04.


 十数分後。


 結論から言って、赤坂あかさかたちはめちゃくちゃ強かった。ドゴン、ドゴンと〈ポリュージョン〉を巨大な槍らしきもので突き、そのたびに怯ませる。……俺たちは特にすることもなく、一定の距離を保って観戦していた。「いけいけーっ!」と、夜崎よざきは楽しそうだ。


「この調子だったら、私たちの出番は無いかな?」

「……そうっぽいな」


 押している割に、戦いが長引いていることは気になるが、だとしても、民間人に被害が出るようなことは無さそうに見える。「まあ、出番がないならないでいいけど……」と、別にロボ観戦に来たわけでもない如月きさらぎは、どこか物足りない様子だ。

「赤坂、だいぶ緊迫してたから、拍子抜けしちゃった。やっぱり大げさだったかも」

 そうかもしれない。

 他の生徒は来ていないのかと、俺は辺りを見回した。そうと思しき中等部の学生はちらほら見かけたが、数は多くない。だが逆に考えると、ここだけでも逆神さかがみ姉弟や志乃田しのだを含めて何人か見かけているのだから、広い範囲で探せば、意外といるのかもしれない。


「ん……?」


 ふと、少し離れた堤防の上に、人影があることに気付いた。多分同年代の、男子。ロボの戦闘に視線を向けていたが、ちょうど飽きたところなのかもしれない。ゆっくりとした動きで背中を向け、どこか哀愁漂う背中で歩き出す、その姿は――


綾瀬あやせ?」


「えっ、どうかした? 高橋たかはし

「あ、いや……」

 如月が首を傾げる。ロボの方を見ていたらしい。

「綾瀬っぽいのがいた気がして」

「綾瀬? あー、一昨日もいたし……手伝いに来たのかな?」

 その可能性は高いが、だとしたらお人好し過ぎると思う。そんなキャラだったっけ。

「わからない。綾瀬かどうかも……俺、ちょっと声かけてくる。夜崎のこと頼む」

「あ、うん、いいけど、一人で平気?」

「すぐそこまでにしておくよ。見失ったら戻ってくるから」

「わかった。何かあったら連絡して」

 如月の言葉に頷いて、俺は堤防の方に向き直る。


 綾瀬らしき人影はもう見えなかった。意外と歩くのが早いのか。もしも高速移動かワープ系の異能持ちだったら、もう追いつけないなと思いながら、俺は砂浜を走る。

 閑散とした街道に出ると、道路を渡って大通りに入っていく背中が見えた。俺も駆け足で横断歩道を渡り、飲食店や商店がまばらに並ぶ道でようやく、綾瀬の後ろ姿をはっきりと捉えた。


「綾瀬!」


 声をかけると、綾瀬がパッと振り返る。そして俺の姿を見ると、ちょっと驚いた様子で目を開いた。


「高橋」


 落ち着いた色合いとシルエットの私服を纏った綾瀬は、意外そうな、嬉しそうな、困惑しているような……いや、ほとんど無表情なんだが。だが、そういう声の色をしていた。そして、「なんか、悪いな」と呟く。


「なにがだ?」

「浜辺で、如月と夜崎と一緒にいたのを見かけたから……大丈夫だと思って声をかけなかったんだが、失礼だったかもしれない」

「いいよ。それより、来てたんだな。その、昨日いろいろあったから……」

「ん? ああ……」綾瀬は少しばかり言いよどんだ後、ふっと笑みを見せる。「そうだな、昨日は結局、メシにも行けなかったし」

「次の機会に行こう。あの、ここに来たってことは、綾瀬も戦いに?」

 俺が尋ねると、「それもあるけど」と綾瀬は辺りを見回した。

「俺の家、近くだからさ」

「え、この近く?」

「わりとな」

「そうだったのか」


 妙に足取りが慣れているし、バス停と反対方向に向かっていると思ったら、そういうことだったらしい。今回、赤坂が告げた敵の出現予告に固執していたのも、そのあたりが理由だと考えたら、合点がいく。

「じゃあ、これから帰るところ?」

「いいや、赤坂の戦闘が終わるまで気は抜けない。もう少し、うろつくつもりだ」

「ついて行っていいか」


 ほとんど反射的に頼んでから、俺は「よかったら」と補足する。昨日あんな別れ方をしてしまったし、もっと話もしたかったので、チャンスだと思ったのだ。

 断られるかと思ったが、綾瀬は特に引っかかりもなく、「かまわない」と頷いた。

「二人には、断りは入れなくていいのか。一緒に来たんだろ?」

「電話するよ。……綾瀬って、戦闘系だって言ってたよな。俺がいても問題ないか?」

「一人守るくらいなら容易い。ただ、見た目だけは勘弁してくれ」

「大丈夫だよ」

 昨日、赤坂も相当ビビっていたから、だいぶ妙な能力なのだろう。


 といっても一般人からすれば、見た目がいいとか悪いとか、選り好みできる権利は無いのだ。俺だって自分の立場はわきまえてるし、とばりさんの能力が“あんなんだった”から、今更たいていのものは、ビジュアルが理由で嫌だとは思わない。


『高橋? どこにいるの?』


 如月に電話をかけると、すぐに出てきた。まだロボは戦ってるらしい。事情を話すと、少し迷っていたものの、『わかった』と言ってくれた。綾瀬とはあまり喋らないから、能力を把握していないことも含めて、悩んだのだと思う。

『何かあったら連絡ちょうだい。帰りはどうする? 綾瀬と帰るの?』

「あー、綾瀬はこのあたりに住んでるらしいから……」

『じゃあ、時間が合ったら一緒に帰る、くらいで』

「了解。じゃあ、また」


 歩きながら簡単な会話を交わして、通話を切る。「兄弟みたいだな」と、通話を聞いていた綾瀬が横から言うので、「そうか?」と俺は疑問形で返した後、「……いや、そうかも」と、自分でやんわりと肯定する。


「保護者みたいなもんだよな。今は、もう」

「……それは、どっちだ? 如月が、高橋の、という意味か?」

「そうだよ。逆だと思うか?」

 俺が苦笑しながら聞き返すと、予想外に、綾瀬はウーンとうなった。その反応に、俺の方がびっくりしてしまう。


「えっ、なんだよ。その反応」

「いや。俺には、逆に見えるから」

「うそだろ? どこが」


 そう、つい強い口調で尋ねてから、冗談混じりに「夜崎のっていうことなら、少しはわかるけどさ」と付け加えてみる。そんな、場の空気を和らげるための軽口が、効いたのか効いていないのか、綾瀬は「そうなのか」と挟んで、


「如月も夜崎も、高橋といると楽しそうだ。特に夜崎なんて、高橋も如月もいないと、ほとんど喋らないだろ」

「え? それ、本当に?」


 俺が素っ頓狂な声を上げると、「ああ、そうか。知らないよな」と、綾瀬は一人納得したように呟いてから、「本当だよ」と頷いた。

「むしろ、高橋といるとあんなに喋るから、驚いたんだ。みんなそうじゃないか」

「そ、そうなのか」

 そういうふうに見られていたとは知らなかった。俺も初めて会ったときは大人しいやつだと思ったが、あれは初対面だったし、すぐに打ち解けたので気にならなかった。

雁室かりむろの人魂も、懐いているようだし」

「ああ、ジャミー……」

 微妙な気持ちになる。ジャミー自体はかわいいと思うが、あれが雁室の“本音”だと、城銀しろがねから聞いてからはなんとも……いや、ジャミー自体に懐かれるのは別段、悪い気はしないんだ。ただ、あれが雁室の本音だと思うと、っていう……。

 俺が言い淀む傍らで、綾瀬は、


はたから見ていて、好かれているなと思うよ。他の生徒は、なかなかこうはいかない」

「そうかな……珍しがられてるのと、いびられてるのと、半々じゃないか?」

「だとしたら、くじけないのは優秀だな」


 うわ、普通に褒められた。


 ド直球すぎて一瞬警戒心が沸くが、内心喜んでる自分がいる。やべぇ、嬉しい。

 こんなモブがあの学校にいると、とにかく無能さばかりが目立つので、仮に褒められるとしても、「お前よくこんな学校いられるな」とか、「よく頑張れるわねえ」みたいな皮肉めいた褒め言葉ばかりで、聞くたびに精神が腐りそうになる。そして心の中でひとしきり「うるせーよ」と吐いた後、「まぁわざわざこんな学校選んで入ったの自分なんですけどね」と、盛大な自業自得をくらって自滅するのだ。


 なので、こうして褒められるのは、けっこう感激もので。


「う……」

「どうした? 高橋?」

「いや、ちょっと感動してた」

「そうか。……苦労してるな」

「う」


 あれだな、綾瀬は常識人すぎて、リアルにちょっと涙が出そうなレベルだった。素朴な顔つきに古風な眼鏡のくせに、出席率が低いので、勝手に「見た目優等生だけど中身ヤベェ奴」みたいな評価をしていたが、間違っていたらしい。


 俺がしみじみ感動していると、「……あの学校は」と、綾瀬が切り出した。

「みんなできるだけ……互いに、興味を持たないようにしているふしがある。いや、それが当たり前だ。仮に仲良くしていたとしても、ふとしたきっかけで確執ができて、抗争が起きるようなことがあれば、誰も得をしない」

「……そうだろうな」

「だけど高橋は違うだろ。〈主人公〉たちと敵対関係にならない」

「それって、結局俺が弱いモブだからっていう……」

「ん、そうじゃないんだ。俺が言いたいのは――」


 そう言い掛けた瞬間、ガタガタ、と、地面が震えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る