第8話

 


 バイトは、広々とした船倉の中、静かにほくそ笑んでいた。




 そこは一見、普通の商業船に偽装されたアジト。船内には様々な武器や機材が整然と並び、彼の計画の中核を担っていた。


 彼はゆったりと椅子に腰掛け、薄暗い室内でふっと笑みを浮かべる。そして、仲間の一人に向けて口を開いた。




「なぁ、灯台下暗しって知ってるか?」


 仲間が首をかしげる。


「ジャパンの格言だってよ。真下にあるものほど見えねぇってことだ。」




 バイトの目が怪しく光り、彼はさらに笑みを深めた。自分の目の前でスペースポリスや当局がサイト-9という誤情報に踊らされているのを想像して、楽しんでいるようだった。




「みんな“上”ばっかり見てやがるが、俺たちはこの船の中、目の前だぜ。見えねぇもんだよな。」




 バイトのほくそ笑む中、薄暗い船倉の奥がふと照らされた。




 そこに浮かび上がったのは――アノマリー。




 幾何学的な形状を持ち、絶えず変化するホログラムのような光が、物体の周囲を取り巻いている。奇妙な模様が脈打つように回転し、重力のような力が周囲の空間を歪めているかのようだった。




「これがアノマリー……。」




 部下の一人が低く呟いた。目の前の異質な存在に、全員が視線を注いでいる。

 バイトはゆっくりと立ち上がり、アノマリーに近づく。




 その物体は現在、解析中であり、巨大な機材に囲まれていた。幾つものモニターがアノマリーのデータを読み取ろうとしているが、その数値は異常なまでに不安定で、何度も振り切れていた。




「どんな秘密を隠してるんだろうな……」




 バイトはアノマリーをまるで芸術作品を見るように見つめ、また薄く笑った。彼の手中にあるこの物体――それが、サイト-14の運命を左右することになる。


 バイトがアノマリーを見つめながらほくそ笑んでいると、背後から部下が慌てた様子で近づいてきた。




「……組長が何者かに襲撃されました。」




 その言葉に、バイトの表情が一瞬で険しくなった。彼は振り返り、部下を鋭い目で睨みつける。


「なに!?」


 声には怒りが滲み出ていた。




 今、計画が進行している最中に、予想外の動きがあったことに不快感を隠せなかった。組長は計画の中で重要な駒ではなかったものの、その動きが何者かの介入を意味するのは明らかだった。




「詳しく話せ。何があった?」




 バイトの怒りに押され、部下はすぐに説明を始めた。




「死因は失血死です。組長のアジトが荒らされていました。現場には大量の血痕がありましたが、致命傷を負ったのは脇腹と太もも。放置されたため、失血死に至ったようです。」




 バイトは黙って部下の報告を聞きながら、表情をさらに険しくする。




「それだけじゃありません。現場の高価な美術品が次々に破損していました。強盗の痕跡も考えられますが、明らかに意図的に壊された可能性もあります。」


「……強盗かどうかは不明ですが、誰かが組長を狙って襲撃したことは確かです。」




 バイトは静かに息を吐き、鋭い目をさらに細めた。




「荒らされたって……。その情報が漏れる前に、何者かが動いたってことか。」




 部下の説明を聞き終えたバイトは、冷静さを取り戻しつつも、その目には怒りと焦りが交錯していた。


「警察当局もすでに、この殺人事件を認知しています。」


 その言葉に、バイトの顔が再び険しくなった。彼の計画が崩れ始める前に、何者かの動きを把握する必要があった。


「よし、全力で動け。」


 バイトは即座に命じた。




「街のあらゆるシステムにハッキングしろ。監視カメラの映像を引っ張ってこい。」




 彼は部下を見据え、冷静だが鋭い口調で続けた。




「誰が組長をやったのか、何を狙っているのか、全て突き止めろ。奴らが動き出す前に、俺たちが先手を打つんだ。」




 部下は即座に命令に従い、バイトの命令を遂行するために動き出した。


 バイトの優秀な部下たちは素早く行動し、街のあらゆる監視システムにハッキングを仕掛けた。彼らの技術力は高く、程なくして問題の映像を確保することに成功した。


 部下は急ぎバイトに報告し、スクリーンに映像を投影した。


「映像を確保しました。……これです。」




 バイトがスクリーンに目を向けると、そこにははっきりとした姿が映し出されていた――ヴァイ。




 「ヴァイ……!?」




 バイトの顔が険しく歪んだ。目の前に映るその男――最悪の犯罪者、ヴァイ。彼の姿を見た瞬間、バイトの中で一気に緊張が高まった。




 バイトは映像を見つめ続けていたが、次に目を引いたのは、ヴァイの隣にいる謎の女性だった。彼女は冷静な顔つきで、どこか優雅な雰囲気を漂わせているが、その瞳には鋭い光が宿っている。




「……誰だ、あの女は?」




 バイトが呟くように問いかけると、部下たちはすぐに映像をさらに分析し始めた。


 カメラが捉えたのは、ヴァイとその女性が組の事務所から出て行く瞬間だった。二人は何事もなかったかのように、静かにアジトを後にしていた。


「二人で……動いているのか?」


 バイトは眉をひそめながら、映像を見つめた。




 最悪の犯罪者ヴァイとその隣の謎の女性――彼女が何者であるか、何を企んでいるのかが、バイトの頭の中で疑問を渦巻かせた。




「この女も調べろ。誰かすぐに突き止めろ!」


 バイトは映像を見つめたまま、じわじわと焦燥感に駆られていった。脳裏には幾つもの疑問が浮かび、次第に思考が混乱していく。


「なぜヴァイが……?」


 彼は呟くように言葉を発し、考えを巡らせる。ヴァイは宇宙最悪の犯罪者で、バイトの計画には直接関わりがないはずだ。


「組長を……?別件か?」




 だが、いくら考えても、タイミングがドンピシャすぎる。今、この時期にヴァイが動き、組長を殺したとなると、これは偶然では済まされない。何かが裏で繋がっているはずだ。




「まさか……当局か!?」




 バイトの思考が鋭く跳躍する。もしヴァイが当局の差し金だとしたら?だとすれば、これは単なる偶然ではなく、明確な意図がある動きだ。




「くそっ……!」




 バイトは苛立たしげに拳を握りしめ、怒りを押し殺すように静かに息を吐いた。




 「ヴァイ……。」




 その名を聞いた瞬間、どんな悪党でも血の気が引き、震え上がる。




 彼は単なる犯罪者ではない。ヴァイに狙われるということは、死神に名を刻まれたようなものだ。


 バイトもその事実をよく理解していた。


 もし彼に狙われているなら……逃げる前に遺書を書いた方がまだマシだ。




 バイトは薄く笑みを浮かべたが、心の中では焦燥が膨らんでいた。ヴァイが自分を狙っているなら、逃げ場はない。彼の冷酷な精度と圧倒的な力を前に、誰も逃げ切ることはできないのだ。




「やつが本当に俺を狙ってるなら……」


 バイトの拳がぎゅっと固く握りしめられた。


「俺の手で仕留めるしかねぇな……!」




 部下たちはバイトの命令を受け、ヴァイの隣にいた女性の身元を突き止めようと、あらゆるデータベースにアクセスした。だが、いくら調べても――。


「……該当なしです。」


 部下は報告書を差し出しながら、戸惑ったように言った。




「あの女はいかなるデータベースにも存在しません。記録も、経歴も、すべてが空白です。」




 バイトはその報告に眉をひそめた。


 彼の計画の中で、ここまで徹底して情報が隠された存在に出会ったことは稀だった。ヴァイと行動を共にしている以上、ただの女ではない――それは明らかだった。


「……何者だ?」


 謎の女がヴァイと手を組んでいる事実が、さらにバイトを追い詰めていく。




 バイトは拳を握りしめ、謎の女性の情報が出てこないことに苛立ちながらも、すぐに別の行動に移った。彼には時間がなかった――アノマリーを早急に解析し、その力を利用しなければならない。




「アノマリーの解析を急げ!」




 バイトは部下に向かって怒鳴った。その目には焦燥が浮かんでいた。




「ヴァイが動いている以上、時間はねぇ。奴らが何を狙っているか分からないが、こっちが先にアノマリーの力を掌握する必要がある。全てのリソースを解析に回せ。どんな手を使っても構わねぇ。急げ!」




 部下たちはすぐに頷き、緊張した様子でアノマリーの解析作業を急いだ。


 ホログラムの幾何学的な形状が不安定に揺れ、奇妙なデータが次々とモニターに表示されていく。だが、そのデータは依然として解読不可能な数値を繰り返していた。


 バイトは画面を見つめ、焦りと苛立ちを抑えながら、一つの決断を下す。


 バイトは、険しい表情から一転、徐々にほくそ笑みを浮かべた。彼の心の中で、新たな可能性が広がり始めていた。




「確かに……ヴァイは史上最強の殺し屋だ。」




 その事実は覆しようがない。ヴァイに狙われた者に逃げ道はない――それはバイトも理解していた。だが、アノマリーの解析が進み、その力を完全に掌握できれば、状況は変わるかもしれない。




「だが……もし俺がアノマリーとコアを掌握すれば……。」




 バイトは自分の中で計算を巡らせ、さらに笑みを深めた。


 コアはサイト-14の動力源であり、無限とも言えるエネルギーを秘めた存在。そして、アノマリーはその鍵だ。もしその両方を手にすれば、ヴァイすら倒す力を手に入れるかもしれない。




「あるいは……勝機がある。」




 彼の目は冷たく光り、さらなる野心が膨らんでいった。

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