02.
「……ちょっと
教室にて。
ショートカットの髪を、ハーフサイドアップにした女子学生――机を一つ挟んで隣の席の
三限が終わってから。三限の途中で登校してきた如月は、当然朝の事件など知らなかったのだが、小休憩で
「コ、コワイヨー、コワイヨ~」
「こっ、こら黙れジャミー! うるせーよ委員長!」
「ハァ……よく飽きないよね。そんなことして、何が楽しいわけ?」
俺・如月・雁室は去年も同じクラスだったから、このことも如月はよく知っていた。当初は今より激しいいじめを受けていたのだが、割と早い段階で気付いてくれた彼女が「やめなさい!」と強く怒ってくれたおかげで、酷いことはしてこなくなったし、夜崎や如月と頻繁につるむ今となっては、回数も激減している。見た目こそ、身体も大きく強面の雁室だが、如月に逆らったことは無かった。
そして今も、何か言い返しても説き伏せられる雁室は、ぬぬぬとうなるだけだ。
すると夜崎が、はたと思い出した様子で口を開く。
「そういや前に、あのヒトダマ見たよ。雁室じゃない、小さい男子にくっついてて……」
「あ、俺も見たことある。水色の〈ウィスプ〉だよな」
「ああ、その子知ってるよ」如月が言う。「中等部に、雁室と同じ〈物語〉の能力者がいるの。雁室、知り合いでしょ?」
「知らねえよ! あんなガキ、知り合いでもなんでもねえ!!」
「…………ハァ……」
噛みつくように返事をする雁室に、如月は腰に手を当てて溜息をつく。
「そっちの方がガキというか、子供というか……いじめ? イタズラ? 高二にもなって、よくやるよね~。それもわざわざ、私と夜崎がいない時間を狙って、みみっちいのをさ~……飽きないの? っていうか虚しくない?」
ずけずけずけ、と言葉を重ねていく如月だったが、雁室はウッと口を閉じるだけで何も言い返さないし、俺もフォローするつもりはない。もっと言われてしまえ。ぬぬぬぬぬ、とイラついた小型犬みたいな顔を見せる雁室に、呆れ半分で視線を向けていると――
「なぁなぁ、高橋」
夜崎が俺の肩を、トントン、とつついた。「なんだ?」と振り返ると、夜崎は俺に向かって――つまり、俺が振り返った方向とは反対側を指し示している。
「お前に用っぽい」
「えっ? あ……
振り返ると、少し離れた教室後方に、高校生とは思えない小さな少年――砂山
「砂山、どうした?」
「あ、あ、あ……高橋くん、おはよう」
俺が立ち上がろうとすると、砂山は両手でそれを制して、よたよたとこちらに向かって歩いてきた。「あ、砂山」と、面識のある如月も彼の名前を呼んで、「あれ? 如月も知ってるの?」と夜崎が声を上げた。
「誰? 中等部のやつか?」
「……夜崎、去年同じクラスだったでしょ」
「えっマジ!? ごめん!?」
「あ……だ、だっ、大丈夫だよ……僕、影薄いし、弱いし……」
砂山は苦笑いして夜崎に応じる。夜崎は夜崎で去年は出席率が悪かったから、知らないのは仕方ないだろう。如月が知っているのは彼女の社交性と、俺の繋がりでだった。
「砂山、どうした?」
俺が聞くと、「あえっとー……」と砂山が言いよどむ。
「高橋くん、放課後って空いてるかな……? あの、その、宿題でわからないところあるから、聞きたくて……一組の方が、英語、進んでるって聞いたから」
「ああ、そういうことなら。いいよ」
「え、いいな」
横から口を挟んできたのは夜崎だった。
「俺も宿題したい! 放課後行っていい?」
「あう」
急に話に割り込まれて、砂山は首を引っ込める。
「あうあう……」
「夜崎、急にでかい声出すなよ。砂山びっくりしてる」
「あ? ああ、ごめん」夜崎は頭をポリポリ掻く。「なんか俺、さっきからシツレイしてばっかりだな。やだったら全然いいよ?」
「あっ、いやっ、そんな、ことは」
砂山はあわあわと首を振った。
「そんな、こと、ないよ。で、でも僕、アタマ悪いし、あ、足引っ張っちゃうかも」
「それなら心配ないよ」俺は頷く。「夜崎の方が、ずっと成績悪い」
「この学校にいて、夜崎より成績の悪い生徒は、そんなにいないでしょうね」
「えー、まじでー?」
如月のセリフに俺たちは小さく笑う。砂山も笑っていたから、少し安心して、「そんなわけだから、どうだ? 夜崎も、連れて行っていいか?」と尋ねると、「い、いいよ」と砂山は頷いた。
「じゃ、じゃあ、また、こっちの教室来る、ね。今日、スマホ、忘れちゃったんだ」
「ああ、それで来てくれたのか。六限、教室移動あるから、少し遅くなるかもしれない」
「わ、わかった」
砂山は頷くと、パタパタと教室を出ていく……その途中で、雁室にジロリと睨まれていたことに気付いて、ヒィと肩を震わせた。
このタイミングに来て、災難だったな……。
チャイムが鳴った。廊下に出た砂山が、ぴゃっと走り出す。俺たちは各々、次の授業の準備を始める。
「あれ? 次の授業なんだっけ?」
夜崎が言うのと同時に、教師が入ってきた。
如月は六限の途中、そっと理科実験室を抜けた。「あーあ、呼ばれちゃった」と苦笑いしていたから、学校側の出動要請だろう。どこで誰が暴れているのやら。
授業が終わり、帰りのホームルームも終わってから。
「スナヤマ、来ないな。来るって言ってなかったっけ?」
「多分、遅れてるんだろ。俺たちがあっちに行こうか」
俺と夜崎はそれぞれ通学鞄を手に、隣の二組へ向かう。が、二組を見ると、とっくにホームルームは終わっている様子で、生徒はぽつぽつとしか残っていない。そんな教室の奥の席で、砂山が机の中を漁っていた。
「砂山、どうした?」
「ふあ!? あっ、ああっ、あっ、た、た、高橋くん」
入り口から声をかけると、普段からパニックを起こしやすい砂山が、今日はますますパニックになって振り返った。きょろきょろと辺りを見回し、顔は真っ青。「なんかあったのかー?」と、隣にいた夜崎も同じように声をかけて、俺たちは二組の教室に入った。砂山の様子に、夜崎が目をパチパチさせる。
「なんか探してる?」
やっぱり、夜崎の目にもそう映ったか。砂山も図星だった様子で、両手の人差し指をくっつけて、ウ、とうなる。恥ずかしがっているようにも見えた。
「か……か……鞄が、無くて」
「鞄?」
対象が思ったより大きかったので、俺は思わず聞き返す。
「鞄って、通学鞄か? 通学鞄……が、無いのか?」
「失くしたん?」
夜崎が首を傾げると、砂山は首を横に振って、
「な、失くし……て、は、いないと、思う。ずっと、こ、ここっ、に、下げて……」
言いながら、自分の机を見下ろす。学校の机、と言われれば誰でも思い浮かぶような、スタンダードな机だ。鞄や荷物を下げるための簡易なフックが側面につけられていて、廊下のロッカーを使わず、日頃からフックに通学鞄を掛けておく生徒も多い。
が、それも、今は空で。
「誰かが間違えて持って行ったり、ってことは?」
「あ、あるかもしれない……けど、このクラス、も、人、少ないし」
「ああ」砂山の言わんとするところを察して、俺は頷く。「これだけ少なければ、自分の席を間違えることなんて滅多にないし……んん、でもこの学校の生徒ならありえるかもな。変な奴けっこういるから……」
「じゃなきゃ、誰かに盗まれたとか」
夜崎はさらっと言ってのけた。ヒャッ、と砂山が体を震わせた。
「うう……ぼ、僕、不用心で……お、お、お財布とかも、全部、い、入れてて……」
「マジか」
思ったよりヤバそうだ。これは、砂山じゃなくてもパニックになる。
「こ、工具とか、ぜ、全部……どどど、どうしよう……」
「俺たちも探すの手伝うよ。机とロッカーは、全部探したか?」
砂山は無言で頷く。夜崎が「んー」と教室を振り返る。
「他のヒトにも聞いてみる? 誰かが間違えた可能性だって、まだあるし」
俺も同時に、誰か協力してくれそうなやつはいないかと振り返り、教室を見回した――そのときに、見えたのだ。
廊下で、見覚えのある緑色の光が瞬くのを。
「……………………あっ!」
五秒ほど遅れて、その光がなんなのかを思い出した。反射的にダッと走って、廊下へ飛び出す。「高橋!?」と夜崎の声が聞こえたが、説明する余裕は無かった。
あの光は、ジャミーと呼ばれていた〈ウィスプ〉だ。
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