02.
この学校で起きる“災難”には、いくつかのカテゴリーがある。
一つ目は、「戦闘に巻き込まれる」。
そして三つ目、「事件に巻き込まれる」。
これは分類が難しい。というか、前二つに分類できないものをここに放り込むしかない。言ってしまえば雁室によるいじめもそうだし、一つ目、二つ目の項目も、広く言えばこれに該当するのだが、とにかく、事件に巻き込まれる率が一般人の平均を遙かに超える。
担任曰く、
「そもそも〈主人公〉っていうのは、総じて“事件引き寄せ体質”なのよね。身の周りで事件が起きやすかったり、悪者と遭遇しやすかったり。それで、戦隊モノとかだと、大概そういう事件は一般人を巻き込んで発生するでしょ? で、この学校に一般人というと、
……さいですか。
この学校、基本的にいじめや派閥抗争などは起こらないのだが、その例外が俺で、逆に言えばそれらの負の現象は俺に一過集中している(例年そのような現象は発生しないらしい)。この前の
だから今日みたいに、生徒が掃除用具用のロッカーに閉じこめられる……ということも、普通は起こらないはず、なのだが。
「……っと。今、何限だ?」
「朝のホームルームが終わったところ」と
彼女の変身能力の源である宝石は、一定距離圏内の人間の強い恐怖や、助けを求める意思をキャッチする、いわばレーダーのような機能を備えている。一般人からすれば大変ありがたい話だ。
「
「だよなぁ……」
「
「おう」
夜崎に手伝ってもらいながら腕と足の縄を外し、体中についた埃をパッパと払う。が、埃で白くなった制服の汚れは、簡単には落ちてくれず。体勢だけは元に戻ったが、体はまだバッキバキだ。
「なんかさ、なんかいるなとは思ったんだよ。気配があったから」と、夜崎が掃除用具入れの方を振り返りながら言う。「高橋だとは思わなかった」
「夜崎、掃除用具入れにはね、普通生き物は入ってないのよ……」
驚くポイントがズレている夜崎に、如月が溜息をつく。俺の記憶と如月の証言を照らし合わせて言えば、一時間はあそこに閉じこめられていたことになる。
今日の教室も相変わらずガラガラだ。来ている生徒は一〇人足らず。昼過ぎになれば、これが半分から三分の二程度まで増えるのだが。大概の生徒はこちらに興味が無さそうだ。雁室の背中あたりでふよふよしていたジャミーだけが、心配そうな顔でこっちに来た。
「タカハシ、ダイジョーブ?」
「ん? あー……怪我とかはしてないし、平気だよ」
ソッカソッカ、とジャミーは頷いてふよんふよん、と踊る。前の一件以来、この
「ユキちゃん、ユキちゃん」
如月が、少し離れた席で本を読む女子生徒に声をかける。「えー?」と、用件もまだ告げてないのに、ちょっと嫌そうな表情で、理知的なメガネをかけた女子生徒は振り返る。
「やだよー。面倒くさい」
「そんなこと言わずに……ねっ?」
「だって解決してもさー、また別の事件に巻き込まれるだけじゃない」
そう言いつつも、“ユキちゃん”こと
それがオプションなら、何がメインなのか、という話でもあるが。
「もう縄、外しちゃった? 縛られてた方がわかりやすいんだけど」
「あ、あの体勢けっこうキツいんだぞ……。縛り方も強かったし」
「ふーん」
城銀はそう言いながら、地面に落ちた縄を拾ってジロジロと見る。……よく見るとあれだ。神社のしめ縄みたいな、植物を撚ってできたやつだ。
「まぁ、それならそれでいいわよ。モブ。あんたどこまで覚えてる?」
と、城銀による事情聴取が本格的に始まろうとしたところで、カラカラカラと扉が開いた。名簿と英字の教科書を片手に、男性が教室に入ってくる。
「う~い、そろそろ授業ですよっと。……って、何してんだ?」
英語教師の
鮫島先生は生徒の返事を聞く前に、俺の姿を見て「またか」と溜息をついた。
「高橋~。お前、またなにか遭遇したのか~? ったく、忙しいやつだな~」
「俺も何が起きたか、わかってないんスよ。気付いたらロッカーに閉じこめられてて」
「は~。モブってのも、こんなところにいると大変だねぇ」
余談だが、この学校の職員は基本的に現役の〈主人公〉、もしくは“元”〈主人公〉だ。一組の担任である南先生と、この鮫島先生は“元”、つまり現在は異能を喪失していると聞いた。食堂の調理員、購買の店員さん、事務員なども、詳しい内訳は知らないが、いずれにしても“〈主人公〉経験者”ではある。一般人もいないわけではないが、俺は食堂最年長の“トミコおばあちゃん”しか知らない。
「ねぇ。授業始まるみたいだし、後でもいい?」
城銀が如月に問う。
「あ、だね。じゃあ、昼休みとかに……」
「ああ、いいよいいよ。城銀の推理ショーが始まるんだろ?」
鮫島先生はひらひら手を振る。
「そっちの方が面白そうだ。自習にしよう、自習。先生寝てるから」
「それでいいのかよ……」
「だって一組の英語進んでるんだもん」
鮫島先生はそう言うと、マジで教卓に突っ伏し始めた。……教師としてどうなんだと思うが、生徒から一切ツッコミが入らないくらいには、こういう先生だと周知されている。とはいえ、親しみやすいので生徒からはけっこう人気がある。俺も世話になってるし。
「それじゃあ……ちょっと
城銀に咎められて、周防、と呼ばれた背の高い男子生徒は、「めんどくせぇな」と悪態をつきつつ、観念したように自分の席に着く。それを確認して、城銀は溜息をついた。
「仕方ない、始めましょうか。あー、テンション上がんないわ」
「おい。被害者の前でそれを言うなよ」
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