02.


 この学校で起きる“災難”には、いくつかのカテゴリーがある。


 一つ目は、「戦闘に巻き込まれる」。夜崎よざきが連れてくる〈悪鬼あっき〉などがそうだ。基本的に自分ではどうしようもないので、逃走か助けてもらうかの二択になる。二つ目、「災害に巻き込まれる」。雨が止まなかったり雷が乱発したり、そういうリアルなものから、例えばなにがしかの悪者の影響で、町の人々が次々に石になってしまう、などというファンタジックな現象まで。ちなみに俺は、石と氷漬けと時間停止とならなったことがある。どれも迷惑な話だ。


 そして三つ目、「事件に巻き込まれる」。


 これは分類が難しい。というか、前二つに分類できないものをここに放り込むしかない。言ってしまえば雁室によるいじめもそうだし、一つ目、二つ目の項目も、広く言えばこれに該当するのだが、とにかく、事件に巻き込まれる率が一般人の平均を遙かに超える。

 担任曰く、


「そもそも〈主人公〉っていうのは、総じて“事件引き寄せ体質”なのよね。身の周りで事件が起きやすかったり、悪者と遭遇しやすかったり。それで、戦隊モノとかだと、大概そういう事件は一般人を巻き込んで発生するでしょ? で、この学校に一般人というと、高橋たかはしくんしかいないから……」


 ……さいですか。

 この学校、基本的にいじめや派閥抗争などは起こらないのだが、その例外が俺で、逆に言えばそれらの負の現象は俺に一過集中している(例年そのような現象は発生しないらしい)。この前の砂山すなやまの件だって、俺が巻き込んでしまったようなものだ。すまん。

 だから今日みたいに、生徒が掃除用具用のロッカーに閉じこめられる……ということも、普通は起こらないはず、なのだが。


「……っと。今、何限だ?」

「朝のホームルームが終わったところ」と如月きさらぎが答える。

 彼女の変身能力の源である宝石は、一定距離圏内の人間の強い恐怖や、助けを求める意思をキャッチする、いわばレーダーのような機能を備えている。一般人からすれば大変ありがたい話だ。

みなみ先生、心配してたよ」

「だよなぁ……」

高橋たかはしー。ちょいそっち向いて」

「おう」

 夜崎に手伝ってもらいながら腕と足の縄を外し、体中についた埃をパッパと払う。が、埃で白くなった制服の汚れは、簡単には落ちてくれず。体勢だけは元に戻ったが、体はまだバッキバキだ。

「なんかさ、なんかいるなとは思ったんだよ。気配があったから」と、夜崎が掃除用具入れの方を振り返りながら言う。「高橋だとは思わなかった」

「夜崎、掃除用具入れにはね、普通生き物は入ってないのよ……」

 驚くポイントがズレている夜崎に、如月が溜息をつく。俺の記憶と如月の証言を照らし合わせて言えば、一時間はあそこに閉じこめられていたことになる。


 今日の教室も相変わらずガラガラだ。来ている生徒は一〇人足らず。昼過ぎになれば、これが半分から三分の二程度まで増えるのだが。大概の生徒はこちらに興味が無さそうだ。雁室の背中あたりでふよふよしていたジャミーだけが、心配そうな顔でこっちに来た。

「タカハシ、ダイジョーブ?」

「ん? あー……怪我とかはしてないし、平気だよ」

 ソッカソッカ、とジャミーは頷いてふよんふよん、と踊る。前の一件以来、この人魂ひとだまはやけに俺に懐いていた。


「ユキちゃん、ユキちゃん」

 如月が、少し離れた席で本を読む女子生徒に声をかける。「えー?」と、用件もまだ告げてないのに、ちょっと嫌そうな表情で、理知的なメガネをかけた女子生徒は振り返る。

「やだよー。面倒くさい」

「そんなこと言わずに……ねっ?」

「だって解決してもさー、また別の事件に巻き込まれるだけじゃない」

 そう言いつつも、“ユキちゃん”こと城銀しろがね雪野ゆきのは、分厚い本を机の天板に伏せ、メガネをクイとかけ直しながら、こちらへ歩いてくる。身長は如月と同じくらいか少し下、黒髪ボブカットに切れ長の目と、優等生っぽい風貌をしていて、しかし剣道をやらせると全国レベルという、アクティブなオプション付きの女子だ。


 それがオプションなら、何がメインなのか、という話でもあるが。


「もう縄、外しちゃった? 縛られてた方がわかりやすいんだけど」

「あ、あの体勢けっこうキツいんだぞ……。縛り方も強かったし」

「ふーん」

 城銀はそう言いながら、地面に落ちた縄を拾ってジロジロと見る。……よく見るとあれだ。神社のしめ縄みたいな、植物を撚ってできたやつだ。

「まぁ、それならそれでいいわよ。モブ。あんたどこまで覚えてる?」

 と、城銀による事情聴取が本格的に始まろうとしたところで、カラカラカラと扉が開いた。名簿と英字の教科書を片手に、男性が教室に入ってくる。


「う~い、そろそろ授業ですよっと。……って、何してんだ?」


 英語教師の鮫島さめしまじょう。正確な年齢は聞いたことがないが、見た目は三〇代前半くらい。スポーツマンっぽい風貌に、カッコつけた髭がトレードマークで、昔は女性をハベらしていたプレイボーイキャラだったという噂もあるが、真偽は定かでない。少なくとも今は、色恋に興味がありそうな感じではない。

 鮫島先生は生徒の返事を聞く前に、俺の姿を見て「またか」と溜息をついた。


「高橋~。お前、またなにか遭遇したのか~? ったく、忙しいやつだな~」

「俺も何が起きたか、わかってないんスよ。気付いたらロッカーに閉じこめられてて」

「は~。モブってのも、こんなところにいると大変だねぇ」


 余談だが、この学校の職員は基本的に現役の〈主人公〉、もしくは“元”〈主人公〉だ。一組の担任である南先生と、この鮫島先生は“元”、つまり現在は異能を喪失していると聞いた。食堂の調理員、購買の店員さん、事務員なども、詳しい内訳は知らないが、いずれにしても“〈主人公〉経験者”ではある。一般人もいないわけではないが、俺は食堂最年長の“トミコおばあちゃん”しか知らない。

「ねぇ。授業始まるみたいだし、後でもいい?」

 城銀が如月に問う。

「あ、だね。じゃあ、昼休みとかに……」


「ああ、いいよいいよ。城銀の推理ショーが始まるんだろ?」


 鮫島先生はひらひら手を振る。

「そっちの方が面白そうだ。自習にしよう、自習。先生寝てるから」

「それでいいのかよ……」

「だって一組の英語進んでるんだもん」

 鮫島先生はそう言うと、マジで教卓に突っ伏し始めた。……教師としてどうなんだと思うが、生徒から一切ツッコミが入らないくらいには、こういう先生だと周知されている。とはいえ、親しみやすいので生徒からはけっこう人気がある。俺も世話になってるし。

「それじゃあ……ちょっと周防すおう、教室出ないで」

 城銀に咎められて、周防、と呼ばれた背の高い男子生徒は、「めんどくせぇな」と悪態をつきつつ、観念したように自分の席に着く。それを確認して、城銀は溜息をついた。


「仕方ない、始めましょうか。あー、テンション上がんないわ」

「おい。被害者の前でそれを言うなよ」

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