02.
海だ。
だだっ広い乾いた砂浜、その先は見渡す限りの海。久しぶりに来てみると、なるほど、なかなか壮大な景色で驚く。海ってこんなに広かったっけ。
まだ夏本番とは言い難い、初夏と呼ぶにも早すぎるくらいの季節だが、青空の下に広がる大洋は画になった。
「すげえ!」
海を見て眠気が吹き飛んだらしい
俺は海に走る二人の背中を見送りながら、「元気だなぁ」と一人呟く。子供のテンションについていけない父親って、こんななのかな~……と思っていた、そのとき。
「あれっ?
不意に声をかけられて、俺は「ん?」とそちらを振り返った。
見れば、面識のある二人――ショートカットのボーイッシュな少女と、その後ろに、目を合わせた瞬間「ひぅっ」と隠れてしまった、小動物のようなもう一人の少女。そしてワンワンと、どこか不器用な足取りで追いつく……俺はあまり犬に詳しくないんだが、これは、柴犬だろう。
服装こそ普段と違うが、間違いなく見知った二人で……が、しかし。
「えっと、
「ぴんぽーん。そうそう、よくわかったね。私、ミチル」
少女――逆神ミチルは、嬉しそうに手を叩く。
姿こそ、普段学校で見かける逆神ワタルと同一人物だが、見た目が一緒でも個性というのは如実に出てくるものらしい。立ち姿は淑やかで、髪のセットも普段より幾分も綺麗だ。その背後には、
「じゃあ、弟の方は……」
「うん。今はね、この子に取り憑いてるの」
と、ミチルが指さしたのは、足下にいた大きな柴犬だった。
「もともとつくしちゃんの友達なのよ。ね?」
「あぅ。う、うん……」と、ミチルの後ろに隠れる志乃田が頷く。
「でも、ワタルは四足歩行より鳥の方が得意だから、カモメかトンビか見つけたら、そっちに乗り移ろうかって話をしてて」
俺からすると、出席率が良いという意味でメジャーなキャラである逆神姉弟は、姉のミチルの体に、昔死んだ双子の弟・ワタルの魂が入っているという、あのおかしな学校の中でも、かなりトリッキーな設定の持ち主だ。
そして魂だけの存在であるワタルは、生き物であれば様々なものに取り憑くことができる。普段はミチルの体に取り憑いているので、学校で彼女の姿を見かけたら、まぁ大体ワタルだ。ある程度交友関係のバランスをとるために、時々ミチルも来る。
ミチルに会うのは久しぶりだった。ワタルに取り付かれている間は、ミチルとは直接意志疎通がとれない。とるほど親密ではない、ということも言えるが。
「二人とも、来たんだな。ああいや、三人か」
「えへへ、お気遣いどうも」ミチルがちょっと照れた様子で、ひらひらと手を振る。「
「そんなこと言ったら俺もだよ」
二人であははと笑い合う。すると志乃田が、ミチルの背中から顔を出して、
「高橋くん……ミチルちゃんといっぱい喋ってていいなぁ……」
「え、ええっ? いや、大した話はなんもしてないだろ」
「うう……でもわたし、喋るの上手じゃないから……――あっ!? だめだめ!」
突然、志乃田がわっと騒ぎ始める。その足下にいるワタルこと柴犬も、へたっぴに吠えながら大騒ぎだ。一人と一匹は俺の周りで視線をうろうろさせて、
「きょ、キョジンさんだめだよ! 縛っちゃだめだめ! マッチくん、燃やさないで!」
「あれっ? なんか俺ピンチになってる!?」
「マルくんもトゲちゃんもぱくぱくんも~! ダメったら~~~~!!」
志乃田が俺の周りでちょろちょろと、ハエを払うようなモーションをしている。見えないところで命の危機だった。そして見えないので対処しようがない。ミチルも「あはは」と苦笑いしながら、
「私も精霊、見えないんだよね~……でも」
そう自嘲してから、ミチルは「つくしちゃん、つくしちゃん」と志乃田を呼ぶ。そして、「へっ?」と振り返った志乃田に「ぎゅーっ!」と抱きついて、
「もお~、つくしちゃん心配しないで~。私、つくしちゃんと喋ってても~、とっても楽しいもん! えへへ~、いいコいいコ」
「ひゃうっ。ミチルちゃんくすぐったい~! えへへ~」
「…………」
なんか足下にいる柴犬が、今にも鼻血を吹きそうな顔をしていた。いや、鼻血吹きそうな柴犬ってどんなだよと思うが、多分“中の人”は実際そうなはずだ。……俺はいったいどうなんだというと、まぁ、女子が仲良くしている様子を見て、嫌な気分になることはあるまい、とだけ言っておこう。その片方に、普段は男子が入ってるんだよな~……という先入観を除けば。
ひとしきりいちゃついてから、「あっ、ごめんごめん」とミチルが顔を上げる。
「それにしても、高橋くんも来たんだね? 夜崎くんと、キララちゃんと?」
「ああ、うん……」海の方を見ると、なぜか夜崎は波打ち際に腰を下ろし、寄せては返す波に手を浸していて、如月は夜崎の刀を持ってそれを見下ろしている。あれだ、砂いじりする息子と、その荷物を持ってる母親みたいな構図だ。
「そう、あの二人と」
「仲いいね~。あの二人がいれば百人力かな?」
「そうだな。つっても、赤坂の口振りを聞く限り、だいぶ巨大な敵みたいだから……」
「そうなんだよね~。私たちも、もしかすると自分たちの身を守るので精一杯なんじゃないかって話をしてて。本当は、
「あいつの飛行、無制限だからな……」
攻撃力や能力のバリエーションなら夜崎の方が上だろうが、周防は機動力と長距離攻撃に優れている。夜崎はチームを組む前提で能力を身につけているので、単体で広範囲の防衛を行うなら、周防の方が向いているだろう。
「意外と興味あんじゃねー、ってワタルは言ってたから、来るかもだけどね。あと、
「いや、あいつは……」
俺もそこはわからない。そして、気になっているところでもある。昨日は結局、早退したのか、午後の授業には出なかった。放送室で起きたプチ騒動は、おそらく赤坂と俺しか現場にいなくて、赤坂か教師陣が言いふらしていない限り、他の生徒は知らないはずだ。
俺も、無断で口外するのは良くないかと、今、海で遊んでいる二人にも黙っている。特に、言う理由も思いつかないし。
「俺もわからないな」と言うと、「そっか」とミチルは頷いた。
横では、志乃田が柴犬ワタルと遊んでいる。
「まあ、来た人たちはそれぞれ、できることをやるしかないよね。高橋くんたちがこっちにいるなら、私たちは反対側に行こうかな」
「ああ。大丈夫か?」
「んー、今日はシロくんがいないし……」
ミチルは顎に指を当てる。シロくんとは、クラスメイトの忍者だか工作員だかの、
「戦力的には不安なところだけど……大丈夫だと思うよ。最悪、つくしちゃんのことだけなら、精霊たちがどうにかしてくれるだろうしね」
「はは……過剰防衛だけどな」
「あはは、つくしちゃんはそれくらいがちょうど良いよ」
「ふぇっ? ミチルちゃん、何か言った?」
ワタルとたわむれていた志乃田が振り返る。ミチルは自然に「なんでもないよ~」と返すと、志乃田も特に疑いもせず、「そっかぁ~」とふんわり笑った。
「何かあったら連絡していい? 高橋くんって、ワタルの連絡先持ってる?」
「ああ。アプリの、本名で登録してあるから」
「わかった。っていうかありがとね、私のこと覚えてくれてて」
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