03.
「は、はあ?」
急に変なことで感謝されたので、思わず変な声が口を突いて出る。するとミチルは、そのボーイッシュな顔立ちでくしゃっと笑って、
「ほら私、ワタルほど学校に行ってないからさ。つくしちゃんとシロくんと、キララちゃんくらいしか、私のことってわかってもらえなくて。そもそも私たちの能力を知らない人もいるし」
「そうなのか? 他の生徒に比べたら、来てる方だと思うけどな……」
「そう言ってくれるの、
ミチルはそう言って苦笑する。
あの二人も呼ぶか、と俺が言うと、いいよいいよ、とミチルは手を振った。キララちゃんと
「
一人と一匹に向かってそう言うと、バウワウ、と犬が元気に吠えて返す。志乃田は、ふぇ、とちょっとビビりながら、「高橋くん、気をつけてね」と手を振る。そのままくるりときびすを返し、海岸に沿って歩いていった。
その背中がだいぶ遠ざかってから、
「んあ?」
手にもっちゃりと貝殻を積んだ夜崎が、後ろの方で変な声を上げた。
「逆神と、志乃田と……誰だ? 学校の奴か?」
変な言い方をするので、「いや、逆神と志乃田だよ」と返すと、夜崎は眉をひそめる。
「いや、もう一人。右の。逆神っぽいけど、違うよな……あれ、んん?」
「は?」と俺は言い返す。
三人の並び順は、左から犬、志乃田、ミチルだ。
「あれっ、もしかしてミチルちゃん?」と
「ミチルチャン?」
「逆神のお姉さん。逆神は知ってるでしょ? この前クラスにいた……」
「覚えてる覚えてる。ああ、なるほど、中身が移動してるんだ。へえ、すごいな」
「わかるのか」
俺が尋ねると、「だって」と夜崎は子供みたいに言う。
「歩き方とか見た目とか、似てるけど全然違うから。……ん? 似てるけど?」
自分で吐いた言葉に首を傾げているのはご愛敬だが、ともかく、夜崎はワタルとミチルの違いを見抜いているようだった。恐れ入る。
「えー。ミチルちゃんいるんだったら、挨拶したかったなぁ」
如月が残念そうに言う。
「お前ならいつでもできるんじゃないか?」
「んー、頼めばできるだろうけど……ミチルちゃんって、ちょっと他の人と壁作っちゃうところあるからさ。あんまりガンガン行くのも申し訳なくて」
そうなのか。
内心でそう呟く。言葉にならなかったのは、気さくに話していたミチルが、そんな内気な性格とは思えなかったからだ。
まあ、私なんてほぼ一般人だけどさ、と苦笑いする彼女の顔が、浮かんで消えた。
例の戦闘が始まるまで、特にやることもなかったので、なぜか三人で砂いじりをしていた。夜崎少年は砂を山にするだけで楽しい年頃らしい。湿った土をぺったぺったと積み上げて、「この辺が学校な~」と、中腹を切り拓く。なるほど。
如月も「じゃあこっちが多目的グラウンドで~、そっちが校舎で~」と、夜崎の天地創造に参加している。子供に付き合ってたお姉さんが、いつの間にかノリノリで一緒に遊んでいるパターンだ。如月もちょっと子供っぽいときがある。
夜崎の刀は、回り回って俺の手の中にあった。如月も一緒になって遊び始めてしまったから、持とうか、と俺から声をかけた。持って~、と如月は軽く言った。
ざざーん、と、波の寄せる音が心地よい。日が少し強いが、それくらいか。普段夜行性の夜崎は、明るいところで見るとちょっと心配になるくらい色白で、その分、凹凸に波打っている顔の傷がくっきりと浮かび上がって見えた。
「高橋、それほしい」
「え? どれ?」
不意に夜崎が俺の足下あたりを指さした。「それ、それ」と夜崎が促す先には、紫色の、花びらみたいな貝殻が落ちている。親指の爪くらいのサイズだ。
「ほら」
「へへっ、ありがと。これが、校門」
手渡した貝殻は、そのまま砂の山にぶっ刺さった――かと思いきや。
地響きが鳴った。地面が揺れる。震度にするなら「3」くらい。狙いを違えた貝殻は山の上にパタンと倒れ、俺たちはそれに構わず顔を上げる。自然と視線は、みんな海の方を向いていた。特に変化は無い……と、思っていたら。
ぬぬっ、と遠く海の中から、モグラの頭のように何かが出てくるのが見えた。俺たちは揺れる足場の中で立ち上がり、俺は夜崎に刀を差し出す。夜崎は無言でそれを受け取る。
水面から現れたのは、遠くて細部はよく見えないが、どうやら深緑色の、遠近法がおかしく見えるほど巨大な泥の怪人のようだった。巨人の形をして、ジャック・オ・ランタンみたいな怖い顔がついていて、ズシンズシンと陸へ歩いている。
「
「ちがくね? ワルモノっぽい」
夜崎が言う。如月も口元に手を当てて思案していた。
あれが赤坂のロボでないとして、じゃあ赤坂はどこにいるんだという話になる。あいつが動かない限り俺たちは対応できないし、夜崎と如月が相手をすべき敵でもない。あと近距離系の二人が行くには、ちょっと遠い。
ともかく、ことの成り行きをボーッと見ていると、泥怪人の背後から、小さな乗り物がパシュンパシュンと飛び出して来るではないか。「おーっ!」と夜崎。
赤、青、緑、ピンク、黄色……色鉛筆みたいな五色のマシンがそれぞれ戦闘機っぽく飛んだり、水上を走ったり、バイクみたいな形状をしたり。泥怪人の前に立ち塞がり、行く手を阻む。泥怪人はそれを見て立ち止まる――
「なぁ行きてぇ! ロボ見てぇ!!」
「あーこらっ、やめなさい夜崎! あんまり人の戦いに口挟まない!!」
「えーっ!? え~~~~っ!!」
「後で赤坂に見せてもらえばいいでしょ!」
ヤダヤダ、と暴れる夜崎の腕を如月が掴む。俺は夜崎のことは彼女に任せておいて、遠くでライトをチカチカさせる五つの乗り物と、巨大泥怪人の様子を見ていた。ここからだと会話はおろか、エンジン音が辛うじて聞こえるくらいだが……。
「あっ、動き出した」
「あーっ!?」
俺が小さく呟く後ろで、夜崎が子供みたいな声を上げる。
というのも、五つの乗り物は、「ガシャーン!」と意味不明の変形をした後、「ガシーン!」「ガッシーン!」と、どうなっているのかまるでわからない合体をしたわけで。
気がつくと、巨大な人型ロボットが、海上にできあがっているではないか。
「かっけぇ~~~~!!」
「へぇ……すごーい」
夜崎と如月の反応は、なんというか……男女の感性の差みたいなものを如実に表していると思う。夜崎のはいわゆる“男のロマン”と呼ぶべきもので、“女の勘”と同じくらい、その存在と定義が確立されていない概念である。ちなみに
ちなみに俺は、夜崎ほどじゃないが前者だ。うわ、かっこよ。
あれが〈ポセイドン〉とやらだろう。五色の巨大ロボは、泥怪人……〈ポリュージョン〉に、物理的に殴りかかる。こんな感じで、初めて生で見る、戦隊モノの戦いが幕を開けたのだった……が。
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