番外編1 今日は夜崎におみやげがあります

01.

「今日は夜崎よざきにおみやげがあります」


 教室にて。「昼休み教室にいて」とか如月きさらぎから連絡があったので、夜崎と昼飯を早々に済ませて教室に戻ると、少しして登校した如月が、改まった態度で夜崎の方を向いた。

「おみやげ? なに?」

 席で喋っていた俺と夜崎は、そんな如月を見上げて答えを待つ。精神年齢が小学校高学年くらいでストップしている夜崎だから、“おみやげ”“プレゼント”“おまけ”は率先して食いつく三大フレーズだ。……まぁ、大人でも好きな人はいるか。

 ともあれ「ふっふっふー」と如月はたっぷり勿体ぶったあと、背中に回していた両手を大げさな動きで前に持ってきて――


「じゃーん! ポコでーす」

「ぽ、ぽこぉ~~~~」


 ……ポコがおみやげ扱いにされていた。

 如月の両手で捕獲されていたポコは、夜崎の机の上に載せられ、「OH……」と困惑気味の様子。一方、夜崎は「おー!!」とテンション高めだ。

「えっ、触っていいの!?」

「ふふん、今回は取引の上だからね。そうよね、ポコ?」

「む、むむむむむ……ザッキーぽこね!? ザッキーぽこね!? タカハシはいやぽこ! いやぽこよ~!」

「そ、そんなに連呼するほど嫌か」

 嫌われているのは承知しているが、さすがにそこまで言われるとへこむ。……今日は少し優しくしようかな……。

「俺だぞっ! それーっ!」

 夜崎は勢いよくポコをキャッチすると「あう!」とびっくりするポコに構わず、ネコを可愛がるようにむにむに体を撫で始めた。「すげー!」「やわらけー!」「ふかふかしてるー!!」と、かなり楽しそうだ。いいなぁ。

「えーと……取引っていうのは?」

 自分の気を逸らす意味も込めて、俺は如月に話題を振る。とはいえ、以前これを提案したのは俺自身でもあるから、まあ大体見当は付くんだけど。


「〈フルール〉の子たちに戦い方の指導をしたの。その代わりってこと」

「ああ、あのピンクのと青いのと……〈リラフルール〉と〈ミオフルール〉だっけ」

「そーそ。まだ二人なんだよね~。時期的には、そろそろ三人目が来るはずなんだけど」


 ここ数年、似た系列の少女戦隊に構っている如月なので、その辺の事情は俯瞰で理解しているようだった。まぁモブ目線からすると、メタいこと言ってるなぁとは思うが。

「次来るとしたら……緑とか? 黄色か?」

「統計的に見て黄色かな~。他の可能性も十分あるけど。二人ってこともあり得るし」

「統計的って……」

 いよいよ発言がメタっぽくなってきた。とはいえ俺は、いわゆる少女向けより、少年マンガ系に憧れて育った部類なので、そっちの畑のことは詳しくない。

「黄色ってことは、あれか。如月と同色か」

「ピンポーン。あ、でも私は五番目だった~。黄色にしては遅いかも」

 如月はそう言いながらダブルピース。他の色は? と尋ねると、

「まぁ形式上、私は黄色だけど、一応色じゃなくて宝石で振り分けてるんだよね。だから私はアンバーで、あとはルビー、サファイア、エメラルド、アメジスト」

「あ、ピンクがいない。ピンク主人公じゃないのか」

「んーん、ルビーが赤ピンク兼用みたいな感じだった。髪はピンクだった」

「へえー」

「ちなみに私末っ子キャラだったよ。他は二年生と三年生だったから」

「マジか」

 それは初出情報だった。へぇ、しっかり者の末っ子キャラというところか。

 すると夜崎にもちもちと撫でられていたポコが、「あうあうあう~、キララはね~」と夜崎に揉まれながらちっちゃい口を開く。


「昔はね~、今より天然だったぽこよ~。よく突っ走ってピンチになったり転んだり、その割に強気で一回他のメンバーと大喧嘩したことが――」

「ポコ? ねえポコ、いいことしてあげようか?」

「ひぇっ!? ザッキー助けてぽこ~!」

「おっ、おっ?」


 如月の闇に満ちた微笑みに、ポコがスイと夜崎の手を抜けて、後頭部にぴょんと跳んで隠れる。「うわ~、やわらけ~」と夜崎は相変わらず楽しそうだった。

「…………ふっ」

「ちょっと高橋たかはし。今どうして笑ったの」

「いや、別に今とそんな変わんねーなー……って」


「……………………」


「やっ、やめろやめろ! 夜崎の刀を無言で振り上げるな!!」

 随分とエグい少女戦士だった。容姿も性格もフレンドリーな分、刀を手にしたときのギャップが怖い。

「ほらポコー、出てこいよー。別に如月怖いことしないって」

 夜崎が後頭部に隠れていたポコを出してまたむにむにと揉む。「あっ、もっと上の方がいいぽこ~」と、ポコは完全にマッサージ状態だ。…………。

「あっ、タカハシ! 今触ろうとしたぽこな!?」

「えっ、なんでバレた」

「わかるぽこよ~! 邪念を感じたぽこ!」

「邪念て」

 俺の触りたい欲望は邪念なのか。……うん、邪念か。

 とはいえ、夜崎には触らせてくれてるんだし。触られること自体は嫌そうじゃないし。

「えー……触ったらだめか? お前、柔らかくて触り心地いいんだよな」

「だめぽこ! タカハシは撫で方が乱暴ぽこ!」

 そう言われると確かに前科があった。

「悪かったって、ああいうのはもうしねぇよ。頭撫でるだけは?」

「わ、わりと本気で触りたいぽこね……まあ頭くらいならいいぽこ」

 とまぁ、許可を得てさっそくポコの頭をむにむに撫でる。おお、気持ちいい……あれだな、大きめのハムスターとかチンチラとか、こんな感じじゃないだろうか。ぬいぐるみに感触は似ているだろうが、やはり生き物にしかない温かみがあって……。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「なっ、撫ですぎぽこ~~~~っ!!」

「はっ」


 ポコに叫ばれてようやく我に返った。や、やばい。これは中毒性がある。

「わ、悪い悪い。つい無意識で」

「ポコがハゲたらどうしてくれるんだぽこ!」

「あ~、そっか。ポコもハゲるのか。ふ~ん」

「ザッキーなに考えてるぽこ!?」

 ポコがヒャッと夜崎を振り返る。まぁ夜崎は何か企んでいるようで、そういうときほど何も考えていないような男なのだが。このときも、全く別のことを考えていたようで。

「あー、いーなーいーなー。如月のとこはマスコットキャラがいるのか~」

「少女モノは多いかもね~。モノによりけりじゃない?」

「俺のとこはいないんだよな~。龍神と〈悪鬼あっき〉と~、鷹とか鷲とか。ああでも、猫はいたかな。でもどれも喋れないんだよな~」


 龍神って前に俺を襲ったやつか。あれはマスコット扱いでいいのか。


「喋れるパートナーが欲しいってこと?」

「あー、欲しいのは俺じゃなくて」

「ぽこっ。ザッキーにぽこは必要ないぽこか……?」

「ん~、戦場に出すのにはちょっとあぶねーかなー」

 なんか真面目に返事をしている。まぁ、夜崎と如月では戦場のタイプが違うだろう。

百花ももかのとこにポコがいてくれたらなーって」

「ぽこ? モモカぁ~……ぽこか? 桃は好きぽこよ?」

「あっ。ポコには百花のこと、まだ話してなかったもんね」

 ポコの国にも桃はあるのだろうか……それとも誰かの家で食ったのかな、という俺の密かな疑問は、一瞬浮かんですぐに消えた。あー、ポコと百花かぁ……。

「前に如月言ってなかったっけ。百花に〈神の宝石〉をどうとか」

「そうそう。ねーポコ、今度百花って女の子に、〈シャイニー〉の適正があるか見て欲しいんだけど」

「〈シャイニー〉の適正ぽこか? キララは仲間が欲しいぽこ?」

「うーんとね、友達に少女戦士に憧れてる子がいて」

 如月が簡単に百花について説明すると、ポコはふむふむと頷いた。


「ぽこ……〈シャイニー〉の適正があるかどうかは見れるぽこ。けど、それと〈神の宝石〉に選ばれるかどうかは、別の話ぽこよ。それにポコの国は、今は別にピンチでもなんでもないぽこ。そもそも〈シャイニー〉を選ぶ必要がないぽこね」

「じゃあどうして私はまだ〈シャイニー〉なのよ」

「あぶー。それを言われると弱いぽこー」


 如月がポコのほっぺたをぶにょーんと伸ばす。おお、すげぇ伸びるなぁ……。

 その隣で、夜崎は「んー」と鼻を鳴らした。

「戦えるかどうかはどっちでもいいけどなぁ。百花ってずっと家にいるからさ、こういう話し相手というか、遊び相手がいればいいなーと思うんだよな。これくらいのサイズ感なら普段から鞄に入れておけるし」

「“サイズ感”て」

 小型家電の売り込みみたいだった。

「でもまあ……百花が気に入りそうなのはわかる。かわいいものとか好きそうだよな」

「一度会ってみればいいよね~。ポコも、百花のことは気に入るだろうし」

「モモカは優しい子ぽこか?」

「すっごいかわいいしー、優しいしー、かわいいよー」

 相変わらず如月はデレデレだ。あれから、メッセージアプリでもやりとりをしているのをよく見るし、なんなら「百花とデート中(ハート)」などという写真を自慢されたりしたから、けっこう遊んでいるようである。

「ぽこ~、会ってみたいぽこ!」

「それじゃ、週末会う予定あるし、一緒行こ。せっかくだし二人も来たら?」

 如月が俺たちに話を振る。「いいのか?」と俺が聞き返す横で、「行きたい!」と夜崎が手を挙げる。ポコも真似して手を挙げる。……兄弟みたいだな。

「おいでおいで。高橋はなに遠慮してんの?」

「いや。男子が邪魔しちゃいけないやつかと思って……」

「どういう知識よ。別にいいじゃん、一緒にあそぼーよ」

「あっ、ゴーコンってやつ!? もう一人増やして男女の数そろえる!?」

「お前こそ、どこの知識だよ……」

 夜崎の変な提案に、ツッコミを入れずにいられない。そしてしれっとポコが人数に入っている。というか、ポコの性別って……。

「じゃ、百花にも確認とってみるから。あとで連絡するね」

「あとで?」

「百花の学校、スマホ禁止だから」

「あー、なるほど」

 相変わらず、百花嬢の置かれている環境は厳格だった。俺たちと同い年で、遊びたい盛りのはずなのに、よくグレないな。

 すると夜崎がワクワク目を輝かせながら、


「やった、休日に友達と遊ぶの初めてだ」

「あれっ、そうなの?」


 如月が驚いた様子で振り向く。

「ぽこっ? ザッキーは友達と遊ばないぽこか?」

「ううん……? 高橋と如月と、放課後に寄り道したりはするけど」

「あ~……そうか」

 そうだ、星を見に行ったときにそう聞いたな。夜崎の方が忙しくて、誘うタイミングを見失っていたが、これは良い機会かもしれない。遊びに行くのにいい場所なんてあったかな……などと考えていると、夜崎が気にしていたことは、予想の斜め上で。

「服ってどうすればいい? 制服でいい?」

「制服」如月がオウム返しになって固まる。「制服~……でもいいけど」

「普段着は? どんな服着てるんだ?」

 考えてみると、夜崎の私服は見たことが無い。学校でしか会わないし。

「兄さんたちのお下がり」

「あ。じゃあ」と、如月が手を叩く。「夜崎の服、買いに行こっか?」

「え、ほんと? いいの?」

「どこで買うんだ? このあたりだと駅前のデパートくらいだろ」

 俺が尋ねると、如月は「う~ん」と悩んでから、

「そしたら、二駅となりのショッピングモール行こうよ」

「ぽこ~。ポコは外にいると静かにしてなきゃいけないから、退屈ぽこ~」

「わかったわかった。それじゃ、喋れる時間も作るから」

「それならいいぽこ~」

「え? 電車乗るの?」

「もちろん。……まさか、走って行くとか言うんじゃないでしょうね」

「ううん。電車乗るの初めてだ。多分」

「マジで!?」


 俺と如月の声が重なったと同時に、午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴る。衝撃覚めやらぬうちに、「ポコはそろそろ帰るぽこ~。キララ、お疲れさま~」とポコは姿を消して自分の国に帰り、俺たちはそれぞれ授業の準備を軽く放心状態で始める。そうかぁ……夜崎って……。

「たっ、高橋」

「え、何?」

 夜崎が急に振り返るので、俺もなんだか慌て気味に顔を上げる。すると夜崎は、両手に教科書を何冊も束ねて持って、

「次の授業、セカイシだよな。教科書どれだっけ」

「ああ、それとそれ」

 たまたま背表紙が見えたので、該当する冊子をちょんちょんと指で指し示す。

「あっ、これか。わりー、いつも教えてもらって」

「いいよ、そんくらい。わかんなければ、何度でも聞けばいいんだから」

 そんなこと気にしてんのか。俺は苦笑いしてしまった。




 ちなみに。

 夜崎が週末に着てきた私服というのが、詔八しょうはちさんのお下がりで、めちゃめちゃダサいTシャツだったっていうのは、ここだけの話である。

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