第4話 トワ

(優って本当に何でもできるよな)


(流石は俺の息子だ)


(優ちゃん、今度お母さんと一緒に出かけない?)


(ねぇ、優くんってすごいかっこいいよね)


(優と比べると何でも劣って見えるよなぁ)


(あんな可愛い彼女がいて、優が羨ましいよ)


(優くん、大好きだよ)


「……俺じゃない」


 意図的に発した言葉ではなかった。


 でも、口に出した瞬間何かが腑に落ちた。


 俺は出来た人間じゃない。何重にも皮を被った、化け物だ。

 ただ、「普通」を演じて、「普通」に擬態をして、「普通」に適応してるだけなのに、どうも違う。


「……死ねたら、楽なのにな」


「おじさん、何してるの?」


「え?」


 驚いて顔を上げると、俺の目の前に少女が立っていた。とても幼い……たぶん5~6歳くらいだろうか、黒髪でツインテールの幼女だ。


「き、みは?」


「わたし? わたしはトワだよ」


「トワ……」


 まだ状況が飲み込めない。今は深夜0時をとっくに過ぎている。そんな時間帯にこんな小さな子が何故いるんだ?


「君、お母さんとかは?」


「ん〜、そこにいるよ」


 少女が指さしたのは、公園のすぐ近くのアパート。木造で、かなり年季の入った建物だ。


「なんでこんな時間に外にいる。危ないだろ」


「そんなことより、おじさんのお名前はなんなの?」


「え、」


「わたしはちゃんと自分のお名前を言いました。だったらおじさんも言わないとだめでしょ」


 少女は口元でばってんをつくり、頬を膨らませている。


「あー……ごめん。俺は優だ」


「ゆー?」


「ゆ、う。英語みたいな言い方するな」


「ゆう、ゆう……じゃあ、ゆうちゃんね!」


 そう言って顔を輝かせる少女に俺は今更ながら、取り繕うのを忘れていた事に気づく。俺は誰に対しても皮を被る。たとえそれが子供でも、赤ん坊だろうと徹底してきた。

 だが、何故か今この瞬間、そうあることが抜け落ちていた。


「ゆうちゃん、なんか顔くらいねぇ。悩み事?」


「まぁ、そんなところだ」


 1度ああして気を抜いてしまった以上、かえっていつも通りに戻さない方が良いだろう。どうせ子供だ。


「う〜ん、じゃあトワがおはなし聞いてあげるよ!」


「え?」


「おはなししてくれたら、ゆうちゃんを元気にしてあげる!」


 言葉の意図がよく理解できない。


「君が俺を?」


「うん!」


 少女は満面の笑みで大きく頷く。その純粋無垢な眼差しが俺に突き刺さり、つい言葉が漏れてしまった。


「……聞いてくれるのか?」


「だからそう言ってるじゃん! ゆうちゃんっておバカさん?」


「ふっ、なんだそれ」


 笑った?


 今、俺は笑ったのか?


 自覚のない、だが、これは本物だ。


「……少し長くなるぞ」


 俺は今までの自分のことを、年端もいかない少女に話し始めた。理解ができるわけが無い。そう考えていても、話したいと思ってしまった。

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