第六話 本物のヒーローを教えてみろよ!(学校編)
01.
マコへ
元気にしてますか? 手紙を送るのは久しぶり!
しばらく忙しくて、書けなかったんだ! 寂しかっただろ、ごめんな~!!
メシちゃんと食ってる? 周りの人と仲良くしてますか?
やりたいことはやれてる?
きいてください!! にーちゃんこのまえ先生に怒られちゃったんだよ!! 仕方ない! 自分かってなことしちゃったから! でも、その時はそうするしかなかったっていうか!! あ~~~~家に帰ってマコに抱きしめられて~よ~~~~……
……………………
マコ、俺な。
にーちゃんは、な、
ヒーローになりたい。
急に変なこと書いてごめん。
なんかいろいろ考えちゃったんだ。ヒーローってなんだろ? 周りの人に褒められたらヒーローなのかな? でも、本当に人を思いやった人だって、褒めてもらえないこともある。そう考えると、ヒーローってなんだろうとか、ヒーローになりたいとか言い出した時点で、俺ってもうヒーローにはなれないのかなとか。それってけっきょく自分のことしか考えてないんじゃないかなって。仲間に、年下なんだけどぜんぜん迷いとかないやついて、そいつがまっすぐ進んでる姿を見ると、こういうのがヒーローなのかなとかも思う。
まー俺がドジなのは今に始まった話じゃないんですが!! 怒られて当然!!
マコに手紙を出せるのがにーちゃんの心の支えです。それじゃまた!
「ユウヤさーん?」
朝。海沿いの町で。
ランドセルを背負った少女が、ガンガンガン、と、玄関の戸を小さな拳で叩く。
住宅街からやや外れた場所にぽつんと建つ、錆びた小屋。もともと物置兼詰所として漁業関係者に使われていた建物で、持ち主であった近隣の漁師一家が引っ越してからほったらかしにされていたが、今は新しく住人が入り、それに伴ってリフォームもされた“生きた家”であることを、少女は知っている。
とはいえ、リフォームとは内装の整備ばかりで、外観は古びた小屋のまま変わっていない、ちぐはぐな家。
しばらく待ったが返事はなく、「寝てるのかなぁ」と少女は首を傾げる。すぐそばの海のにおいを鼻に感じながら、動かぬ戸を見つめていた。
「あっ、キィちゃんじゃない」
少女にかかったのは、しゃがれた女性の声だった。少女はひょっと振り返ると、見慣れた老婆が小さな鞄を片手に立っていた。
「あ、
「ええ、市場の方まで。キィちゃんはどうしたの?」
聞くと、「ユウヤさんまだ寝てるのかな?」と少女は老婆に意見を求める。答えを知っていた老婆は「あの子ならねぇ」と口を開いた。
「今日は出かけるそうだよ。昨日、町でそう聞いたわ」
「ええ~? ユウヤさん朝弱いくせに、取材? がある日は、いっつも朝早いよね~。なんだろ、これがオトナってやつ? うちのお父さんも、平日はキビキビ出て行くくせに、休みの日はだらしなく寝ちゃってさっ」
少女は細い手足を組んだり、ぶらぶらさせたりしながら、落ち着き無くぷりぷりと怒る。老婆はそんな彼女にも慣れた様子で、「キィちゃんたら」と、どこか嬉しそうに口元に手を当てて、微笑んだ。
「
「違うよー。だってあの人、ほっといたらヒキコモリになりそうなんだもん。同年代のトモダチもいないみたいだしさー、だから、わたしがかまってあげてんの」
「そうねぇ。悠也くんも、きっと嬉しいと思うわ」
老婆は否定するでもなく微笑む。少女は大きなため息をこぼした。
「そしたら今度にしーよぉ。あーあ、せっかく上手く、ジャムできたのにな」
「あら、お届け物?」
「そお。昨日お母さんの手伝いでジャム作ってたら、いっぱいできたから。あ、そうだ。ばあちゃんいる? 美味しいよ」
「嬉しいけど」と、老婆は言う。「悠也くんに、とっといてあげなさいな。私はまたね、お店に、買いに行くから」
少女はきょとんと、目をくりくりさせる。
「そっかあ、残念。じゃ、ユウヤさんに取っといてやろ」
「うん、うん。そうするといいわ」
老婆がおっとり微笑むのを見ると、なんだか良いことをした気分になる。ふふっ、と少女もつられるように笑って……「でも~」と、古びた小屋の扉をコンコン、と叩いた。
「取材って、どこ行ったんだろう? あれかな? 工場が薬品流しちゃった事件かな。ばあちゃん見た? 今朝、大騒ぎだったよね」
「見たわぁ。怖いわねえ」老婆はゆったりとした語調で、少女の最後の問いかけを拾い上げると、繋げて前半の問いにも答えた。「どうかしらねぇ。“ふりーらいたー”ってのは、記者とは違うんでしょう? ああでも、ここから近いしねぇ」
「ねー。魚が獲れなくなったらどうすんだって、じいちゃんたちがちょーキレてたよ」
「そうねぇ、困るわねぇ……それよりキィちゃん、学校は大丈夫かい? ここからだと、かかるだろ」
「あっ、いっけない」
少女はぴょんと、はねそうな勢いで顔を上げる。
「もう行かなきゃ。あーあ、学校でジャム見つかったら、没収されちゃうな」
「気をつけなさいね。ここらへん最近、“怪人”が出るから」
老婆の口から、突拍子のない単語が出てくる。しかし少女は、それに特に引っかかるでもなく、「うーうん」と首を横に振った。
「大丈夫だよ。そんなときはさ、〈シーファイブ〉が来てくれるから」
「そうねぇ。ありがたいわねぇ、ああいう人がいてくれて」
「えへへ。〈シーファイブ〉が来てくれるなら、怪人が来るのもラッキーかも――なんちゃって」少女はおどけてみせる。「わたし、本当に行かなくちゃ! じゃね、ばあちゃん」
「ええ、いってらっしゃい」
手をひらひらと振る老婆に、少女も笑顔で返す。しかしふと、笑顔を消して、古びた家屋の方を見上げると――
「ユウヤさんの、バーカ!」
少女は一言吐き捨てると、ランドセルを背負いなおして駆け出すのだった。
「二年一組のみんな、協力してくれ!」
バン、と教卓が叩かれる。
昼休み。教室でそれぞれの席につく俺たちは、呆然と、教壇に立つ人物を見上げていた。
「明後日!!
……………………。
シーン……という擬音が、これほどしっくりくる静寂が、今まであっただろうか。そう思ってしまうくらい完全な静寂が、教室を満たしていた。
「えーと」と、恐る恐る手を挙げたのは、女子の体に男子の魂が入った、
逆神は言葉を選んで質問するが、本当に聞きたいこととは少し違うのだろう。そういうたどたどしさが、言葉の端々からにじみ出ていた。俺もそうだ。
〈ポリュージョン〉ってどんなだよ、とか。
やっぱ戦隊モノって巨大ロボあるんだ、とか。
そんなにヤベェ戦闘なのかよ、とか。
ただ、赤坂の必死な顔を見ていると、あ~、こういうこと聞くのって野暮なんだろうな~という感じがして、聞くに聞けない。……このクラスの中で、ソフトな生徒からそういうビミョ~……な雰囲気が漏れる中、ハード系生徒には、別の疑問と不満が存在しているようだった。
「なんでテメーがここでそれを頼むんだよ。事務室にでも行ってこいよ」
「それはもう済ませてるよ。だけど、それだけじゃあダメだった。学校側は実際に敵の姿を確認してからでないと、正式に生徒たちに要請を出してくれないんだ!」
熱量百パーセントで言い返す赤坂に、周防はやはり不満げだ。
すると、「あたしはパス」と、
「そんなの自分たちでどうにかしなさいよ。赤坂、アンタ他の〈主人公〉に助けを求めて、恥ずかしくないの?」
「あー……俺も、戦隊モノとか恥ずかしいから。パスで」
それに乗っかるように、どこか茶化すような口調で、髪を金色に染めた
赤坂は教室を見回す。「残ったのはこれだけか……」と小さく呟いた。
「あ、エート……」逆神が気まずそうに頭を掻く。「残ったはいいけど……俺は、あんま役に立たないかも。みんなみたいに戦えるわけじゃないし……」
「あぅ。わ、わたしも……」志乃田も恐る恐る口を開く。「手伝ってあげたいけど、“みんな”が言うことを聞いてくれるか……わたしは山専門で、海の精霊は会ったことないし」
そんなことを言ったら、俺なんてもっと役に立たない。
「いいだろ、そんなこと」
俺が今日も今日とて自分の立場に悩んでいると、低く、厳かな声が響いた。
綾瀬だ。
「残ったってことは、話を聞く意志があるんだろ。――さあ、続きを話せよ。赤坂」
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