ハッピー・バッド・エンディング

雪詠

第1話 好きでいることを選ばない

 これは別に、病んでいるとかそういう事ではない。


 俺には世界が色褪せて見える。

 幼少期には確かにあった情熱が静かに、ゆっくりと消えていった。


 何も感じない。周りの奴らなんかどうでもいい。


 それでも、生きていく上ではそうも言っていられなくて「普通」を演じて生きている。社会に順応して、周りに適応して、全てに敏感に反応して生活をしている。


 生きる理由は分からない。生きていたいとも思わない。

 ただ死ぬことが怖いだけ。だから俺は生きている。


 今この1歩を踏み出していく勇気さえあれば、俺はここから離れられる。想像なら何回でもした。それでも……できない。


 躊躇う俺を横目に、電車が減速していく。この瞬間だけが俺に生を感じさせてくれる。


 車内から出てくる人は少ない。時間も時間だ。終電ギリギリで帰ってくる奴なんてロクなやつではないだろう。

 俺もそんな奴らの1人だ。もっとも、好き好んでこんな時間に帰っている訳じゃないんだけどな。


 ガラガラの車内は昼間の熱気とは真逆で、閑散としている。辺りを見ても人影はなく、天国行きの貸切電車に乗っている気分だ。


 そんな静けさを打ち破るように、ピコン、と携帯が震えた。


『連絡くらいしてよ』


 目に映ったのはそんな文字列。


 そこにどんな意味が含まれているのかを考えるのさえ億劫だ。


 さっきはあれだけ暴言を吐いておいてまだ足りないのかと、呆れる気持ちが湧き上がってくる。


 俺達の関係はこの季節のようにジメジメと、そしてこの季節に似合わないほど冷え切っている。

 そう思うのは俺だけかもしれない。


(ずっとずっと大好きだよ)


 脳裏にそんな言葉がよぎる。


 ああ、きっと俺はまだ愛されている。好意を向けられて、愛を囁かれて、理想を求められて、人生の最上位に置かれている。


 離れていてもそんなことは分かる。

 もう4年の付き合いだ。


 でも俺はもう疲れたんだ。

 疲れた、全てが面倒くさい。


 君を愛せない俺が悪いって言うなら、それでいい。それでもういいんだ。


 俺は好きでいることを選ばない。

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