第2話 まやかし

 電車に揺られ、景色が回る。

 窓の外の世界は既に光が少なく、どれも曖昧に輝いている。


 曖昧、不完全、それらはきっと今の自分だ。


「全部君のせいなんだよ」

 窓に映った顔がそう言っている。


 曖昧な光さえも眩しく思える。外を眺めながら、俺はさっきまでの事を思い出していた。



 ▷▶︎▷



「……遅い」


「ごめん、美春。バイトが長引いてて―――」


「そんなことはどうだっていいの!」


 俺の言い訳など関係ない。俺の弁明に耳を貸さない。部屋に美春の大きな声が響き渡る。


「優くんさ、最近変わったよね。昔はもっと私を優先してくれてたのに、今はいつも後回しにしてるよね?」


「そんなことはない。たまたま忙しくなってるだけだ」


「嘘つき! 私とのデートすっぽかして、飲みに行ったの知ってるだからね!」


「あれは……悪かったよ。でも、そっちの付き合いも大事にしたいから」


「私が1番じゃなかったの?」


「1番だよ。俺の心の、人生の1番は君だ」


「だったらっ……だったらさ、私だけを見て、私だけに触れて、私だけに声をかけて、私だけにその姿を見せて、他の人に笑いかけたりしないで、他の人に心を許さないで、他の人のことなんか考えないで、私で全部を埋めつくしてよ!!」


「……少なくとも、今は美春のことで頭がいっぱいだ。大事で、大切で、愛しく思ってる」


「……信じない。そんな言葉なんか信じない」


「どうすればいい?」


「……抱きしめて」


「……分かった」


 こんなやり取りも、もう何回目だろうか。激昂する君を俺が宥め、結局最後はこうして曖昧な仲直りで終わる。


 傍から見れば共依存なんて思えるかもしれない。でもそれは違う。俺の気持ちはこれっぽっちも美春に浸かっていない。俺はただの美春の依存先だ。


「まだ心配だから……ね?」


「はいはい、分かってるよ」


 ゆっくりと抱擁を解き、吐息が聞こえる距離まで近づく。舌を、全身を絡め、俺と美春は快楽の海に溺れ始める。


「優くん。ずっとずっと大好きだよ」


「ああ、俺も好きだ」


 呼吸をするように流れ出る嘘。

「好き」たったの2文字で君を笑顔に戻せるなら、それがたとえ一瞬だとしても俺は構わない。


 君が見てる俺は俺じゃない。

 虚像を抱く君は幸せそうな顔をしている。

 それが俺には、とても気持ち悪く見えるんだ。

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