ち上がり、手に持っていた放送機器に偽装された自動小銃を取り出し、その場で乱射を始めたのだ。
凄まじい銃声が響き渡り、瞬く間に会場はパニックに陥った。
——ガガガガガ!
銃弾が空間を切り裂き、記者や当局の代表者たちが慌てて床に伏せ、逃げ惑う。フラッシュの光と絶叫が入り混じり、混乱は一気に頂点に達した。
「くそっ!これも計画の一部か!」
ヴァイが街頭の画面を睨み、怒りとともに呟いた。
記者が持ち込んだ武器は、誰にも気づかれることなく潜り込んでいた。計画はすでに内部にまで入り込んでいたのだ。
「当局が完全に手遅れですわね。」
エリシアが冷静にその様子を見つめながら、ため息混じりに言った。
ヴァイは一瞬、端末を操作しようとしたが、すぐに冷静さを取り戻した。記者が持ち込んだ銃撃事件の背景を探ることなど、今は無意味だと悟った。
「どうせ、またさっきみたいなもんだろ。バレない通信手段で成立させた 闇バイト……時間の無駄だ。」
彼は苛立たしげに肩をすくめた。
エリシアも頷き、少し冷たい笑みを浮かべた。
「ええ、探ったところで意味はないですわね。今の世の中、簡単に闇の手が動くものですわ。私たちのようにね。」
二人はその場で立ち止まることなく、次の行動を決めるべく前を向いて進み続けた。
街角は一瞬にして騒然となった。銃撃事件が報じられた瞬間、群衆はまるでパニックに陥り、恐怖が波のように広がっていく。
「やばい!もう安全な場所なんてないんだ!」
「当局は一体何をしてるんだ!?」
「あの銃撃はどうなったんだ……!」
叫び声が四方八方から飛び交い、人々は混乱の中で右往左往する。
顔には不安が張り付いたまま、行く先もわからずに駆け出す者、立ち止まって怯える者、そして誰を信じていいのかわからなくなった者たちが、まるで蜘蛛の子を散らすように四散していた。
疑心暗鬼が一気に広がり、街中は不安に飲み込まれていった。
「誰が犯人なんだ!?どこにいるんだ!?」
「もしかして、隣にいる奴が……」
人々は互いに目を合わせることすら避け、背中を押し合うように逃げ惑う。騒然とした空気が辺りを覆い、恐怖が冷たい霧のように街角に広がっていた。
薄暗い部屋の中、バイトは不適な笑みを浮かべながら、目の前の機材を操作していた。
モニターには、街頭TVが次々とジャックされていく様子が映し出される。やがて、サイト-14中にある全てのスクリーンにバイトの顔が映し出された。
「さっきのショー、楽しんで頂けたかな?」
彼の声が、街中の騒然とした空気をさらに冷たくする。人々が立ち止まり、恐怖に凍りつく中、バイトはモニター越しに不敵な笑みを浮かべていた。
「だが、これはまだ序章だ。」
彼はカメラ越しに街を見渡すかのようにゆっくりと話し続ける。
「俺たちの要求が通らないなら、この場所を次々とテーマパークにしてやろう。もっと……楽しいアトラクションを用意してな。」
その言葉に込められた冷酷な響きが、街のいたるところに広がり、人々の恐怖を煽っていた。
だが、街中に流れるバイトの挑発的な宣言を聞きながらも、ヴァイとエリシアには立ち止まっている時間などなかった。彼らは混乱と恐怖に包まれた街を駆け抜け、次の手がかりを追っていた。
ヴァイの足は止まらない。
彼は状況を冷静に見極めつつも、焦りを感じていた。今、この状況で当局が頼れるのは、自分だけだと理解していた。
「あの連中、裏でこそこそと動いていますが、結局はあなたがこの状況を解決するための切り札ですわ。」
ヴァイは肩越しにエリシアを見て、少し不敵に笑った。
「ああ、わかってるさ。あいつら、俺に全てを押し付けてるってな。」
だが彼は立ち止まらない。今この瞬間も、バイトが仕掛けている恐怖が次々に実行されていくことを知っていた。
捜索はますます難航していた。
街中は混乱とパニックが広がり、テロリストの動きが次第に見えなくなっていく。
ヴァイとエリシアは何度も足を止めざるを得なかった。人々が逃げ惑い、騒然とする中、目の前の道は塞がれ、手がかりを掴むのが困難だった。
「くそっ、どこに隠れてやがる……。」
ヴァイが低く呟く。
エリシアは冷静な表情を保ちながらも、状況の難しさを感じ取っていた。
「これだけ混乱していれば、彼らの隠れ家を探るのは至難の業ですわね……。」
彼女の言葉に、ヴァイも同意せざるを得なかった。
バイトは周到な準備をしており、彼の手がかりを追うことはますます困難になっていた。街の至るところで警戒が強まり、当局も対処に追われていたが、テロリストたちはその中に巧妙に潜んでいた。
二人の足元に影が広がり、ふと頭上を見上げると、巨大な船がサイト-14の空をゆっくりと横切っていた。
「おぉ〜、でっけえ船ですわねぇ〜。」
エリシアが、感心したように軽く微笑む。彼女の目には、その巨大な船の存在感が映し出されていた。
「商業船だな。」
ヴァイが冷静に言葉を添える。
「貨物を運んでるってところだろう。サイト内は厳戒態勢だが、その範囲外の動きってことか……。」
サイト全体が厳戒態勢にあるとはいえ、商業船の運行はまだ一部続いている。貨物を運ぶため、厳戒態勢の範囲外で動いている船だろう。
エリシアは、船を見上げながらふと呟いた。
「あんなのが街に落ちたらやばいですわね。」
ヴァイは軽く笑いながら応じた。
「そりゃそうだ……。——ん?」
その瞬間、ヴァイの目が鋭く光った。エリシアの何気ない言葉が、彼の中で繋がった。
「あんなのが落ちたらヤバい……待てよ?」
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