第6話
薄暗い部屋の中、ヤクザの組長は静かに昼食を食べていた。
「……うん、悪くない。」
食事に満足しながらも、ふと組長は思い出したように顔を上げた。外には手下たちが待機しているはずだ。何か飲み物が欲しい、そう思い立った彼は、面倒臭そうに外に向かって叫んだ。
「おい!誰か、飲み物を持ってこい!」
しかし――返事がない。
しばらく耳を澄ませるが、静寂が続くだけだった。組長は一瞬、顔をしかめたが、もう一度大声で呼びかける。
「おい、聞こえてんのか!?早く持ってこいって言ってんだよ!」
だが、やはり返事がない。妙な静けさが、アジトの中に漂っていた。組長は箸をテーブルに置き、少し苛立ちながら椅子を引いて立ち上がる。
「……何やってんだ、あいつらは……」
部屋の外から、鈍い音が聞こえた。
何かが殴られている――それも、かなりの力で。
組長の眉がピクリと動いた。次の瞬間、扉が乱暴に開け放たれた。
「なんだ……!」
組長が声を上げる間もなく、そこに現れたのは二人の異常な人物――エリシアとヴァイ。扉の向こうから、ヴァイが狂気じみた笑顔を浮かべてゆっくりと歩いてくる。
「ルームサービスはいかが?」
その不敵な笑みとともに、ヴァイの声が部屋に響く。彼の言葉に遊び心が含まれていたが、その目は冷たく、危険な光を帯びていた。
続いて、エリシアが軽やかに後を追い、部屋の中に足を踏み入れる。彼女もまた、冷たい微笑みを浮かべながら口を開いた。
「今ならステーキが超レアで!」
そう言い放つと同時に、二人の足元に何かが投げ込まれた。
組長の前に、手下の一人が無惨に放り投げられる。その顔には痛みによる苦悶が浮かび、意識を失っていた。
エリシアの言葉通り、その「ステーキ」は極めてレアな状態――彼の体はボロボロだった。
組長は一瞬、凍りついたかのように硬直した。
ヴァイは無邪気な笑顔を浮かべ、部屋の中を見渡しながら、組長に問いかけた。
「おぉ!飯の途中だったか!すまんすまん。で、何食ってるんだ?」
組長は怯えながら、机の上に置かれたハンバーガーをちらりと見て、震える声で答えた。
「は、ハンバー……」
だが、その言葉を聞き終わる前に、ヴァイが一歩前に進み、ハンバーガーを指差して声を張り上げた。
「いやいや!マクドかモスか、ドムドムかって聞いてんだよ!?」
その言葉に、組長はさらに驚き、答えを詰まらせた。ヴァイの狂気じみた表情と、不穏な空気に圧倒されて、言葉が出ない。
部屋の中には緊張が漂い、エリシアはその様子を少し退屈そうに見つめていた。
「ビ、ビッグカフナバーガー……」
組長が震える声で答えたその瞬間、ヴァイのテンションが一気にぶち上がった。
「ビッグカフナバーガー!?それめっちゃ美味いやつじゃん!?」
ヴァイは指をさし、目を輝かせたかと思うと、組長の反応を待つことなく机の上に置かれていたハンバーガーを掴み取った。
「味見していい?」
もちろん、組長が答える間もなく、ヴァイはハンバーガーをがぶりと一口。咀嚼の音が部屋に響き渡り、ヴァイは目を大きく見開いて叫んだ。
「ん〜?んん〜!?うめえ!うめえよおおぉおおぉ!!」
ハンバーガーを高く掲げ、まるで天にも昇るかのような表情で絶賛するヴァイ。その様子を、組長はただ呆然と見つめるしかなかった。
ヴァイはハンバーガーを頬張りながら、隣に立つエリシアに顔を向けて、軽い調子で聞いた。
「食べる?」
エリシアは一瞥もせず、静かに首を振った。
「お腹空いてませんわ。」
彼女は組長の部屋をじっくりと見回していた。
壁に掛けられた掛け軸、飾られた壺――そのどれもが、それなりに価値のあるものであることは一目でわかる。
「……ふむ。」
エリシアは飾られている品々を見つめ、考え込むように口元を抑えた。
これは、たぶん売れる。
ヴァイはしばらくハンバーガーを楽しんでいたが、突然その笑みが消え、顔が一変した。瞬間、狂気がその目に宿り、組長に向けて鋭い声を放つ。
「ニュース見たか?あいつらに兵隊と武器、送っただろ!?あぁん!?」
その声には先ほどまでの軽い調子はなく、圧倒的な威圧感が部屋全体を包み込んだ。ヴァイの鋭い視線が組長を射抜く。組長は一瞬で硬直し、恐怖に駆られた顔を隠すことができない。
「な、何のことだ!?俺は……!」
組長はしどろもどろになりながら言い訳をしようとしたが、ヴァイの圧倒的な存在感に言葉が詰まる。
突然、ガシャーン!と大きな音が響いた。組長は驚き、反射的に声が出る。
「なんだっ……!?」
振り向くと、そこにはエリシアがいた。
彼女は何食わぬ顔で、飾られていた壺やらオブジェを、ゆっくりと、順番に手で押し倒していっている。
——ガシャーン!
「おい、待て!それは……!」
エリシアは組長の悲鳴をまったく意に介さず、次の壺に手をかける。
「……まぁ、壊してしまうのはもったいない気もしますわね。でも、いいものが売れるかどうかは、見極めが大事ですのよ。」
彼女は淡々とした声でそう言いながら、壺を軽く手で押し、また一つ音を立てて割れた。
エリシアが最後に残った、部屋で一番大きい壺に手をかけた瞬間――
「待て!やめろ!」
組長は顔を真っ青にし、必死に叫んだ。
「兵隊は送ってねえ!俺が送ったのは船と武器だ!」
その声は、恐怖と焦りで震えていた。壊されるのを恐れていたのは、ただの壺ではなく――彼自身の隠された秘密だった。
組長は汗をかきながら深いため息をつき、観念したように語り始めた。
「依頼してきたのはバイトだ……あいつ、かつてスペースPMC(民間軍事会社)の一員だった男だ。」
エリシアとヴァイがじっと聞き入る中、組長は続けた。
「数年前、奴はPMCを抜けて姿を消したと思っていたが、最近になってまた現れやがった。今回の件も、奴から直接依頼が来たんだ。武器と船を準備しろってな……兵隊は、あいつらがどこからか連れてきた。」
組長の声には怯えが混じっていた。バイトという名前が、彼にとってどれだけの脅威であるかがはっきりと伝わってきた。
「……それで、奴らはどこへ向かっているんだ?」
ヴァイが冷静に問いかける。
組長は顔面蒼白で、必死に答えた。
「わ、わからねえ!本当に知らねえんだ!奴らがどこに向かうのかなんて、何も聞いてねえ!」
その言葉に、ヴァイは一瞬目を細める。
続いて、無言でエリシアに目配せをした。
エリシアは理解したように頷き、静かに組長の肩を掴むと、彼を椅子に座らせたまま押さえつけた。
「ま、待て!本当に――」
組長の言葉が途切れる。
ヴァイが無表情でナイフを取り出し、冷たい光を放つ刃をゆっくりと組長の脇腹に当てた。
そして――。
——スッ……スッ!
鋭い音とともに、ナイフは組長の脇腹と太ももを切り裂いた。組長は苦痛に顔を歪め、うめき声を上げた。
「時は金なりってな。」
ヴァイはナイフを握りながら、淡々と言い放つ。
「俺は知らねえぜ?お前が時間を無駄にするなら、俺もこうやって時間を潰すだけだ。」
その言葉には、冷酷さと狂気が混ざり合っていた。
組長は痛みによる呻き声を漏らしながら、必死に口を開いた。
「……本当に……何も知らねえんだ……あいつら、何も言わずに動いてた……俺は……ただ……船と武器を送っただけで……」
エリシアとヴァイはその答えをじっと聞いていたが、どうやら彼が本当に知らないことは明らかだった。
エリシアはため息をつき、ナイフを拭いているヴァイを一瞥すると、再び飾られている大きな壺に目を向けた。
「……まぁ、仕方ありませんわね。じゃあ、この壺だけ持って帰ろうかしら?」
そう言いながら、エリシアは壺を持ち上げようとした。だが、ヴァイがすぐに彼女を嗜めた。
「もっとでかいやつ持って帰るんだろ?」
その言葉に、エリシアは一瞬目を丸くしたが、すぐに彼が何を意味しているかを悟った。彼女は軽く笑い、壺をそっと元に戻した。
その背後で、椅子に座った組長の目は白く濁り、完全に虚ろな状態になっていた。
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