04.
カリキュラム通りの授業が終わった。
「不満そうな顔、してたな」
他の生徒がとっとと出て行く中、もたもたと退出の準備をする俺に、背後から声がかかった。特徴的な低音ボイス。低く、責めるでもなく、しかし威圧感のある、厳かな声。
「さっき赤坂に、言われたときにだ」
振り返った俺に、
微笑の“微”という漢字が的確な、わずかな笑み。大人びている以上に、まるで、滅多に笑顔を見せない頑固ジジイのような、老成された雰囲気を纏っている。
赤坂のことを出来の悪い孫に見立てて、それを可愛がる寡黙な祖父のような微笑み。
こいつはいつも無口な男だ。笑ってるところなんて見たことがない。見た目はそこそこ優等生のくせに、出席率はそれに伴っていなくて、今日のように二日連続で登校しているのは珍しい。俺もほとんど喋ったことはなくて、ただの無骨な男子だと、思っていたが。
俺も「そうだな」と小さく微笑む。多分、綾瀬ほど上手くはないけれど。
「ちょっとこう……カチンときた。時間差で」
俺の説明を聞いて、綾瀬は微笑んでいる。盆栽を愛でる老人のような、複雑な笑み。
「教室までいいか。一緒に戻っても」
「ああ、うん」
意外と普通に誘ってくるんだな、と思った。もっと、人とはつるまない奴かと。
その気持ちを綾瀬にそのまま伝えると、特に否定するでもなく、「そうかもしれない」と真顔で静かに頷いた。
「理由もなくつるむのは、苦手で」
「へえ……え、じゃあ俺はどうして?」
「……いきなりこういうことを聞くのは、不躾だと思うんだが」
神妙な綾瀬の表情に、ドクン、と心臓が鳴った。
何かを予感していた。
「
冴木さん。
「……ああ。けど、なんで」
「一時期、研究棟の生徒資料を漁っていたことがあって。そのときに見つけたんだ。
いや、俺も驚いた。
多くの〈主人公〉は、他の〈主人公〉や世界観にあまり興味を示さない。弱者かつ暇人の俺、知識オタクの
ましてや、過去の生徒のことなど。
「資料って言ったって、けっこうな量だろ。なんでその中から、
同じことをした経緯があるから知っているが、それなりの年数続いていて、毎年それなりの数の生徒が出入りしている、この学校の記録は決して少なくない。一人一人のデータ量も多いし、一朝一夕で消化できる量ではない。
すると綾瀬は、その無表情がちな顔の頬を、ぽりぽりと指先で掻いてから、
「俺と似てる能力の人を探しててさ」
「似てる能力、って」
俺は自分の記憶をなぞる。帷さんの能力って……
「もしかして、綾瀬も同じ〈物語〉の……」
「ああ、いや。そういうわけじゃないんだ」と綾瀬は首を横に振った。「そっか、そうだよな」と俺も頷く。帷さんがいた〈物語〉は割と組織の力が強いので、同じ〈物語〉の所属だとしたら、わざわざ学園のデータベースを経由する必要など無いだろう。
とはいえ、となると。
「綾瀬のが、帷さんのに似てるのか?」
「すまん。似てる、っていうのは語弊があったかもしれない。俺も一応、変身型の戦闘系なんだけど、戦い方も全然違う。でも、その……ビジュアルの受ける評価が、な」
「あー……えーと、つまり……うん、なんかわかったよ」
なんとなーく見当はついた。まぁ、帷さんの能力、確かに一般人から見ると、ちょっとアレだからなぁ……俺がぼやっと答えると、綾瀬は頷く。
「まぁ、そういうことだと思ってほしい。……それで、過去の生徒はどんな風に活躍していて、周りからどんな風に思われていたんだろうと、いろいろ漁っていたら、高橋のお兄さんに行き着いて……驚いた。こんな人がいるのかと思った」
「そうだろうな」
“あの見た目”でヒーローの意識が高かったし、明るくて、優しくて、誰にでも愛情を分け与えるような人だった。……たまに帰省しては、数日の休日のうちで、必ず一回はギャアギャア泣く人でもあったけど。
自分の能力が、彼のコンプレックスだった。
「……生きてるうちに、会ってほしかったな。すごい人だったから」
俺が言うと、綾瀬は少し驚いた……ように見えた。何せ表情をほとんど変えない奴だから、俺の気のせいかもしれないんだけど。そして数秒沈黙してから、静かな声で、
「俺も、会ってみたかった」
「…………」
その一言で、十分だった。こういうときに、この学校に入って良かったと、心から思う。普通の学校じゃこんな話できない。一人っ子だった俺に、急に兄貴ができたなんて話もそうだし、ましてや、その兄が、怪物と戦うヒーローだなんて。
――絶対に言うなよ、マコ。お前が仲間外れになるなんて、俺は嫌なんだ。
強くて、優しくて、身勝手な兄だった。他人の不幸を推し量るのが下手だった。誰に対しても過保護で、自分は化け物だと信じて疑わない人だった。
「……なあ。そういえば、綾瀬」
妙に重くなってしまった空気を変える意味でも、顔を上げて綾瀬に話しかける。すると綾瀬もそれを察してか、普通の調子で「なんだ?」と応えてくれた。
「俺、お前の能力は知らないんだ。というか、戦闘系ってちょっと意外だったかも」
「まぁ、こんな見た目だからな。無理もない」
「よかったらメシ、一緒に行かないか。いつも食堂に行ってるんだけど――」
そう誘おうとした瞬間、ザザッ、と、廊下のスピーカーがノイズを吐いた。この学校に普通の高校で聞くような、昼の放送は無い。放送があるとすれば、敵出現などの警報が出たときか、全校集会があるときくらいなもので、つまりスピーカーが鳴るということは、それだけで非常事態だということになる。
俺たちはほとんど同時に顔を上げた。
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