終章
終話
虚空衆の連中が、怪しい儀式のため空き地付近で放火したらしい。そして大火事になる前に、火灯しの無月が食い止めた。
牡丹としては自分が犯人だと白状するつもりだったのだが、その前にすっかりそんな噂が飛び交っていた。どうやら端日家が率先して拡散したそうだ。
「虚空衆の連中への意趣返しもあるのだろうさ」
「でも、火を起こしたのはあたしだよ」
「大事には至らなかったから、よしとしよう。私としても、お前が罰せられなくてほっとしている」
提灯を無月と一緒に組み立てながら、牡丹はもやもやした気持ちを抱えたまま頷いた。虚空衆が去ってから、二人は暫し大忙しだった。勝手に弄られた灯篭を掃除して、貯えが減った提灯をせっせと作る。最近ようやく、それも落ち着いてきたところだった。
できた提灯を、牡丹はよいしょと背負う。
「村と、弦の様子を見てくるよ」
弦次郎は約束通り、火灯しへの偏見を払拭すべく皆へ働き掛けてくれていた。喜一郎も元々影では融通を図っていたらしく、弟の行動を止めようとはしなかった。無月が火を消した功労者だという噂が広まったのも、兄の助力のお陰だろう。
牡丹は、村を好きではなかった。けれどどうでもよくはなかった、のだと思う。
放火した罪悪感もあって、無関心でいるのもできなくて。つまりこのままでは、なんとなく座りが悪かったのだ。愛想よく、とアトリに教えてもらった客対応を唱えつつ、牡丹の方からも歩み寄る努力をする事に決めていた。
それに、弦次郎一人に任せるのはどうも危なっかしい、と思ったのだ。
「弦は弱気な所もあるから、喝を入れにいくんだ」
「……随分彼と仲良くなったんだな」
何やら言葉を選んで確認される。先程よりどこか笑みに暗いものが混じっているのに気付かず、牡丹は素直にうんと頷いた。
「クザンにもまた行きたいな。セイ達に会いたいし、武術の修行とかをやってみたいんだ」
「……そうか」
以前なら相槌ひとつで終わっていたかもしれない。無月は視線を落としつつ、項垂れる。その拍子に、髪を束ねる真新しい組紐がちらりと視界に映った。
「お前、私と一生一緒にいると言ったじゃないか」
拗ねた様子で無月はぼやいた。前よりも正直に胸の内を明かしてくれるようになった彼に、牡丹はつい笑みをこぼす。
大人びて物分かりのいい良識のある師匠は、実の所結構寂しがり屋で子供っぽいのだと、最近知った。自分に裏の面を見せてくれるようになったのは、結構嬉しいものだった。
「クザンには、師匠も一緒に行こうよ」
「いや、そういう意味ではないというかだな……」
歯切れの悪い物言いに首を傾げる。牡丹はやっぱり察しが悪いままで、彼が何を悩んでいるのか分からない。
無月はまだ信じきれないのかもしれないと、ふと思う。ならば、何度でも言うまでだった。
「どこで誰に会ったって、師匠を一番好きなのは変わらないよ」
「どうだろうな。あの次男とは馬があうようだし、セイにも兄の如く懐いていただろう。テンジャク達の所で世話になって、彼らを親のように想ったんじゃないか」
「なら、あたしを師匠の妹とか娘にしてよ」
別の家族を作ってしまうのが不安なら、身内にしてくれればいいのだ。そうすれば少しは安心できるかもしれないと、以前と同じような提案を口に出す。
苦笑いを浮かべている無月へ、でもと続けた。
「あたしは、嫁になりたいな」
何の気なしに言ったつもりだった。
なのに、言った傍から頬が赤くなっていた。
驚いている無月の顔を見るのが、急に恥ずかしくなってくる。どうしてこんなに恥ずかしく思うようになったのか、自分で自分が分からない。
「じゃあ、行ってくる!」
照れを誤魔化すように、慌てて駆け出していく。それを硬直したまま視線で追いかけていた無月は、後姿が見えなくなってからふっと目元を緩ませた。
「……私も、そう思うよ」
嬉しそうに零された本音はあまりに小さく、残念ながら牡丹の耳元にまでは届かなかったのであった。
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