第2話





 ——シュウゥ……






 旅客機のハッチが開き、静かに人々が降りてくる。


 その中で、一人の女性が軽やかにステップを踏んで姿を現した。しなやかで無駄のない動き、優雅な雰囲気を漂わせながらも、その目には確固たる意志が宿っている。





 エリシア――。





 金髪が風に揺れ、活動的な動きに適した軽やかなブーツを履いて、歩みを進める。


 彼女の装いは洗練されていながらも、いつでも戦闘に備えられる機能性を備えたものだ。旅客機を降りた人々が急ぎ足で行き交う中、エリシアだけがゆったりと周囲を見渡し、耳を澄ませた。


 発着場に設置された古びたスピーカーから、ラジオが流れている。低い声で、緊急ニュースが報じられていた。





「……これが緊急ニュースです。武装した一団がGENプラント――ジェネレータープラントを襲撃し、当局は現在、状況を把握中……」





 無機質な声が周囲の喧騒にかき消されることなく、発着場全体に響き渡っていた。だが、その言葉がエリシアの耳に届くと、彼女の顔にはわずかな笑みが浮かんだ。





「ジェネレータープラント?何か厄介なことが起きているようですわね……。」





 軽く肩をすくめた彼女は、周囲の慌ただしい空気にも動じず、落ち着いた態度を崩さない。


 次々と人々が自分の目的地へ向かって消えていく中、エリシアだけがその場に立ち止まり、ラジオの続きを聞き流していた。





「……襲撃集団の目的は不明ですが、当局はジェネレータープラント周辺を封鎖し……」



「ふふ……面白くなってきましたわね。何か儲かる匂いがしますわ。」





 エリシアは口元に微かな笑みを浮かべると、素早く周囲を確認し、まるで舞台に上がるかのように身軽に動き出した。彼女は目的に応じて動くタイプだ。もし、これが一儲けできる機会だと確信すれば、すぐに行動に移す。




「さて……どうやって乗り込むべきかしら?」




 彼女は発着場の騒ぎを背にして次なる目的地へと向かった。





 エリシアは、サイト-14の発着場から少し歩いた先に広がる薄暗い路地に足を踏み入れていた。





 彼女の頭の中では、すでに一つの計画が組み立てられている。




「話は単純ですわね……」




 彼女の口元には冷酷な笑みが浮かんでいた。




 ジェネレータープラントの襲撃で、当局が追い詰められている今がチャンス。


 そんな状況において、最も価値のある情報と物資は何か――それは奪われた品だ。それさえ手に入れれば、当局に高額で引き渡せるだろう。




「まずは、あのテロリスト集団の居場所を探り出さないと。」




 だが、エリシアにとってそれは難しいことではない。


 情報が必要なら、暗黒街に足を運び、少しばかり「話を聞く」だけのこと。彼女は歩きながら、すでに頭の中で次のステップを思い描いていた。




「テロリストたちの情報を暗黒街から引き出して、その後は……奪われた品を奪取して、当局に売りつける。それも、こちらの言い値で。」





 暴力は最も手っ取り早い交渉手段だ――。





 彼女にとっては、それが何よりも効率の良い「ビジネス」だった。暗黒街で情報を引き出すなら、少々荒っぽい手段を使っても問題はない。誰も彼女に逆らう者などいないのだから。




「ふふ……簡単な仕事ですわね。少し、腕が鳴りますわ。」




 エリシアは自信満々の笑みを浮かべ、暗黒街の入り口へと向かって足を進めた。




 彼女が必要とするのは、ただ一つ――テロリストたちが奪った品の在り処を知る情報。それさえ手に入れれば、後は彼女の「力」で全てを解決できる。





「さあ……誰が最初に私の手にかかるのかしら?」





 冷ややかな笑みを浮かべるエリシアの目には、すでに確かな計画が描かれていた。









 ——ビープ、ビープ、ビープ!








 警察当局の自動顔認証システムが突然、警告音を発した。


 通常ならば、さほど珍しいことではない――サイト-14は犯罪の温床でもあり、指名手配犯が紛れ込むことも日常茶飯事だ。





 だが、今回は違った。





 モニターに映し出された男――全身がメタリックシルバーの異常な姿が画面に浮かび上がる。


 その光沢のある体表と無機質なサングラスを装備した異様な姿を前に、システムオペレーターは凍りついた。





「これ……ヴァイじゃないか……」





 呟くように発したその名前は、即座に管制室全体に緊張を走らせた。





 ヴァイ――史上最悪の宇宙犯罪者。





 暗殺、密輸、破壊活動、その犯行リストは数え切れないほど長い。彼が姿を現したとなれば、ただの事件では済まされない。人々がパニックに陥るのは時間の問題だ。





「緊急事態だ!至急、上層部に報告しろ!全員、動け!」





 現場の指揮官が即座に指示を飛ばし、職員たちは慌てて手元のパネルを操作し始めた。緊急対応チームの呼び出し、追跡の準備――すべては秒単位で進行するはずだった。




 だが、その瞬間――





「……待て。動くな。」





 鋭い声が響き、モニターに目を釘付けにしていた職員たちが一斉に振り返る。背後に立っていたのは、冷徹な表情の官僚。上層部からの人物だった。




「どういうことですか?相手はヴァイですよ!あのヴァイです!」




 オペレーターが詰め寄るが、官僚はそれを無視するかのように淡々と告げた。




「上層部からの指示だ。これ以上、この件に関与するな。」




「関与するなって、冗談じゃない!宇宙最悪の犯罪者がサイト-14にいるんですよ!動かないわけには――」





「動くなと言ったんだ。」





 冷たい一言で会話は打ち切られた。




 オペレーターたちは呆然とするしかなかった。画面には依然としてヴァイの姿が映し出されている。無言のまま、サイト-14内を悠々と歩き回るその姿に、全員が背筋を凍らせていた。


「……一体、誰がこんな圧力を?」


 誰かが小声で呟いたが、答えは返ってこなかった。ただ一つ確かなことは、何者かが「ヴァイ」に対して、絶対的な保護を与えているということだった。





 サイト-14の某所、暗く静かな部屋に、重々しい空気が漂っていた。





 窓のないその部屋は、上層部の秘密会議室。限られた者しか立ち入ることを許されないその場所に、二人の影が対峙していた。




 一方には、厳格な顔立ちの男たち――サイト-14の上層部の重鎮たち。




 彼らの表情には焦りと不安が浮かんでいた。




 もう一方には、全身がメタリックシルバーの異様な姿――ヴァイ。異常なほど冷静で、凍りついたような無表情のまま、彼はそこに立っていた。





「事態は一刻を争う。テロリスト集団がジェネレータープラントを襲撃し、現在も動き続けている。」



「奴らの狙いは『アノマリー』だ。何があろうとも、回収し、テロリストのボスを抹殺しろ。」





 上層部のリーダーが鋭い声で言い放った。




 彼らはヴァイに目を逸らさず、懸命に冷静さを保とうとしていた。だが、目の前にいる男が何者であるかを理解している彼らにとって、それは容易ではなかった。




「手段については問わない。どんな方法でも構わない、奴を始末しろ。そしてアノマリーを回収するんだ。」





 テロリストのボスの抹殺、そしてアノマリーの回収――。





 それが今回のヴァイへの依頼内容だ。




 どれだけ強力な武器を使っても、どれほどの犠牲を払っても構わない。彼なら、この混乱を一瞬で終わらせる力があると、上層部は信じていた。




「その上で、司法取引だ。」




 重鎮の一人が、慎重に切り出した。重い空気の中で、その言葉は冷たく響いた。




「君にはサイト-14での正規の住基カードを作成する。我々の管理下で活動することを条件に……君の過去の犯罪はすべて帳消しにする。」




 その瞬間、静寂を破るようにヴァイの口元がわずかに動いた。薄く冷たい笑みが、彼の顔に浮かんだのだ。





「フフフ……」





 その狂気じみた笑い声が、暗い部屋に低く響き渡る。上層部の男たちの背筋に冷たいものが走った。彼の目はまるで獲物を狙う猛獣のように鋭く光っている。





「アノマリーの回収とボスの始末……それだけか?」





 ヴァイの声には楽しげな響きが混ざっていた。




 彼にとってこれはただの「仕事」以上のものだ。自らの犯罪が帳消しになる。そんな状況が、彼を一層狂気へと駆り立てていた。




「分かった。やってやろう……好きなようにな。」




 ヴァイは満足そうに笑みを浮かべると、部屋を出て行こうとする。その背中を見つめる上層部の者たちには、安堵と恐怖が入り混じった表情が浮かんでいた。





「さあ、始めるか。愉快な仕事の時間だ。」





 ヴァイの狂気じみた笑みが、彼の背中に残像のように浮かび上がった。

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