第10話

 あるボロアパートの薄暗い一室。




 外界との接点を完全に断ち、埃まみれの部屋の中で、ひきこもりのクソニートが椅子に深く沈み込んでいた。部屋中にはピザの箱や缶が散乱し、モニターの前にだけは光が灯っている。


 彼はネット口座の残高を確認し、ほくそ笑んでいた。小さな画面には、数日前に振り込まれたばかりの金額が映し出されている。




「ちょろい仕事だな。これをやらない奴はバカだって、はっきりわかんだね。」




 彼は満足げに口元を歪め、スクリーンに映し出されたSNSのコメントを見直した。簡単に情報を拡散させ、適当に誘導するだけで大金が振り込まれた。誰が何を狙っているのかは関係なかった。




「誰かがサイト-9に誘導しろって言うからさ、ちょっと書いただけでこの金額だぜ?」




 クソニートは、鼻で笑いながら、残高を確認してはモニターに向かってつぶやいていた。




 そのボロアパートの住人は、ただの引きこもりクソニートではなかった。




 実は彼は有名なインフルエンサーであり、SNS上で数万人のフォロワーを抱えていた。画面越しに見せる彼の存在は、表面的には飄々とした愉快犯で、どんな話題も適当に煽り、コメントを投稿すればすぐに拡散される。




「あー、今日も世の中ちょろすぎワロタwww」




 彼はまたしてもモニターに向かって、クソキモいつぶやきを垂れ流し始めた。




「お前らほんとバカだなw 俺様が言ったことは絶対だって気づけよww #サイト-9 #真実はいつも俺w」




 彼の言葉はいつものように何の裏付けもなく、無責任であるがゆえに大衆に刺さる。そしてその背後には、さらに深い影が潜んでいることを知る者は少ない。




 彼は部屋の隅に置かれたモニターを見ながら、画面に映るリアクションを愉しんでいた。大量の「いいね」や「リツイート」が一気に通知され、虚無的な達成感に浸っていた。




「まぁ、俺はただの伝達役だしな、楽な仕事だ。これ以上美味しい話はねぇってこと、わかるよな?」




 不気味に笑いながら、クソニートは次のつぶやきでさらに波風を立てるための言葉を探していた。




 突然、インターフォンが鳴った。鋭い電子音が、薄暗い部屋に響き渡る。




「……なんだよ、またかよ。」


 クソニートは一瞬眉をひそめたが、すぐにまた気を緩めた。


「どうせ公共放送の集金だろ。めんどくせぇ……無視、無視。」


 彼は画面に集中し、インターフォンの音を気にも留めないように振る舞う。





 だが、何度も、何度も鳴り続けるその音――。




「……しつけぇな。」


 一度手を止め、ちらりと玄関の方を見た。


 やがて、しつこいインターフォンの音が、不気味なほど規則正しく鳴り続ける。普通なら、諦めて帰るはずだ。なのに――。


「……なんだよ、これ……」




 クソニートは不安を覚え始めた。不気味な感覚が背中を這い上がる。ふと胸騒ぎを感じ、モニターを閉じて居留守を決め込んだ。静かに息を潜めながら、音が消えるのを待つ。




 「お届け物でーす!ドンドン!」




 扉越しに、明るく響く女性の声が飛び込んできた。

 さらに、力強く扉を叩く音が続く。




「シロネコですけどー!!」




 クソニートは心臓が一瞬、ドクンと跳ねた。


「……なんだよ……シロネコだって……?」


 女性の声だった。普段なら軽く無視するところだが、妙に軽やかで明るいその声が、さっきまで感じていた不気味な雰囲気と噛み合わない。どうにも違和感が拭えない。


「……何かを届けに来た?いや、俺はそんなもん頼んでねえし……。」


 心の中で警戒感が募る。居留守を決め込んでいるものの、音は止まる気配がない。




 クソニートはふと、転売用に注文していた限定トレカのことを思い出した。




「……あれか?」


 一瞬、安心感が広がる。


 転売すれば一儲けできるそのカードが、やっと届いたのかもしれないと思った。しかし、次の瞬間、彼の心に再び不安がよぎった。


「……いや、待てよ……。でも、このタイミングはおかしくねぇか?」




 普段なら事前に通知が来るはずの荷物。しかも、玄関のドアをあんなに強く叩く必要があるのか?そして何より――インターフォンを何度も鳴らし続ける不気味さが拭えない。




「……どうする……?」


 彼は動くべきか迷い始めた。




 思わずクソニートはドアを開けてしまった。

 開けた瞬間、目の前に立っていたのは――




「楽しいひとときをお届けに参りました!」




 明るく朗らかな声が響いた。




 そこには、笑顔を浮かべたエリシアが立っていた。その瞬間、何が起きているのか理解できないまま、彼は凍りついた。


 続いて、後ろから現れたのは――。




「邪魔するぜ〜。……うお!きったねえなぁ!?」




 ヴァイだった。




 彼は一歩踏み込むなり、部屋の惨状に顔をしかめながら、ためらいもなく部屋に足を踏み入れた。ゴミだらけの部屋を見渡し、ピザの箱や散乱した缶を軽く蹴飛ばしながら、鼻で笑った。




 クソニートは驚愕し、言葉を失ったまま後ずさる。




 クソニートは目の前の二人が誰なのか全くわからなかったが、本能的に危険を感じ、即座にスマホを取り出した。助けを呼ぼうとしたその瞬間――。




 ——バチッ!




 エリシアが指先を軽く動かすと、青白い謎の閃光が放たれ、スマホに直撃した。スマホはその瞬間、内部から破壊され、画面が真っ暗になってしまった。


「何だよこれ!?」


 驚愕し、後ずさるクソニートを、エリシアは優雅な微笑を浮かべて見下ろした。


「あら、お困りかしら?ただのおもちゃですのに……。」


 彼女の言葉には冷たくも優雅な響きがあり、クソニートはさらに動揺した。彼の手の中で壊れたスマホは、まるで無力な紙屑のようになっていた。




 ヴァイは冷ややかな笑みを浮かべながら、スマホの画面に映るコメントのスクリーンショットをクソニートの目の前に掲げた。




「控えおろおぉ!これをなんと心得る〜!?」




 その声が部屋中に響き渡り、クソニートは一瞬で青ざめた。


 目の前に突きつけられたのは、まさに自分が投稿した「これサイト-9じゃね?」というコメントの証拠だった。


 ヴァイが凄む一方で、エリシアがゆっくりと優雅に歩み寄ってきた。微笑みを浮かべながら、彼女の言葉が冷静に、しかし鋭く響く。




「あなたを詐欺罪で訴えますわ。」




 クソニートはその場に硬直し、さらに後ずさる。




「理由はもちろんお分かりですわね?」




 エリシアはにじり寄りながら、鋭い目で彼を見据えた。




「あなたが皆をこんなデマで騙し、平穏を破壊したからですわ!覚悟の準備をしておいて下さいませ。近いうちに訴えますわよ!」




 クソニートはパニックに陥り、言い訳をしようとするが、言葉が出ない。




「裁判も起こしますわね!裁判所にも問答無用できてもらいます。」




 彼女の声は一層冷たさを増し、彼の耳元で囁くように響く。




「慰謝料の準備もしておいて下さい!貴方は犯罪者です!刑務所に『ぶち込まれる』楽しみにしておいて下さい!いいですわね!」




 彼女の優雅な姿とは対照的な、痛烈な言葉に、クソニートはついに膝から崩れ落ちた。




 ヴァイは、クソニートの膝が崩れ落ちるのを横目に、素早く彼のPCに接続した。


 特殊なツールを駆使して、瞬く間に口座記録を洗い出し、振込履歴を調べ始める。


「……ほう、こんなに稼いでたか。ちょろい仕事って言うだけのことはあるな。」


 ヴァイが冷たく笑いながら、振込履歴をスクリーンに表示させる。しかし、期待していた通信記録がないことに気づき、怪訝な表情を浮かべた。




「おい、通信記録がねえぞ。どうやって接触されたんだ?」




 ヴァイが問い詰めると、クソニートは震えながら答えた。




「そ、それは……オンライゲームのチャット機能で、相手がコンタクトしてきたんだ……」




 ヴァイはその答えを聞いて、少し驚いたように眉を上げた。


「ゲームのチャット機能だと?」


「そ、そうだ……普通にプレイしてたら、急に相手が接触してきて、簡単な仕事だって言ってきたんだ……報酬も振り込まれて……。」


 クソニートの声は震えたままだったが、言葉には恐怖がにじみ出ていた。


 ヴァイはニヤリと笑い、クソニートの言葉に感心したようにうなずいた。




「賢いやり方だな。メールやSMSじゃなく、オンライゲームのチャット機能を使うとは……」




 彼はすぐにその利点を理解した。




 オンラインゲームのチャットは、通常の通信手段と違って記録を残さないことが多く、さらにアクセスが追跡されにくい。監視網をかいくぐるには、非常に効果的な方法だ。




「うまく考えたもんだ。普通の監視網じゃ、そこまでは追えねぇ。」




 エリシアも冷静な目でヴァイの言葉に頷きながら、クソニートをじっと見つめた。




「なるほど。それで誰にも気づかれず、取引が成立していたわけですのね……。」




 クソニートはうつむきながら、怯えた目で二人を見上げた。

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エリシア<スターダスト・アノマリー> @elicia

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