02.


 赤坂あかさかは、〈シーファイブ〉という戦隊に所属するヒーローだ。


 わかりやすく言えば戦隊モノのリーダー、レッドである。海がモチーフの戦隊なのに、やっぱりレッドがリーダーなんだな、というツッコミは入れたくて入れたくて、しかし入れたらマジギレされそうなので入れたことがない。実際そのあたりはどうなんだろう。

 赤坂が能力持ちになったのは、昨年度の終わりのことだという。巨大な悪の組織が出現したとかなんとかで、そちらとの対峙や人助けに時間を割きたいからと、この学園に入学した「転入生」だ。天然だが真面目くんなので、他の生徒に比べれば出席率は良く、自習などもして一般高校時代から成績を落とさない、優秀な生徒だ(まあ偏差値はそこそこらしいが)。困っている人がいれば手を差し伸べ、そのせいで遅刻することもあるのだが、ヒーロー的な意識はずば抜けて高い。

 が、〈主人公〉たちの中には、それを「しゃらくさい」と思う奴も多いようで。


「二人はどうするんだ? 手伝うのか?」


 放課後の食堂で。昼休みを赤坂の演説でまるまる費やされてしまったため、夜崎よざき如月きさらぎとともに、放課後に遅い昼食を食しに来ていた。

「俺は行くつもり~。巨大ロボ見たいし」

「そういう理由かよ……」

「あっ、けど、どこって言ってた? 浜? 高橋たかはし、行き方わかる?」

 初歩的なところでつまづく夜崎に、「バスで一本だよ」と俺は答える。そして、隣で夜崎よりも難しい顔をするもう一人に話を振った。


「如月はどうするんだ?」

「私は……まあ、一般人に被害が出るなら、助けに行きたいけど……」

 ここで大食いしたら夕飯が入らなくなるから、という理由で選んだ、小ぶりなパンケーキをざくざくと切り分けながら、如月は言いよどむ。

小桜こざくらさんの言うことも、もっともなのよね~……」

「他の〈主人公〉に頼るな、っていう?」

「そう。原則、自分の世界観の敵は自分で片付けるべき。近隣住民への被害も含めて」

「そりゃそーだよね」

 天ぷらうどんをかき込みながら夜崎が言う。天ぷらをかじると、まだつゆの染みていない衣がサクッと良い音を立てた。

「自分の獲物は自分でしとめろって、うちでもよく言われるよ。じゃなきゃ成長しないってさ。そんでしとめられるようになったら、そいつは次の世代に回せって」

「ん~……ま、そういうことよね。成長しない」

 如月もそこそこに同意しつつ、大きめに切ったパンケーキを頬ばる。

「まぁ、行くだけ行こうかなぁ……んん~、でもな~っ」

「でも?」

 俺も、自分の生姜焼き定食を咀嚼しながら尋ねた。

「赤坂って、ちょーっと大げさなところあるんだよね。盲目というか、ううん、だいぶ」

「だいぶ……大げさってことか?」

「というか、あの…………………………昔の私に、ちょっと似てるわ」


「ありゃま」

 オプションのおにぎりをかじっていた夜崎が、オバチャンみたいな声を上げる。以前ポコがちょっと言ってたことと照らし合わせるなら――

「あれか……よく突っ走って、ピンチになったり転んでたりしたってやつか……」

「な、なんでそんなに覚えてんの! でもそーよ。そういうことよ!」

 キレ気味に如月が返す。


 なんとなくだが、わかった気がする。

 如月と赤坂はどちらも市民の支持を得やすい戦隊モノで、でも決定的に違うところがある。それは説明しろと言われても、なかなか言葉にできることでもなく、一日二日じゃ見分けがつかないが、三日経てば大概誰でもわかることで――だから、クラスメイトたちも多分、如月と赤坂をどこか“似たようなモノ”と括りながらも、“全く違う思想”として捉えている。

 赤坂が話すときと、如月が話すときでは、聞く姿勢が違うのだ。

 懇願したのが如月なら、あの教室にはもっと生徒が残っただろう。


「でも、赤坂だって高校生なんだし、中学生だった如月とは話が違うんじゃ……ああ、いや。言いたいことは、なんとなくわかるんだよ」

「そう、だよねぇ」

 俺たちは言いよどむ。夜崎は横でズズズと汁をすする。


 赤坂は正しいのだ。巨大な敵が来る。町が危ない。だから手伝ってくれ。その言葉は正しい。助けに行かなければならない人がいる。ならば手伝おうじゃないか。間違ったことじゃない。

 しかし、何か、腑に落ちない。

 腑に落ちないが、上手く説明できない。


 もやもやと胸に何かがつかえるのを感じながら、俺たちは手を合わせて食事を終えた。





 飯を食い終わって食堂を出る。食堂と寮は繋がっているので、如月はそのまま自分の部屋に帰った。あとは俺と夜崎が同じ方向に帰る定番ルートだ。

 が、食堂を出たところで。


「……あれ? 周防すおう?」


 条件反射で名前を呼ぶと、ぼーっと下の方を見て、校舎側から歩いていた周防は、「ああん?」と不機嫌に顔を上げた。背が高いので迫力がある。

「チッ。んだよ、モブかよ。今日も護衛を連れておかえりたぁ、いいご身分ですね」

「えっ、おっ、護衛?」周防の嫌味に、隣にいた夜崎が変な食いつき方をする。「高橋、護衛連れてんの? いつの間に?」

「……こいつボケてんの?」

「あ、いや。いい奴なんだ」

 俺に普通に話を振ってしまうくらいには、周防は夜崎の天然っぷりに困惑しているようだった。こいつが戸惑うのは珍しい。

 周防は予てより俺のことを「気に入らない」と明言していて……ハッキリ覚えているんだが、この学校に入ってから俺のことを、初めて「モブ」と呼んだのはこいつだった。

 すると、夜崎が質問を投げかける。


「周防は赤坂のこと、手伝うん? 昼に迷ってたろ?」

「ん……」


 夜崎の言葉に、周防は閉口する。図星なのだろう。それは意外な質問で、そして俺は密かに――こいつも同じことを感じていたんだな、と思った。

 周防は赤坂の話に耳を傾け、伺っていた。様子を。そして情報伝達の順序の間違いを指摘し、赤坂はそれに答えた。事務室にはもう行った、と。だがそれはおよそ言葉のキャッチボールと言えたものではなく、周防が親切な軌道に投げた高速ストレートを、赤坂は意図を読もうともせずに冷やした金属バットで打ち返し、場外遙か彼方まで飛んでいくボールを見て、周防はそれを取りに行くことを諦めたのだ。

 周防は夜崎の質問に溜息をついて、数秒、悩んでから。

「……おめー、ボケるのかツッコむのか、どっちかにしろよ」

 そんなワンクッションを置いて、俺を睨みつつ、夜崎に答えた。


「いいか。俺は、力もねーのに土俵に上がってくる身の程知らずが気に入らねえ」

「お……おう」

 あんまり真っ直ぐ言って来るもんだから、圧はあるが、嫌味じゃない。……いや、傷つかないと言えば嘘になるのだが、こいつの身勝手な私怨ではないと知っている。


「だけどそれをヨシヨシ撫で回して、悦に浸ってる馬鹿はもっと嫌いだ」

「……赤坂がそうだっていうのか」

「おめーが一番わかってんじゃねえのか、モブ」

「…………」


「そっか、じゃあまだ迷ってるんだな」

 俺がもやもや考える横で、夜崎はさらっと答えを出す。

 周防は不満げだったが、「勝手にそう思っておけ」と、否定はしなかった。夜崎もその答えに特に疑問を抱くでもなく、不満を抱くでもなく、「わかった」と答える。そして空の色を見て、「そろそろ帰ろう、討伐の時間が来ちゃう」と俺にのんびり話す。

 それを訝しげに見ていた周防は、ふと口を開いた。

「……夜崎、おめーよ」

「え? なに?」

「そいつといて、なんのメリットがあんの?」


 ざわ、と、胸がざわめく。

 そいつ。周防は俺のことを不躾に指さした。

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