10.
あくまで“
「〈
「ハガネ?」
隣の
〈破銀〉は随分と巨大だった。豪邸とまでは言わなくても、別荘くらいのサイズはありそうだ。遠くにいるからギリギリ見れるが、目の前にいたら泣いて逃げる。
すると
「星見てて! こっち片付けとくからさ~!」
「集中できるか!!」
反射的にツッコミを入れる。星を見せようだなんて、随分ロマンチックなことを言うじゃねぇかと感心したが、なんだろう。こんな近くでドンパチしながら、俺たち一般人がまったり星見れると思ってたのか?
などと内心ツッコんでいる間に戦闘を始めたらしく、最初は困惑気味だった
ひとまず安全は確保できたので、欄干に寄り掛かってぼんやり星と戦闘を眺めていると、まだ距離感の慣れない百花が隣に立った。それで、戦う夜崎達を見て、
「
「え?」
斜め上からの質問。
「あんなって、どんな?」
「ええっと」
百花も具体的には考えていなかったらしい。小さな顎に細い指を当てて、「その……」と。
「屋敷の印象だと、こういうことは……いえ、奔放な方とは伺っているんですけれど、一族の基本理念に忠実で、あまり危険を冒さないと、思い込んでいたので」
「……いや、あいつけっこうムチャクチャだろ」
とりあえず、“忠実”とかいう言葉とは無縁だ。忘れ物とかしょっちゅうするし、授業中の受け答えとかも「え~っと~」みたいな言葉遣いでふわふわしてるし。あと、朝っぱらから龍呼び出すし、家の塀とか屋根とか伝って登下校するし。
ただ、
「まぁ、いいやつだよ。いつも助けてくれるし」
これも、確かだ。
百花の話の意図とは少し食い違ったのかもしれない。「そうなんですね」と、どこか飲み込み切れていないような反応。それは、今日、既に何度も感じた違和感でもあった。
「そっちこそ、夜崎のこと、なんかあんまり知らないふうじゃないか? よそよそしいっていうか。勘違いだったら悪いんだけど」
予防線を張って尋ねると、「あ、そ、その通りです」と、百花も少し気まずそうに、だがなんだかホッとした様子で肯定された。
「零様と直接お話ししたのは、昨晩が初めてだったので……」
「へー……は? 昨晩!?」
思わず上げた大声が、運動場から聞こえる、チュドーン、バキーン、みたいな戦闘音に掻き消される。百花が、少し恥ずかしそうに顔を俯けて、「そうなんです」と返事をするのがなんとか聞こえた。
「その時は、とても落ち着いた方だと思って」
「ほぼ初対面の女子をさらってきたのかよ……」
てっきり旧知の仲かと思っていたが、夕方に見た二人の気まずさには納得できた。そこは納得できたんだが、これはむしろ、夜崎の非常識っぷりが加速している気がする。
その証拠に、百花の顔が明らかに強張っていた。い、いかん。これは、夜崎の名誉を守る方向で進めた方がいい。
「あの、多分、百花に対して変な気があったってわけじゃなくて。本気で心配になっただけなんだよ。あいつ、根っこ善良だし、異性に興味あるとか聞いたことないし」
「あっ。わ、わかりますよ」
まくし立てる俺に、気を使った様子で百花が首を縦に振った。運動場の方から風が吹いて、彼女の長い髪を乱す。それを耳にかけながら、空を見上げていた。
空を星が横切った。
「……わたくしも、儀式の類い以外で、夜間に外出するのは久しぶりだったので……忘れてたんです。夜の匂いとか、風の涼しさとか湿度とか……全部どうでもいいんです。どうでもいいんですけど、零様はそういうのを、蔑ろにしないでくださったんですよね」
「……そう。そう」
わかるよ、と言いたかった。
けど、上手く言葉になってくれない。
なんでだ。
「っていうか」と話題を変える。「初対面なんだな。家、近いかと思ったけど」
「それは――」
百花が言いかけたとき、こちらに何か飛んでくる気配がした。
とっさに百花の身体を掴んで、「キャッ」と叫び声が上がるのも構わず、その場に伏せさせる。頭上を大きな塊が勢いよく通過、後ろにあった校舎に、噛み終わったガムのように、ベン! と貼り付く。遠目に見ると白っぽく、蜘蛛の糸の塊に見えた。
「おい、こっち飛んできたんだが!!」
運動場にクレームを入れると「ごめん!」と如月から返事があった。
いつの間にか、蜘蛛の脚は半分ほど切り落とされていた。少なくなった脚で巨大な身体をなんとか支えながら、無様に倒れそうになっている。如月たちが優勢のようだ。
ただ、その横で夜崎が膝に手をついていた。
疲弊しているように見える。
蜘蛛が鋭い脚を持ち上げて、夜崎を狙うのがわかった。俺や百花が声を出す前に気付いた如月が、脚の関節に蹴り攻撃。蜘蛛の脚をバキンと折って、「ちょっと大丈夫!?」と夜崎に駆け寄る。
刹那、機動力を失った胴体と頭部が二人の方を向いた。仮面の下に大きな虫の顎のようなものが蠢いていて、口から何かを――普通の蜘蛛なら糸は尻から出すはずだが――吐き出そうとしているのが見えた。
「如月! 後ろ!!」
「っ!!」
俺が怒鳴ると、如月がパッと動いた。その場から軽やかにジャンプして〈悪鬼〉の視線を引くと、残っている蜘蛛の脚を踏み台にして、頭部に強烈なドロップキック。既にいくらかダメージが入っていたらしい仮面に、キックの衝撃でヒビが入り、そのまま慣性の法則で、全身がグシャシャシャと地面をスライディングしていく。
だが、胴体がひとしきり地面を滑って停止したときだった。
周囲に散らばっていた脚が動いた。
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