第7話
ヴァイは組長を放っておくと、素早く端末を取り出し、バイトの情報を検索し始めた。
指が端末のスクリーンを滑るように動き、すぐに過去の記録にアクセスする。しばらくして、バイトに関する情報が表示された。
「……なるほどな。」
ヴァイはスクリーンを見つめながら、眉を少しひそめた。
バイトはかつて数多くの戦場で名を馳せた傭兵だった。特に、ある戦場――それが最後の実績となっている。
「あの戦場以来、実績がない……?」
ヴァイはさらに情報を読み込んだ。
確かに、それ以降、バイトは公の記録から姿を消していた。それはまるで、戦場を去ったかのように。しかし、これが何かのターニングポイントだったことは明らかだ。
「ここから奴がどう動くかが問題だな……」
ヴァイは画面を指でスクロールしながら、思考を巡らせた。バイトはその戦場を機に何かを掴んだか、変わった可能性が高い。それが今回の事件とどう絡んでいるのか――次の動きが読めない。
ヴァイとエリシアは、街の雑踏の中を歩きながら情報を集めようとしていた。人々が行き交う中、二人は気配を感じさせず、冷静に次の手を探っていた。
しかし、その時――
——バチバチッ!
突然、街頭の巨大スクリーンにノイズが走り、映像が途切れた。人々が何事かと立ち止まり、ざわつき始める。ノイズの後に画面が再び映し出された時、そこに現れたのは――バイトの顔だった。
「……なんだ?」
ヴァイが端末を見ていた手を止め、画面を見上げる。エリシアも目を細めながらスクリーンを注視した。
「俺たちはサイト-14の命綱を握っている。」
バイトの低く響く声が、街中に流れた。
彼の顔には冷酷な笑みが浮かび、その背後には不気味な沈黙が漂っていた。周囲の人々が次々と足を止め、不安げにその言葉に耳を傾ける。
「要求は一つ。管理者の総辞職だ!」
その言葉が放たれると、群衆の中でどよめきが起こった。バイトの言葉は、サイト-14全体に向けられている。そして、「命綱」という言葉が示しているのは――コア。
街頭のスクリーンに映し出されたバイトは、さらに言葉を続けた。彼の声は力強く、群衆の心に直接語りかけるように響き渡る。
「これを聞いているお前たちは何も心配するな。」
その言葉に、周囲の人々はざわめきながらも画面に引きつけられていく。バイトの目は冷静でありながら、どこか狂気を秘めた光を放っていた。
「俺たちは、お前たちに 楽園を作ってやる!」
街中が静まり返った。楽園――その言葉は耳障りの良い理想の響きだ。だが、その裏に潜むものを誰もが感じ取っていた。
「貧困、格差、腐敗……これらの問題は、誰によってもたらされたのか!」
バイトの声が一段と強くなる。
「いい加減、目を背けるな!お前たちが苦しんでいるのは、今の管理者どもが腐りきっているからだ!」
その言葉に、街を行き交っていた人々の表情は不安げになり、動揺が広がっていく。バイトの演説は、人々の不満や恐怖を煽り、現体制への疑念を強めていた。
ヴァイはスクリーンに映るバイトの演説を一瞥し、すぐに端末を取り出してSNSをチェックし始めた。演説が始まってから数分で、SNS上には無数のコメントが押し寄せている。
「貧困と格差?こいつ何様だよ?」
「楽園とかヤバすぎw」
「サイト-14の未来がかかってるのに、何言ってんだ?」
しかし、ヴァイの目に止まったのは、そんな流れとは違うコメントだった。
「なんか後ろに-9って書いてる……」
ヴァイはそれを見て一瞬目を細めた。演説に気を取られて見落としがちな背景――気になって、さらにスクロールを続けた。
「なんだ?レンダリングしてみよ」
「確かに」
「まじ?」
「え、凡ミス?」
他のユーザーたちも気づき始め、画像を分析しているようだ。ヴァイは素早く演説の一部をスクショし、自分の端末で確認してみた。
「逮捕不可避」
「草」
「間抜けwww」
そこには確かに、バイトの背後に微かに映る「-9」という文字が見えていた。レンダリングエラーか、隠しているつもりが出てしまったのか。
ヴァイは端末の画面に映し出された「-9」という文字を見つめ、すぐにそれが何を意味するか理解した。
「サイト-9……」
それは、サイト-14とは異なる別の人工惑星の管理番号だった。
バイトが今発信している映像の背景に「-9」という文字が映り込んでいるということは、彼が潜んでいる場所はサイト-9である可能性が高い。
「……なるほどな。」
ヴァイは静かに呟き、目を細めた。
「次の目的地は決まったか。」
エリシアに目をやりながら、ヴァイは冷たい笑みを浮かべた。
ヴァイは一瞬の迷いもなく踵を返し、背後に声を投げかけた。
「ドライブの時間だ。」
彼の足音は軽快だったが、後ろから何の反応もないことに気づき、立ち止まる。振り返ると、エリシアがまだ街頭スクリーンをじっと見つめていた。
「……?」
ヴァイは眉をひそめて、彼女に声をかける。
「何してんだ、行くぞ。」
しかし、エリシアは動かない。彼女の目はスクリーンに映るバイトの姿に集中している。すると、エリシアが静かに口を開いた。
「えらく首が凝ってますわね。」
ヴァイは彼女の言葉に目を細め、スクリーンに映るバイトをよく見た。
バイトが演説を続けているその姿――小刻みに首を動かし、何かを抑え込むような不自然な仕草を繰り返している。
「……妙だな。」
ヴァイは何かを閃いたかのように、急に動き出した。
端末を取り出し、バイトの演説のストリーミング映像を巻き戻し始める。指が滑るように動き、映像を何度も巻き戻しながら、彼はじっと画面を見つめていた。
「……ん?」
ヴァイは何かを数えている。巻き戻しては確認し、また数えている。
「……いや、違うな。6秒、3秒、5秒……これも違う。」
彼は繰り返し映像をチェックしながら、眉をひそめている。その様子に、エリシアが少し興味を抱いて尋ねた。
「何を数えてますの?」
すると、ヴァイは信じられない答えを返してきた。
「瞬きの間隔だ。」
エリシアは少し驚いた表情を見せるが、すぐに納得したように頷く。ヴァイはただの犯罪者ではない。彼は宇宙の隅々まで暗躍してきた経験から、何事にも精通している。
ヴァイは再び何かをカウントし始めた。
眉間にしわを寄せながら、口の中でつぶやくように数を刻んでいる。
「4、3、3……」
エリシアは静かに彼の様子を見守っている。ヴァイの指は画面を操作し続け、映像を一時停止しては巻き戻している。
「ひんこん、かくさ、ふはい。……」
彼が再び何かを数え出した。
「1、2、3、4、5、6。……——」
その瞬間、ヴァイの動きがピタリと止まった。
「あっ……」
彼の目に確信が浮かんだ。
次の瞬間、ヴァイは驚愕したように叫んだ。
「腹話術じゃねえんだぞ!?」
その言葉にエリシアは一瞬驚いたが、すぐに彼の意図を理解した。
ヴァイが何度も巻き戻して確認していたのは、バイトの演説中の口の動きと音声のズレ――そして、瞬きのリズム。バイトの言葉と動作が微妙に一致していないことを見抜いたのだ。
「つまり……これは録画、ですわね。」
エリシアがそう呟くと、ヴァイはニヤリと笑い、端末をポケットにしまった。
「ああ、バイトはそこにいない。映像を流してるだけだ。俺たちをおちょくってんだ。」
ヴァイはさらに続けた。
「AIだ。」
彼は目を細めながらスクリーンを指差した。
「この映像、バイト本人じゃねえ。AIによってエミュレートされてるんだ。」
エリシアが少し眉を上げ、彼に問いかけた。
「AI?つまり、バイトの姿をそのまま模倣して、映像を作っている……ということですの?」
「そういうことだ。」
ヴァイは端末を操作しながら、続けた。
「動きや声の不自然さ――瞬きのリズムがバラバラなのもそのせいだ。人間の反応にしては、あまりにも機械的なズレが多すぎる。どっかのプログラムがバイトの動きを再現して、偽装してやがるんだ。」
エリシアは納得したように頷きながら、考え込んだ。
「つまり、バイトはもっと別の場所にいる可能性が高い……。」
ヴァイは不敵な笑みを浮かべながら、ふっと息をついた。
「ああ、どこかで高みの見物を決め込んでるに違ぇねぇ。だが、そろそろ本物にご挨拶しに行く時間だな。」
ヴァイは静かに街を見渡しながら、次第に浮かび上がってきた意図に気づいた。
「これは、スペースポリスと当局を遠ざけるための布石だな。」
エリシアが眉をひそめ、彼の言葉に反応する。ヴァイは続けて端末のSNSフィードをスクロールし、コメントを確認する。
「見ろよ。SNSにいる勘違いしてる連中が、その証拠だ。あいつら、完全に踊らされてやがる。」
ヴァイが見ている端末には、SNS上で「バイトはサイト-9にいる!」と騒ぎ立てる投稿が溢れていた。彼らは自信満々に、まるで自分の手柄のようにその情報を拡散している。
「やつはサイト-9だ!ってな。」
ヴァイは不敵な笑みを浮かべ、端末をしまった。
「奴らはバイトの手のひらで踊ってやがる。間違った情報に飛びついて、まんまと偽装に引っかかってんだ。」
エリシアは静かに頷きながら、目を鋭くした。
「つまり、本当の狙いは別にある……私たちも、それを見極める必要がありますわね。」
ヴァイは街を歩きながら、続けて思案を巡らせる。
「当局も馬鹿じゃねぇ。 動画の解析なんて、基本中の基本だ。いずれ連中も気づくだろうさ。」
エリシアはヴァイの言葉に耳を傾けながら、慎重に周囲を見回す。
「そうですわね。ですが……目の前に餌があるのに、食い付かない魚はいませんわ。」
ヴァイはニヤリと笑って頷く。
「ああ、そうだ。連中が気づくのも時間の問題だが、今はこの“サイト-9”って餌に全力で食いついてる。俺たちにとっちゃ、多少のロスになるが、そう悪くねえ。」
彼らが捜査に入るまでにバイトはもう一歩先へ進んでいるだろう――。
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