05.
『あ、あー……えー。こうでいいのか? えー……私立主人公学園の諸君!』
だいぶどもりながらも、はっきりと声が響いた。聞き覚えのある、よく通る声。
『俺は、二年一組の
「え」
俺が間抜けな声を上げる。
その後の放送内容は聞き覚えのあるものだった。海に現れる巨大な敵と、それを迎え撃つ自分たちの作戦。そして想定される民間人への被害と、それを防ぐための協力の要請。
その熱すぎる弁論に、「ハハ」と苦笑いがこぼれる。
「よくやるよなー、あいつ……でもちょっとやりすぎだろ」
「…………」
すると、綾瀬がスッと、俺を置いて歩き出した。
「あっ、ちょ、綾瀬?」
「…………」
無言でカツカツと廊下を歩き、教室のある階とは逆に階段を降りていく。赤坂の演説が各スピーカーから響き、ちらほらと見える生徒は、なんだなんだ、と顔を上げていた。そんな中、綾瀬は「待てよ!」と呼びかけても無言で、人を寄せ付けまいとする、怒りにも似たオーラを放ちながら、階段をトントントンと下っていく。
「……あ?」
事務室や視聴覚室などがある、一階まで降りてきたところで、俺はようやく綾瀬が目的とする場所を理解した。
放送室の前に、教師たちがたむろしている。
「おい赤坂! あーかーさーか、やーめーろっ!!」
鮫島先生がゴンゴンゴン、とドアを叩いて呼びかけるが、放送は止まらない。「入れないんですか?」と俺が、外側の方にいた南先生に声をかけると、「あ、
「そうなのよ。合い鍵はあるんだけど、内側から何か固定してあるみたいで」
「ああ、高橋。こういうのに対処できる能力者いないか?」
「こういうのに対処できる……」
鮫島先生の質問に考え込む。壊していいというのなら、単純に戦闘系に頼めばいいだろうが……そういうことができる生徒は、教師たちでもいくらでも思いつくだろうから、多分それを望んでいないのだろう。内側を破れる……それだったら、超能力系統の生徒の方が向いているだろうが――
「どいてください」
綾瀬が大人の群をかき分ける。その雰囲気に思わず鮫島先生も後ずさりし、扉の前に綾瀬が立った。そしてひとつ呼吸をして、扉に――扉の“端”に、手を当てた。
ノブでもなく、中央でもなく、“端”。
つまり扉と壁面の境界線。紙一枚が入るか入らないかの隙間に手のひらを当てた。そして、手にくっと力を込めると――
バリバリッ! ガタンガタンガタン!
何かが破かれる音と、大きな障害物を倒していく音。スピーカーからもその音は聞こえて、『うわっ!?』と叫び声があがったと同時に、放送はぷつんと切れた。
その間、綾瀬は身動き一つとっていない。ただ手のひらに力を込め、扉と向き合っていただけだ。むっとした腐敗臭が、わずかに俺の鼻を突いた――気がした。
「…………」
綾瀬は当てていた手を離すと、無言で扉を開けた。その動作は落ち着いて、ゆったりとしていたけれど、静かに焦っているようにも思えた。
扉が開いた。
おおっ、と教師たちから感嘆の声があがる。放送室には、扉を止めていたのであろうガムテープの残骸と、バリケード代わりに積み上げられていたらしい机やイスが散乱している。視界の端では何かが“カサカサ”と、この部屋に元々生息していたのか、ゴキブリか、小さなネズミらしき影が動いて……
その奥には、赤坂が。
赤坂が、ぎょっと目を見開いて、こちらを見ていた。
「……今のは、綾瀬がやったのか?」
いつもの溌剌としたイメージからはほど遠く、熱血の欠片もない、どこか怯えた声。
しかしそれを意に介すことなく、綾瀬は、
「赤坂、もうやめろ」
「答えろよ! 今部屋に入ってきたのは……いったい……!」
「こんなことはもうやめろ、赤坂」
噛み合わない会話に、綾瀬が畳みかける。
「お前は他人のピンチを面白がってるだけだ。一般市民を守るべき対象と主張しながら、自分がヒーローになることしか考えていない」
「な……」
「こんなのバカなパフォーマンスだ。この学校に、一ヶ月もいればわかるだろ。生徒の思想は十人十色、ヒーローとヒールが、それぞれの思惑を持って入り乱れている。そんな場所で敵の情報を公に流して、それを利用しようとする奴らがいると思わないのか。そのせいで、来るはずの無かった敵が現れるかもしれないと。お前の〈物語〉に他人が介入することで、お前の戦場がより混沌としていくことが、わかっていないのか」
「それは……!」
「わかってないだろうな。お前は自分のヒーロー像を、他の生徒に押し付けようとしているだけだ。市民たちの危機を出汁に、他の生徒に努力を見せつけて、自己満足を得て、自分の正しさに酔ってるんだろ。違うか?」
赤坂が、言葉に詰まる。
その淡々とした言葉責めに、周囲の教師も黙っていた。南先生は困ったように眉尻を下げ、鮫島先生は少し呆れた様子だが、何も言わず、綾瀬が話し終わるのを待っている。
「お前は結局――ヒーローとして、祭り上げられたいだけだろ」
綾瀬が言った瞬間――赤坂の顔色が、変わった。
「違う!!」
赤坂はズンズンと大股で歩み寄ると、鼻息荒く綾瀬の胸ぐらをガッと掴む。綾瀬はそれに抵抗することなく、ただただ無表情で、赤坂に視線を返した。
今にも殴らんばかりの表情で綾瀬を睨む赤坂に、「おっ、おい、赤坂!」と俺はとがめるが、赤坂の眼中には無かった。赤坂はただただ綾瀬のことだけを睨んでいた。
「わかったような口を利くな!! 俺は……俺はヒーローとして、この世界を守る責務がある! そのためにはどんな手段も選ばない! 他の生徒に力を借りることだって!」
「それは自分に自信が無い証拠か? 守るための力を与えられているはずなのに?」
「違う! 仲間たちの力は信じているが、何かあったときのため! 絶対に市民に被害を出さないためにも、何重でも保険はかけておくべきだ!!」
「彼らだって、自分の身くらい自分で守るさ。お前は市民を守っているんじゃない。自分の保護下に置いて、ペットのように飼い慣らしているだけだ。怪人たちと何が違う?」
「…………っ!!」
赤坂の言葉が、完全に詰まった。
そして――どんなときよりも大きな、鬼気迫る怒鳴り声で、
「偉そうなことを言うな!! お前こそ――化け物じゃないか!!」
「…………!」
その怒号は、俺の心臓まで握りつぶしてくるほどの、怒りと軽蔑を伴っていて。
綾瀬はやはり無表情だった。ただ、ほんの一瞬……目を、逸らした。
「はいはい、おしまいだ!」
パンパン、と手を打ったのは鮫島先生だった。放送室の中に乗り込み、綾瀬と赤坂を引き離す。他の教師もそれに続いて放送室に入り、怒りで顔を真っ赤にする赤坂を、「ほら、こっちに来い」と連れて行く。残った教師は、ああ、散らかしやがってと、ごちゃごちゃになった放送室に呆れながら。
「綾瀬――」
俺が声をかけようとすると、綾瀬は、音もなく歩き出した。
放送室を出て、昇降口の方へ。
「綾瀬」
「悪い」
綾瀬が小さな言葉で返す。
「メシには行かない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます