第八話 守れ、食堂の味! 素人厨房奮闘記
01.
マコへ
秋ですね!! 秋! 食欲の秋!!
マコ、ちゃんとメシは食ってるか!? 成長期なんだから、今のうちに食っとけよ~! ちなみに兄ちゃんは、中学校生活の三年間で身長が二〇センチ伸びました!!
だからちゃんとメシを食うんだぞ! 母さんの料理は……ちょ、ちょっと個性的だけど。うん。いや、でも味はいいし、一人暮らしすると恋しくなるからさ! それはホント!
兄ちゃんは朝晩は家で、昼だけ学校で食うことが多いんだけど、わりとこの時期は三食食堂で食べるんだぜ。秋になると、サツマイモのポテトサラダが出てくんの! これがちょ~ウマくてさ!! それ狙いで行っちゃうよね!
本当はマコにも食わしてやりたいんだけど、ウチの学校、生徒関係者でも、敷地に入るの禁止なんだよなぁ~……そうだ!
食堂のオバチャンに、持ち帰りできないか聞いてみるわ! そんで家に来たときに一緒に食べよう! それがいい! 待ってます! 兄ちゃんいつでもウェルカムだからな!!
朝、誰もいない教室で、ぼんやりしていたときのことだ。
「――お~っ、いたいたっ。
……なんか、教室の扉から、ちょいちょい手招きしてくる人がいる。
今更驚くこともない。このクラスの担任の、
その人が廊下からこちらを覗き込んで、ちょんちょん、と手で俺を呼んでいる。小耳に挟むやつが誰もいない教室で、おっとりとした南先生の声でもよく響くような環境なのに、ただただニコニコしながら、無言で。
数秒待ったが、あくまで廊下に呼び出す姿勢のようなので、渋々そちらへ向かう。
「そこからでもよくないっスか?」
「おはよう、高橋くん」
「……おはようございます」
この学校にいる多くの職員と同様、この人も“〈主人公〉だった人”だ。〈主人公〉というのはみんな、独特のペースを持っているらしい。
「高橋くん今日ヒマ? バイトしない?」
「はぁ。まぁ、特に用事とかは無いっスけど……バイトって?」
〈主人公〉の生徒たちは学校側の要請に応じて、悪者と戦ったり、人助けをするような“バイト”をしているが……モブにもできそうな仕事があれば、こうして時々、俺にも話が回ってくる。ぶっちゃけ雑用だ。まぁ給料は割といいし、できる仕事があるだけありがたいのかもしれない。
「あのね、食堂の職員さんが今日、二人来られなくなっちゃって。一人だったら残った人たちで回すんだけど、今日は誰か手伝いに来てくれないかーって。で、高橋くん」
「はあ。……えーと、大丈夫ですかね。俺、飲食系のバイトとか、経験無いですけど」
「大丈夫よー。洗い物とか、テーブル拭きとか、任せるのはそういうことだから。高橋くん一人暮らしだし、それくらいはやったことあるでしょ?」
「はあ。まあ」
「じゃ、おっけ、おっけ。学校側だって、そんな、いきなりできない仕事を押しつけることはないからね。心配しないで」
そうは言うものの、やっぱり〈主人公〉たちはしばしば、というか基本的に、一般人との距離を測り間違えてくる。彼らの言う「できる」は、俺たちモブにとっては「無理すればなんとかできる」くらいで認識するのがベストだ。まあ、南先生は大人だし、常識がある方だし、他の〈主人公〉に言われるより、信頼はできるのだが。
「わかりました。ええと、いつから?」
「今からよ。さ、食堂にゴー!」
「はあ!? 授業は!?」
「こっちで補講申請しておくから! いってらっしゃ~い」
前言撤回。南先生も、そこそこヤバイ。
食堂は寮に併設されている。一階が食堂になっていて、朝や夜、休日などは、寝間着・私服で利用している寮生も多い。通いの生徒は、寮の食堂を借りているような雰囲気だ。
ちなみに寮生は全体の半分もいないくらい。寮生活を嫌ってわざわざ部屋を借りるやつもいれば、夜崎や赤坂のように、そもそも引っ越す必要のないやつ、綾瀬のように、外に気に入った土地を見つけるやつもいる。
そんな、生徒の自宅事情は置いておいて。
「……表側からでいいのか?」
寮を見上げながら、思わず呟く。行けと言われたからここまで来たが、その先をなんにも聞いてねえ。誰に声をかけたらいいんだ?
「まあ、聞けばいいよな……」
ガラス扉を開けて、食堂に入る。こんな学校だから特殊なつくりか、というと、ここはそうでもなく、多分、普通の寮とか、社員食堂とかの雰囲気とそう変わらない。築二十年以上の施設は、重ねた年月と利用する生徒の数相応に古びていて、地元の公民館のような愛嬌がある。
時間はホームルームが始まる二十分ほど前。俺のモブの感性なら、登校の準備をすっかり終えた寮生が、そろそろ朝食を終えて出ようとしているところ、これから食べ始めるにはちょっと遅いくらいだと思っている、が。
席を見回していると、まぁ俺の認識通りな生徒もぽつぽついるし、あーもう時間通りに登校するつもりねえな、みたいなペースで食ってる生徒もけっこういる。埋まっている席は、食堂全体の三割もない程度で、教室とあまり変わらない印象だった。
俺はカウンター越しに、中にいるオバチャンの一人に声をかける。
「あの、すみません」
「はいはーい。って、あら。高橋くん」
この職場では比較的年を取っているはずだが、これも元〈主人公〉ゆえか、まだまだ若々しい
余談だが、この学校に勤める職員さんは、生徒の顔と名前が一致している人が多い。生徒は個性的なやつばかりだし、特に、能力を喪失して、現在はほぼ一般人の職員からすれば、誰が戦闘系で、誰が非戦闘系なのか把握しておくのは、死活問題なのだろう。俺だって同じだ。
「朝から珍しい。どうしたの?」
「南先生に、食堂の手伝いに入れって言われて」
「あ、それで。高橋くんだったのね。ちょっと、
「はあいー?」
ちょっとしゃがれた声と、不機嫌なトーンで応答するのは、椎名さんより少し年下で、つり目の竜宮寺さん。どこの国かは忘れたが、外国人の血が入っていて、肌は褐色、すらりと背が高く顔つきも凛々しい。しかし喋ると「あんら、高橋やないの」と、こってこての関西弁という、どこかギャップのあるキャラだ。
「なんや朝から、こんなところに来よって。ついに学校サボったか」
「違いますよ。南先生に、ここを手伝うように言われたんです。職員さん、二人お休みなんスよね?」
「ああ~、そういうことね。そら、高橋にはええバイトかもしれんなぁ」
「それじゃ高橋くん、来てくれる? 裏口の方に案内するから、竜宮寺さん、こっちお願いします」
「はいよー」
俺は椎名さんに案内されるまま、食堂を出て裏口へ。一通りの消毒と、予備だというエプロンとバンダナを身につけて、厨房に上げてもらうと、入ってすぐの台に、今回ちょっと期待していた“あの人”を見つけた。
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