05.


 なんかすげえタイミングで城銀しろがねがぶっこんできた。俺たちが振り返ると、「ひぅぅ」と小さくなる彼女のことを、「あー、待って待って……」と白川しらかわがフォローに回る。白川……ミステリアスキャラなのに、なんて泥臭い……。


「ちょ、ちょっと待って!? どうして急につくしちゃん!?」

 混乱している如月きさらぎに、「いくつかあるけど」と城銀が返す。

「普通に、容疑を否認してないから」

「そういう!? あれはパニックになってただけじゃ……」

高橋たかはしのことを見てないかって聞いたときも黙り込むだけ、逆神さかがみに話を振られても否定しない。あとは、高橋を縛ってた縄の特徴とか、さっきの狼がピンポイントで高橋を狙ってたとか」

「ふぐ……」


 言葉でズケズケ刺される志乃田しのだは、今はむしろ落ち着いているように見えた。白川によしよしされていなかったら、あと何匹か狼を出せそうなくらいには、涙目だが。

「志乃田さんだって馬鹿じゃない。あらぬ疑いをかけられたときに、『違います』って言うくらいの自己防衛力は持ち合わせてる。赤ちゃんじゃないんだから……こいつの記憶があやふやなのをいいことに、自首しなかった点は、褒められたことじゃないけれど」

「な、なるほど……でも、つくしちゃんがどうやって高橋のことを……」

「さあ? というか、実際にやったのは、志乃田さんじゃないんじゃない?」

 城銀が志乃田の方を見る。その視線に促されたように、志乃田は「あうあう」と少し間をおいてから、ゆっくり説明を始めた。


「その……きょ、今日は、朝から“マッチくん”が……火の精霊の子が見あたらなくて。でね、マッチくん学校が好きだから、もしかしたら学校にいるかなって、探しに来たの。それで、教室を覗き込んでたら、後ろから高橋くんに、挨拶、されて……」


「ああ、びっくりしちゃったのか」

 逆神さかがみが納得した様子で言う。

「そしたら、わ、“ワタゲちゃん”が、高橋くんに眠り胞子をかけちゃったみたいで」

「ワタゲチャン? なんだそれ」

「ああ、知らないんだ」如月が夜崎よざきの方を見て言う。「つくしちゃんの周りには、私たちには見えない精霊がいっぱいいるんだって。精霊を操る、使役型の能力者なんだよ」


 彼女は最初の自己紹介の時、「“トモダチ”がお邪魔してます」と言っていた。


 どうやら志乃田の周りには、数え切れないほどの精霊がいるらしく、彼女はそれが常に見える状態で生活を送っている。ちなみに白川と逆神ワタルは、“精霊”を見ようと思えば見れるらしい。それもあって、ここの三人はそこそこ仲良しらしい。

 で、精霊たちからすると彼女は〈女王〉なのだそうで、彼女の身に危険が迫ったり、彼女が怯えたりすると、自分たちの〈女王〉を守ろうと防衛反応を示す。

 それがさっきの狼であり、俺を眠らせた“ワタゲちゃん”とやらであり。

 また、それらの精霊が、志乃田の言うことを聞くとも限らず。


「ふぅん。そんじゃ、高橋をロッカーに閉じ込めたのも、そのワタゲチャン?」

 夜崎が聞くと「ひぇ」と志乃田は驚いた後、持ち直して首を横に振る。

「そ、それは“ワタゲちゃん”じゃないの。高橋くんを保健室に運ばなきゃって、“キョジンさん”にお願いしたら、その、縛り始めちゃって……そのまま掃除用具入れに……」


 で、ホームルーム終わりまで縛られる、と。


 なんか酷い目に遭わされたわりに、悪意のカケラも無い事件だった。「なんだよ」と周防すおうが、呆れた様子で声を上げる。


「結局モブのせいじゃねーか」

「そうだな、俺が……俺か!?」

「あんたが急に挨拶したのが悪いわ、モブ」

「そこから!? あ、あー、でもまぁ……」


 城銀からも指摘を受けて、言い訳しようとした口をつぐむ。時間が経って記憶が冴えてきたかもしれない。たしかに志乃田を見かけた気がする。俺より早く登校しているのは珍しかったので、「今日は早いんだな」などと声を掛けたような……記憶はあやふやでも、俺だったらそういうことをするだろう。

 志乃田の男子嫌いは周知なので、俺も軽率だった、かもしれない。

「ま、あれだね。出てきたのがさっきの狼とかじゃなくてよかったね、高橋」

「だなぁ。朝は俺らもいなかったわけだし」

 如月と夜崎も頷いている。……否定できない。


 ここは〈主人公〉のための学校だ。自分で起こした騒動は、自分でケリをつける。それは責任であり、義務であり、“他力本願”が許されない彼らにとって、当然のことでもある。さっき周防が言ったことは正論で、俺はぐうの音も出ない。志乃田だって、自分の精霊が暴れないよう注意深く生活しているし、今朝、精霊を探しに来たのもその一環だ。

 みんなそれぞれの方法で、この学校の流儀に従い、生き残っている。


「……えと……志乃田、悪かった」

「へっ!? あぅっ、いや、いやいやっ!」

 志乃田はぶんぶんと、小さな手と首を振る。

「たかっ、高橋くんはぜんぜん悪くないから……! わっ、わたし、こそっ、すぐに出してあげられなくて、ごめんなさい! 高橋くんが閉じこめられちゃってから、その、雁室かりむろくんが登校してきて、怖くなっちゃって、教室から逃げちゃって……」

「お、俺か!?」

 ……うん、こいつだったら怖いだろう。


「はぅ……た、高橋くん、服大丈夫? クリーニング代出す?」

「えっ。あ、ああ、大丈夫だよ。適当に払えばどうにかなるだろ」

 俺はバシバシと、制服についた白い埃を払って見せる、が。……うん、意外と落ちないぞ、これ。いや、まぁ、だからってクリーニング代を要求したりはしないけど。


 横で城銀がフゥと溜息をついた。

「ま、一人一人ちゃんと聞けばわかったんだし、私は必要なかったってことね」

「あ、あ~、ユキちゃんごめんって!」

「サメシマ~、自習だろぉ? 購買行っていいかぁ?」

「オナカスイタ~」

「ダメダメー。後から俺がみなみセンセーに怒られっから」


 それぞれガヤガヤと喋りながら、自分の席に戻っていく。

 俺もようやく、今日初めて自分の席に着いた。

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