03.


 少女探偵・城銀しろがね雪野ゆきの


 その手の世界じゃ超有名人、もう一人の名探偵の……なんだっけ。名前は忘れたんだが、とにかくもう一人と並んで、この国トップの実力を誇る探偵らしい。これまで数々の難事件を解決に導き、全国津々浦々、謎のあるところに出没しては、首を突っ込んでひっかき回している。ちまたじゃ〈知の白雪姫様〉なんて呼び名でもてはやされてる、が。


「っていっても、殺人事件でもないしな~……モブだしな~……」

「か、仮にもクラスメイトだぞ」

「まあ仕方ないかぁ……高橋たかはしぃ、犯人は誰?」

「覚えてないから聞いてんだって! 推理しろよ名探偵!」


 基本的に面倒くさがり、難解な謎にこそ燃えるが、別にそうでもなければ興味なしという、強い敵が出てきた時だけテンション上がる戦闘狂みたいな探偵だ。中等部からの同級生である如月きさらぎの頼みじゃなければ、きっと振り向きもしなかっただろう。

「はいはい、ギャンギャン噛みつかないで。……で、いつまで記憶あんの?」

「え? うーん……」

 俺がうなると、「あのさ」と夜崎よざきがそわそわ言葉を挟む。

「高橋の鞄は、俺が来たときからあったよな。な。あそこにさ」

「ああ、ね」と如月も頷いた。「てっきり、高橋は来てるのかと」

 見てみると、確かに俺の机の横に、使い慣れた通学鞄が下がっている。が、俺は、自分の足でこの教室に入ってきた記憶など無い……と、思う。

「朝起きて、準備して、坂道上ってきて……校門が見えてきたあたりは、確実だ。昇降口で、清掃のおじさんと挨拶したから」

「その後は?」

「昇降口から階段に、登った気はするけど……」

 教室まで辿り着いて、入ったような気もする。ただ、あんまりにいつも通りの行動パターンなので、いつかの記憶で上書きされている可能性もある。つまり、わからない。


「高橋の姿、見た人はいないのよね?」

 城銀が振り返ってクラスに問いかける。見れば、クラスメイトたちは自分の席に着きつつも、振り返ってこちらに注目していた。みんな暇らしい。

 返事だが、首を横に振ったり、「知らないなぁ」と声を上げたり、大体NOの反応だ。

 クラスにいるのは俺たち四人と、雁室かりむろ白川しらかわ周防すおう志乃田しのだ……それと多分、逆神さかがみの弟の方。欠席者の多いこのクラスの中では、比較的出席率の高い、俺のよく知るメンツだ。城銀はクラスの中にいる人物を一通り見回すと、こちらに背を向けたまま尋ねた。


「夜崎。遺体に外傷はある?」

「いや俺死んでねぇし。遺体じゃねぇし」

「いや? 死因になりそうなのはないかな~」

「だから死んでねぇって!」


 夜崎は俺の体をキョロキョロ見回しながら、ちょっと楽しそうにしてやがる。おい……

「それ以外だと、手首足首の縄の跡と……うん、それくらい?」

「どこか痛いところある?」と如月。

「いいや、特に……」


「怪我がないなら、雁室じゃないってこと?」

「おおぉい!」


 しれっと如月が言うと、雁室が声を上げた。

「委員長、俺のことうたぐってたのかよ!?」

「ソ、ソンナー!」

「あんたには前科がありすぎるの。ついに頭でも殴ったのかと」

「やってねぇに決まってるだろ!? そんな小物に手ぇ出すのはやめたんだ、俺は!!」

「ソウダソウダー! モウ、タカハシノコト、イジメナイモン!」

「小物って」

 ひどい流れ弾だった。モブより降格した気がする。

「ま、雁室の線は無いでしょうね。あれは嘘がつけないから」

「え、そうなの? ユキちゃん」

「うん。あの〈ウィスプ〉は、持ち主の魂そのものだからね。あれが言うことは、大概持ち主の本音よ」

「マジで? じゃあ雁室って高橋のこと大好きじゃん」


「やめろぉおおおおおおおおお!!」


 夜崎のセリフにガタッと雁室が立ち上がる。

「だぁあああれがそんなスカシモブ野郎なんか! そいつなんてミジンコだミジンコ!」

「デモ、イッパイアソンデクレルンダヨ~」

「黙れジャミー! ざわつくなクラス! てめぇのせいだぞ夜崎!」

「えー、ごめん」

 なんかもうカオスだ。そして俺は何も喋ってないのに、こんなに被害を受けているのはどうしてだ。なんだったらロッカーに入ってたくだりからいじり倒されてるぞ。

「ちなみに〈ウィスプ〉をやれば雁室本体も倒せるわ」

「俺の弱点バラすんじゃねぇえええええええ!!」

 無実が証明されてるのに、失うものが多い雁室だった。


「じゃあ雁室は無いとして……というかそもそも、このクラスに犯人がいるの?」

 如月がごもっともな疑問を投げかける。すると、城銀はサラッと、

「ま、このクラスでしょうね」

「他のクラスとか、先生の可能性は? あと、どっかの敵とか……」

「使われてたのはただの縄だったし、掃除用具入れに入ってたのも、モブの身動きを取れなくするには、それで十分だと知ってたんでしょう。それに、高橋の席を間違えずに選んで、通学鞄をそこにかけてる」

 城銀は俺の席をピッと指さす。

「本人がかけた後に襲われた可能性もあるけど、高橋はいつも通学鞄をロッカーに入れてるから、かけたのは別の人間でしょう。こいつ、ロッカーには鍵をかけてるからね」

「ああ、なるほど……」

 俺は頷く。城銀の〈物語〉に立ち入ったことが無いので、本当にこいつが探偵なのか、たまに……いや、しょっちゅう疑いたくなるが、やはりそういう気質らしい。やる気がまるで無かった最初に比べて、ずっと饒舌になっている。

「っていうか、それよりも外に話が広がったら面倒だし。教室の中で済ませたい」

「おい」

 まあこっちが本音だ。

「特に怪我も無いし、高橋を一時的に無力化したかっただけなんでしょう。見られたくないものを見られたか、いたら困る場所にいられたか」

「だからって、あんなところに閉じ込めなくてもいいだろ……」

「犯人側も苦肉の策だったんでしょうね。恨みがあれば殺害したはずだから」

「うん、本当によかった」

 前言撤回だ。掃除用具入れに閉じ込められるだけで済んで、非常に幸運だった。

「けど、見られたくないものなんて……普通に登校してきた記憶しか無いんだけどな」

「昏倒前後の記憶があやふやになることなんてザラよ。こんな学校じゃ、一般人が感知できる情報なんて限りがあるんだし。外傷なしとなると、意識を奪う道具を使われたか……能力者がやったか」


 ここで紛らわしくなってくる。普通の社会であれば、薬品なり道具なりを用いてでしかこの手の犯行は行えないはずだが、この学校にいると話は別だ。人知を超えた能力や原理が、平気でばらまかれているわけで。


「キララと……周防も、戦闘特化。雁室も使役系だけど、同じね。今いるメンツの、私の知ってる範囲で、外傷無しか、ほぼ無傷で意識を奪えるとしたら……白川か逆神ワタルかしら。夜崎と志乃田さんは、能力のバリエーション広すぎてわかんないわ。で、あんたは無能」

「うっせ」


「んだよ。やっと容疑者から外れたのか?」


 遠くから不機嫌に声をかけてくるのは、周防弘文ひろふみだ。容姿は夜崎と同じカテゴリで、シュッとした細身の〈主人公〉だが、夜崎よりもかなり背が高い。警戒心も強くて、小動物のようにきょとんとしている夜崎とは対照的に、常にオオカミのような目で周りを伺っていて、俺と目が合う度に嫌そうな顔をする。

 しかしそんな周防に、城銀は特に動じることも無く。

「ただの可能性の話。道具を使えば誰でもできる」

「モブごときに、んな面倒なことするかよ。今の感じ、如月と俺は抜けたんじゃねぇの」

「俺もやってないぞ?」

 夜崎が俺の横で首を傾げる。それには俺も如月も同意だ。

「でしょーね。ロッカーに閉じこめるなんて器用なこと、夜崎にはできないでしょ」

「僕だってできませんよ。実際、やってないですし」


 にっこりと笑って首を傾げるのは、白川。


 肩に巻いたストールがトレードマークで、色素の薄い髪を肩まで伸ばし、目はいつもおっとりと細められ、変声期を迎えているのかいないのか、判断しかねる中性的な声をしている……一見穏やかな男子だが。

 実は下の名前と性別が公開されておらず、当人の気分次第でズボンもスカートも履いてくる謎人物である。本人曰く、いろんな組織に雇われたり入り込んでスパイ活動をしている“忍者”で、苦無くないや手裏剣のようなものをバチバチに投げているところは見たことがあるが、他の小道具も用いているようで、あまり能力の全容を把握していない。他に同じ〈物語〉に所属する〈主人公〉も知らないので、とにかく、出席率の割にわからない部分が多すぎるクラスメイトだった。


「僕の細腕じゃ、一人で高橋君を縛って、あんな風にロッカーに入れるのは無理です。それなら、逆神君の方が得意なんじゃないですか」

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