第四話 聞いてくれ! いじめっ子のブルース

01.


 マコへ


 元気にしてますか?

 にーちゃんはめちゃめちゃ元気です。太陽に負けないくらい元気です。高校生活もだいぶ慣れてきました。といっても、学校自体は変わってないんだけどね。

 マコはもう6年生になったんだよな。友達はできたか? 恋はしてるか? 悩みがあったら兄ちゃんになんでも相談してくれていいんだからな?


 兄ちゃんの悩みはあれです、となりにマコがいないことです。もうマジでさびしい。というわけで、夏休みはマコのことを抱きしめに帰ります。冬休みはクラブの合宿を入れられてしまいましたが、今回は母さんからマコの予定を聞いているので完璧です。ブアーッハッハッハッハッハ! いつ兄が帰ってくるかわからない恐怖を、とくと昧わうがいい!


 というわけで、マコに会える日を楽しみにしてます。




 それと、

 春休みは帰れなくてごめん。この手紙、春先に届いたボールペンで書きました。もったいなくて使ってなかったけど、このままだと永遠に使えない気がして。

 これ、すごく書きやすいです。俺が青好きなの覚えてて、選んでくれたんだって、母さんから聞きました。ありがとう。

 字、きたないってずっと言われてたけど、少しは上手くなったかな。










 下駄箱に上履きが無い。


「…………」

 朝。脱ぎたてほやほやの外履きを片手に、俺は自分に割り当てられた下駄箱の前で二回まばたきをする。ドア付きのそれを一回閉じ、もう一回開いて確認。やはり無い。

 さて。それはそれでいいとして、問題はここからどうするか、だ。上履きを忘れた生徒が、代替となるスリッパを借りられる事務室は、この学校の構造上、高等部の昇降口からかなり離れている。そこまで続く廊下を靴下でペッタペッタと移動するか、一度ここを出て、事務室と距離の近い中等部用の昇降口に外履きで回り、スリッパを受け取ってから改めて高等部の昇降口に外履きを仕舞いに来るかの二択だが。


「……まあこっちにするか……」


 俺は脱いだばかりの外履きをコンクリートの床に投げ、躊躇うでもなく足を突っ込む。時間に余裕はある。廊下を靴下で歩いているのを、教師や他の生徒から見られるのもなんか嫌だし。実を言うと、このプチトラブルの原因は見当が付いていて、ジタバタしないに限ると理解していたからだ。

 端的に言ってこれは“いじめ”である。ただ、この学校において、こんなしょーもないいじめをする奴というのは決まっていて、そいつは俺が困るのを見て満足したら、勝手にいじめをやめるような奴だ。つまり対処法は“無視”に限る。付き合うのも馬鹿馬鹿しく、付き合わないでも満足する奴なら、勝手に満足すればいい。


「へーへっへっへっへ!! やーい高橋たかはし、困ってやーんの!!」

「コマッテヤーンノ!!」


 ……そう、こいつ。


 昇降口を出た途端、頭上から聞こえた声。まさかこいつが、同い年とは思えない。如月きさらぎなどと比べるのはさすがに酷だが、クラスの中でもこいつの幼稚さというか、品の無さはヤバい。まぁそのくせ微妙に出席率は良い方なのだが、こういう風に朝っぱらからいるのは珍しい。


 雁室かりむろ遠矢とおや


 俺の上履きを隠した張本人である。本人はカッコつけてるのかもしれないが、今日もなんだかダサい髪型で、ブレザーの下にもダサいシャツを着込み、ダサいアクセサリーをジャラジャラ下げた不良の格好をしながら、片手に俺の上履きを持って、屋上に立っていることだろう。肩には〈ウィスプ〉と総称される、緑色の人魂ひとだまみたいな生き物がくっついているはずだ。……俺はそいつを完全に無視して、中等部の昇降口へ向かっているのだが。


「おらおら! 高橋、許しを乞え! 泣きわめけー!!」

「ナキワメケー!!」

「ハハン! 強がったって無駄だぞ~~~~!!」

「ムダダゾ~~~~!!」

「おらっ、こっち向け、高橋! き……聞こえてないのか?」

「エッ、ソンナ」


 なおも無視を続けていると、雁室はしびれを切らしたようだった。視界の端で屋上から飛び降り、昇降口の玄関の上に突き出したひさしに着地。「おいこら!」と俺に向かって呼びかける。「オイコラ!」と、ゆるい顔つきの鬼火おにびが、子供みたいな声で復唱する。……サイズはポコと同じくらいだ。


「コラコラコラ! 無視すんなモブ! 凡人! 無能!!」

「モブ! ボンジン! ムノー!!」

「振り向け! こっち見ろ! 泣き喚け~!!」

「ナキワメケ~!!」


「……ったく、なんだよ」

 なんか甘えてくる子供を無視してるみたいで、変な罪悪感が沸いてきたので、ついにそちらを向いた。……まあまあまあ、予想通りの雁室の姿だ。


「見ろ!! ここにお前の上履きがあるだろ!?」

「アルダロ!?」

「まあ……あるな」

「どうだ!? 困っただろー!?」

「コマッタダロー!?」

「……いや、そんなに……」


 別にスリッパの貸し出しにペナルティがあるわけでもなし、それを履くのに抵抗があるわけでもなし、唯一上履きが必要とされる体育の授業も、もともと忘れ物常習犯が多いこの学校では、シューズの貸し出しを行っているから、きちんと申請すれば困るものでもない。……というわけで、本当に、それほど困ってないのだが。


「ハッハッハー!! 強がったって無駄無駄無駄ァ!!」

「ムダムダムダァ!」

「…………」


 盛り上がっている二人を見ると、自分が冷めてるのが、なんだか悪い気がしてくる。ごめん……でも、マジで困ってねぇんだわ。うん、まあちょっとは困るけど。ちょっとは。

「…………」

「おいおい、どこ行くつもりだモブゥ! 恐れおののいたか!?」

「オノノイタカ!?」

「あー、うん。そういうことで……」

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人を置いて、俺はてくてくと歩き始める。その間も「おら逃げんのかー!」「ニゲンノカー!」「軟弱者ー!」「ナンジャクモノー!」と、随分と口の悪いカエルのうたが聞こえてくる。どうすればいいんだよ……

 と、そのとき。


「あれ? 高橋、はよ~っす」


 向かい側から声をかけてきたのは、刀が入ったケースを背負う、顔に傷跡が入った男子生徒――クラスメイトの夜崎よざきれいだった。以前、朝の学校に来てからというものの、最近は週二くらいの頻度で朝のホームルームから参加していた。普通の人間じゃ行けないルートで、時たま屋上なんかからも登校してくる夜崎だが、今日は珍しく地上を歩いている。

「どしたん? 帰るの? 忘れ物?」

「い、いや。そういうわけじゃねーよ」

 小首を傾げる夜崎に、「その……」と説明をする。

「上履きを盗られて。今から事務室に借りに行くところ」

「盗られた!? 誰に? カラスか?」

「カラス……ではねぇかなぁー……」

 チラッと背後に気を配ると、夜崎に気付いているのかいないのか、雁室と鬼火のよわーい悪態は続いていた。「弱虫ー!」「ヨワムシー!」「ちびってんだろー!」「チビッテンダロー!」「おねしょー!」「オネショー!」


六条ろくじょう疾風はやて〉」

 夜崎の短い詠唱が響いた。燃え尽きた灰の匂いが香る。振り返ろうとした瞬間、背後で小さなつむじ風が起こり、振り返る前にすべて終わっていた。ひさしにのっかる雁室の背後に、夜崎が刀を構えて立っていたのだ。

 ヒッ、と雁室と鬼火の顔が引きつる。

 が、夜崎はいつもの調子で、


「おーいー。お前まえも盗んだろー? ほら、高橋に返してやれって~」

「ど……どうぞ」

「ほい」


 上履きを受け取ると、夜崎は構えていた刀を下ろす。

 ……こいつが本気で雁室の首を取ろうなんてことはしてないし、もっと過激な“ちょっかい”を加えてくるやつもいるから、これはあくまでレベルの高い“たわむれ”だ。少なくとも、〈主人公〉どもにとってはそうらしい。それに俺を巻き込むのは、本当に、心から、遠慮願いたいのだが。

「高橋! ほら、上履き」

 地上にスタッと降り立った夜崎は、落ちてた消しゴムを拾ってやったくらいの軽さで、盗られていた上履きを俺に差し出す。

「おう……サンキュ」


 普通にありがたいのと同時に、俺だって人間だから、いじめっ子が懲らしめられれば、人並みに清々してしまう。雁室はどんな顔をしているのか、見てやろうと顔を上げると、大きな身体で壁をタッタッタと駆け上がって、屋上に向かう後ろ姿が見えた。

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