13.
そこからの会話は途切れ気味だった。親父さんは終始周囲を気にかけており、時折インカムで連絡を取っていて話しかけづらく、俺は、
ただ、一人暮らしのアパートの前で別れるとき、
「できれば、これからも、
別れ際にそう告げられたとき、すぐに返事をできなかった。
とっさに答えた、
「俺の方が、友達でいてもらってるようなモンなんで」
の言葉が、正解だったとは思えない。
「では」と行ってしまいそうになった親父さんに、ふと思い出して、
「いつもお疲れ様です」
と告げると、
「役目ですから」と親父さんは薄く笑った。「おやすみなさい」
返事をする隙も与えられず、親父さんは軽やかにその場を去って行った。
俺は蚊帳の外に追い出された気分で、しばらく玄関で立ち尽くしていたが、自分がただ拗ねているだけだと気付いて、我に返って部屋に戻った。
〈物語〉には閉塞感がある。
一般人に見えないところで起き、外部に漏らされることは無く、知らない間に何もかも終わっている。知ろうと興味を持ったところで、こう言われてしまえば何も言い返せないのだ――お前に何ができるんだ? と。
何もできないとわかっている以上、それ以上は踏み込めない。
俺たちも、この町も、知らず知らずのうちに誰かに守られている。それは夜崎とその家族であり、それ以外の〈主人公〉でもある。彼らが作った平和を享受して、その下で呑気に暮らしているのだ。
あの学校にいると、そういう劣等感にばかり気付かされる。
俺は“主人公”になれないのだという、現実に。
「……だから絶対、あの学校、俺には合ってないんだよ。
溜息をつく。声に出した方が、この部屋の――昔、彼も使っていた部屋の、どこかに取り憑いているであろう帷さんに、言葉が届くような気がした。
もちろん、届いたとて返事は無い。すぐには部屋に入らず、砂まみれになった服と身体を洗うため、先にバスルームに足を踏み入れて制服を脱いだ。はたくと案の定、制服の隙間からポロポロと砂が落ちてくる。多分、髪も酷いことになってるだろうな……と鏡を見ると、見慣れた自分の顔が、嬉しそうに、少し笑っていることに気付いた。
「マジかよ」
ついに気でも狂ったか。無茶苦茶な話に巻き込まれて、バケモンに襲われかけて、身内の喧嘩を見せられて、友達の親と二人っきりにされたのに、何ニヤニヤしてるんだろう……と、ひとしきりネガティブなことを並べ立てたあと、最後は認めざるを得なかった。
多分――友達に頼られて、嬉しかったんだ。
翌日、夜崎は学校を休んだ。
俺は親父さんの話を反芻していた。夜崎が来たとき、家庭の事情がどうこうと言われたことについて、何か気を使うべきなのかと少し悩んだが、いつも結論は同じ。
俺に何ができるっていうんだ?
誰かに何かの役割を望み、結果を期待するとき、選ばれるのはそれに相応しい人間だ。あの親父さんが何か望むとしても、その相手は俺じゃない。だから、何かを変える必要だって無い。夜崎自身がそれを望まない限り。
夜崎が来たのは数日後の午後だった。俺と如月が食堂から教室に戻ると、いつかのように「あ!」と声を上げ自席から立ち上がり、真剣な顔で懐に手を突っ込み、
「スマホもらった!!」
端末を手に第一声。俺が拍子抜けしている隣で、「あれから大丈夫だった?」と如月が心配すると「めちゃくちゃ怒られた!」とカラッとした返事。
それから続けて、少し気まずそうに、
「あの、ごめん。この前のこと」
騒がしいのはいつものことだぞ、と茶化そうか迷ったがやめた。「親父さんたちが来たときのことか?」と尋ねると、ウンと小さい返事。
「もう少し上手くやれると思ったんだ」
「仕方ないでしょー」と如月が軽く言う。「怪我もしてたし。もう無理しないでよ」
「うん。高橋もごめん。危ない目、遭いたくないって言ってたろ」
「…………」
まっすぐな謝罪に、何も言えなくなる。
ニヤニヤ笑う自分の顔を、鏡で見てしまったから。
「……いいよ別に。あの……」
頼られて嬉しかったし、なんて。
言えずに黙ってしまう。二人とも続きがあると思ったようで、次の言葉を待っている。言いたくないから話変えてくれよ! と、思ってみるものの、こういうときに限って二人は律儀だった。いや、律儀なのは前からだったか。
……けど、思ったことを、素直に言う気にもなれないので。
「あの~……」
「あの?」
促すような如月の相槌に、俺は、ウーンと唸ったあと。
「…………星も綺麗だったし……」
「…………」
「…………」
なんとか絞り出した言い訳に、二人はきょとんを俺を見ている。……なんか、最近もあったよな、こういう場面。
だが二人は茶化すわけでもなく、
「……高橋、星好きなんだな?」
「はっ?」
「あっ、そうそう! 流れ星見えた? 結局ゴタゴタして見そびれたんだよね~」
特に引っかかるでも、からかってくるでもなかった。二人ともピュアすぎる。「ちょっと見えた」と答えると、如月は「いいな~! 今度百花にも教えてもらお~」と歌うように言った後、ふと思い出した様子で「そうだ」と夜崎に声をかけた。
「スマホ買ったなら連絡先交換しようよ~」
「あっ、俺も欲しい。どうすればいい?」
俺も自分のスマホを取り出して、「電話番号? アプリ入れてる?」と尋ねると、「う~ん、わかんね」と首を傾げる夜崎に、「見せて」と如月がスマホを借りる。まだアイコンの少ない画面に、連絡用のアプリが一つだけ入っていた。俺と如月も使っている、恐らく一番メジャーなメッセージアプリ。
「あ、これね。開いていい?」
如月に「いいよ」と夜崎が頷く。「百花も同じやつ使ってるから、聞くといいよ~」などとアドバイスしている。いつの間にか連絡先を交換していたらしい。
俺も横から画面を覗き込む。まだろくに連絡先なんて無いだろうと思っていたら、連絡先一覧の画面にはずらりと名前が並んでいる。見覚えのある名前も見かけたので、「もしかして」と夜崎に尋ねる。
「これ、家の人か?」
「うん。家の中の呼び出しとか情報共有とか、スマホでしてるみたいだから」
「なんか現代的だな……」
一様に和服で現れたくせに、スマホをバリバリに使っていると思うとシュールだ。「思った~」と如月も同意してくれている。スマホ便利だけどさ。
不意に如月が、連絡先の一つに目を留めた。スマホを指さして、夜崎に画面を見せ、
「あの、夜崎。これもしかして、この前来てた“ショウハチさん”……?」
「ん、なんかピンクのやつ? そうそう」
俺も如月が指し示したアイコンを見ると、ピンクの変な顔をしたキャラクターがアイコンにされていた。……なんかこれ、見たことあるな……。
「あ!! これ知ってる、昔流行ってた動画のキャラだ! なんかカオスなアニメの!」
「あーーーーっ!! それ!! 私も見たことある!!」
「え、何? 二人知ってるやつ?」
何年か前にインターネットで流行ったショートアニメのキャラクターだった。シュールというかカオスというか、率直に言って、ちょっとぶさいくな顔のウサギのキャラである。グッズ展開とかもあったから、人気はあるのだろうが。
「あの人、これ好きなの!?」
「マジかよ、めちゃくちゃ怖かったのに……」
「好きみたいだよ。Tシャツとかも持ってるし」
「嘘だろ!?」
「嘘でしょ!?」
ホントホントと頷く夜崎に、いや信じられんと俺と如月が問い詰める。ギャアギャア騒いでいると、カララと教室のドアが開いた。
「もうすぐ授業始まるわよ~。準備してね~」
次の授業の担当で、クラス担任でもある女性教師が、呼びかけながら教室にコツコツと入ってくる。だが、俺たちを含め、生徒たちが呼びかけに応じて席に着こうとした瞬間。
ドォオオオオン!!
多目的運動場から爆発音。校舎も震えるほど大きな衝撃で、滅多なことでは驚かないクラスメイトたちも、顔を上げている。おっとりとした担任は「あら」と、頬に手を当てて、何者かが来たであろう窓の外を向いていた。
「何か来たわねぇ。誰の〈物語〉かしら?」
何人かの生徒が窓の外を見やる。俺たちも運動場側の窓に顔を出した。運動場でもわもわと土煙が舞い上がっていて、やって来たものの正体は見えない。
「やばそうなやつか?」と俺が両脇の二人に問いかけると、「まだわかんないな」と夜崎が言った。「大丈夫、大丈夫」と如月が肘で小突いてくる。
「何が来ても、私たちがどうにかしてあげるから。ね、夜崎?」
「おうよ、任せとけ」
二人があまりにも頼もしくて、「はは」と笑みがこぼれる。
春風が吹いた。土煙が押しやられ、中におぼろげな影が見えてくる。
少しばかり緊張して、逃げ出しそうになる身体を、大丈夫だ、と宥める。大丈夫、俺には、頼もしい友達がいてくれる。
土煙の中から姿を現したのは――
〈主人公〉になれなくたっていい。
二人がこの世界の“主人公”でいてくれるなら、俺にはそれで十分だ。
今ならそう思えるよ、帷さん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます