03.


 雁室かりむろのマスコットは、主人に似て間抜けらしい。飛ぶスピードはあるくせに、あっちをふらふら、こっちをふらふらしながら、特別棟へ行き、その屋上へ。こっちの屋上は生徒は立ち入り禁止のはずだが、鍵は外され扉は開いていた。

 俺が屋上へ出た瞬間、


「んだよ! 来たのモブかよ!!」


 頭上から声が降り注ぐ。見上げると、塔屋とうやの上に雁室が座っていた。

 片手に、通学鞄をぶら下げて。


「おい!! 砂山すなやまの鞄、お前が盗んだんだな!?」

「ウッゼェな!! なんでわざわざテメーが首突っ込んでくんだよ!! せーっかく俺様のオモチャから解放してやろうと思ったのによ!!」

「オモッタノニヨー!」


 首こそ縦に振らなかったが、雁室の吐き出すセリフは、すべて肯定を意味していて。

「ふざけんな! ただのストレス発散なら、モブの俺にちょっかい出して、勝手に満足してればよかっただろ!? 砂山の鞄を返せ!!」

「ハッ、やーだね! 悔しければ取り返してみろよモブ!! 一人じゃ何もできない凡人が! それか地面にアタマを擦り付けて、泣いて喚いて許しを乞え!! すみませんでした雁室サマ、今後一生、生意気な口はききませんってな!!」

「…………!」


 なんだこいつ。


 どうかしてる。自分こそ力を手に入れたくせに、自分よりも弱い人間にしかそれを振り下ろせないクズだ。狭い世界で囲いを作って、その中で王様を気取って、他の人間が自分の思い通りにならないと喚きちらす、体がでかいだけの子供。

 こいつが俺のことを、モブだ凡人だとこき下ろすだけなら、まだいい。

 勝手に満足すればいい。俺ごときをいびってヘラヘラできるなら、好きにすればいい。こいつが娯楽気分でイタズラを仕掛けてくることなんて、有能な〈主人公〉どもが自覚無くモブを見下してくるのと、どっこいどっこいだと思ってる。

 ただ――こんなやつに砂山が、「自分より下だ」などと思われたことが、許せなくて。


 それに。

「――――っ!!」

 こんなやつが、自分の兄貴と同じ〈主人公〉なのが、悔しくて。


「――いいから鞄を返せ、このチキン野郎!! そんなことして満足かよ!? お前、自分のしてる行為で、自分の格をどんだけ下げてるのかわかってないのか!!」

「はあ!?」

「弱い人間に土下座させて、他人の優しさ踏みにじって、どんだけ卑怯なことをやってるのか、早くわかれよ!! これからもそんな小さい自己満足でやっていくつもりか!?」

「…………っ!」


 雁室は一度は叫び返したが、それ以上の言葉は失っているようだった。息を詰まらせ、俺の方を見て、歯をギシギシと鳴らしている。緑色の〈ウィスプ〉は、さっと雁室の肩の後ろに回り、怯えた様子で、頭を引っ込めながら、

「ヤ、ヤメテ! イワナイデ!」

「くらっ、ジャミー! クッソ!!」雁室は悪態をつきながら、通学鞄を投げ捨てる代わりに、肩に隠れるジャミーを手で掴む。「凡人が、委員長たちに守られて、いい気になってるんじゃねえ!」


 あの人魂ひとだま、掴めんのかよ。


 内心でツッコミを入れてる場合じゃなかった。雁室が掴んだ〈ウィスプ〉は奴の手の中で形を変え、緑の光は優美な曲線を描き、やがて巨大な弓の形を成す。フォルムはシンプルだが、分厚い板にはストリートっぽいグラフィティがあしらわれていた。

「行くぞジャミー!」

 雁室がその弓を俺に向けて、何も持っていない手を、“引いた”。

 何も持っていないはずなのに――弦を引いた瞬間に、その手には光る矢が。

「やばっ」

 雁室の戦闘形態を見るのは初めてだ。いじめこそされていたが、直接“〈主人公〉として”手出しされたことはない。ガタイの良さからもっとゴツゴツした戦い方かと思ったら、思ったより繊細な武器を出して来やがった。


「〈現代舞踏会ダンスフロア〉!」


 引かれた弦を離した。

 矢は、飛んでこなかった。代わりに光る矢は形状を変え、鋭いくちばしの細長い光の鳥が一〇羽ほど、二回羽ばたいて狙いを付けると、俺に向かって高速で滑空してくる。

「――つっ!」

 矢の方向に対して垂直、真横一文字に駆け抜けるも、最後の一匹が二の腕をかすめた。分厚いブレザーを切り裂いて、肌を破かれた感触が脳に響く。

「ギャーッハッハッハ!! どーだ!? 今当たったろ、ブァーカ!!」

「トットトクジケロー! クジケロー!」


 ヤバい。


 他の生徒にはへこへこしているから、〈主人公〉の中では弱い方なのだろうと思っていたが、やはり一般人に対する力は圧倒的だ。少年マンガ一巻目に出てくる、主人公が出てきた瞬間あっという間に蹴散らされる小悪党がよく似合う。

 いいや、俺はただの一般人じゃない。プロの一般人だ。一年ちょいこの学校で生き延びてるんだぞ? こんなショボい悪党に負けてたまるか!

「どぉーーーーだモブ!! 謝る気になったか!? ならとっとと土下座しろぉ!」

「オレサマニ、ヒザマズケー!」

 いつになく雁室は興奮気味だ。俺なんかよりよっぽど理性を無くしているように見える。舌をベロベローッと出して、塔屋の上に立ち、目をギョロッと開いて……

「…………ん?」

 俺が遠くに逃げたからか、奴は相当前に出ていた。塔屋の縁に立ち、足は半分ほど宙に出ている。かかとでバランスをとっている状態だろう。

 …………なら。


如月きさらぎ!! 今だっ!!」

「なっ!?」


 俺が奴の肩越しに叫ぶと、雁室はぎょっと振り返った。

 背後には当然誰もいない。だが不安定な場所で回転した雁室の大きな体が、バランスを保てるはずも無く、ぐるっとターンした体躯は支えを失って真っ逆さまに――


 ドスーンッ! と音を立てて、雁室は背中から派手に落下する。漫画みたいに足を開いて、コンクリートの上でひっくり返って、一瞬心配になったものの……やはりこいつらは、そもそもの体の頑丈さが違うらしい。ピンピンしていた。

「あいって……いって~~~~!」

「トッ、トーヤダイジョーブ!?」

 叫ぶ雁室の手から弓が離れた瞬間、弓は元の人魂の形に戻った。仰向けになったご主人のそばでふよふよして、心配そうに顔を覗き込んでいる。

「モブッ……てめぇよくも~~~~!」

「るっせーよヘタレ!」

 俺が言い返したとき、背後から「おーいたいた」と声が。

 見ると、砂山を背中に背負った夜崎が、壁づたいに屋上へ上ってきたところだった。


「よっ、夜崎くん、ありがとう……」

「いーよ、これくらい。高橋、鞄は?」

「あそこに――」


 振り返って指さそうとした瞬間、

 雁室が、立ち上がっていた。

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