08.
「……
後ろで盛り上がる女子の会話を聞きながら、小声で尋ねる。今日の夜崎はいつにも増してボーッとしている。慣れないことをして緊張しているのかと思ったが、それだけじゃないかもしれない。
「え? うん?」
「怪我してるし。昨日〈
「あー、うん。ちょっと気絶してたから、寝てたと思う」
「は、はぁ!?」
そんな話は聞いてないんだが。
「頭の怪我したときに?」
「油断したんだよな~」
「その状態で来たのかよ!?」
「早い方がいいと思って」
ヤバい、話が噛み合ってない。けど、あくまで夜崎のノリは軽い。
「二人にさぁ早く相談したかったんだよ。やっぱスマホ持とっかな~」
「おお、そうしとけ……こっちまでヒヤヒヤする」
「けどさ~ちゃんと使える気ィしないんだよね~。機能? やれること? 多くね?」
「そんなん慣れの問題だから。むしろ早く持って早く慣れろ」
「あっ、たしかに~」
こっちは心配してやってるのに、楽しそうにケラケラ笑ってやがる。「何がそんなに面白いんだよ」と溜息をつくと、「楽しいな!」と相変わらず要領を得ない返事。よっぽど強く頭を打ったんじゃないか、という言い方は悪趣味な気がしたので、代わりに「酒でも飲んだか?」と冗談をかますと、「飲んでない!」と真っ直ぐすぎる返答。
「夜に一緒にいることあんまないじゃん。だから、楽しいな?」
「あー……まぁ、メシとか行っても、夕方には解散するもんなぁ……」
「
随分と極端な話だった。俺は延々と机に縛られるのはごめんだ。ましてや、自分より優秀な〈主人公〉たちに囲まれて受ける、劣等感ばっかりの授業だし。
っていうか。
「なら普通に、遊びに行けばいいだろ。学校じゃなくても、週末とか」
「え?」
夜崎がきょとんとした表情をしている。……変なこと言ったか?
「週末?」
「土日とか」
「え? いいの?」
「いいよ。てか、夜崎がそんな学校好きだと思わなかった。あんま来ないし……」
あと、思うだけでも照れくさいが、自分がそんなに好かれているとも思わなかった。こいつはマイペースだし、裏を返せば、どこにいても自分を保てるタイプというか。まぁペースが独特すぎてついて行けないときもあるんだが。
とにかく、如月についても同じことが言えるが、俺のことなんて、弱すぎてほっとけないだけなんだろうと思っていたのだ。
そうじゃないらしい。
「じゃ、じゃあ遊ぼう!」
「お、おお。いいぞ」
「あ」
ふと夜崎の視線が外れたと思ったら、次の瞬間には姿を消していた。背後からザッ、と布を素早く破るような音だけが聞こえて、振り返ると、捌かれた〈悪鬼〉が空中で塵になって消えるところだった。どうやってこの一瞬で刀をケースから抜いたのだろう。
「出てきちゃったなぁ」
「わ、わたくしの術の詰めが甘かったかも……」
俺と如月がぽかんとしている横で、夜崎と
「俺のアイデアの方が無茶だったかも」
「で、ですが理論は合っているはずです。……本当に大丈夫ですか?」
百花から確認が入る。不安そうというより、状況を冷静に判断しようとする、この〈物語〉に精通している、〈主人公〉の目つき。すると夜崎は、
「大丈夫っしょ。如月も高橋もいるし」
「は? 俺?」
変な声が出てしまう。如月はともかく、俺まで名指しを受けるとは思わなかった。
「俺がなんの役に立つんだよ」
「百花、〈悪鬼〉来たら高橋といればいいから。高橋、プロだから」
「プロって、なんのプロだよ……」
「えーっと、一般人。一般人のプロ」
「ひでぇ!」
反射的に言い返すと、如月が「あはは!」と声を上げて笑っていた。「それはそう! 高橋はプロの一般人!」
「もはや悪口だろ……」
しつこく悪態をつく俺に、「わ、わたくしも同じようなものですし」と百花からフォローが入る。いや、あんたも普通じゃないだろ、という気持ちと、人間としての器の差をナチュラルに見せつけられて二重で落ち込んだが、何が一番ショックかって、俺自身がそういう感想しか抱けないことだった。
「でもちょっと急いだ方がいいかもな。学校近いし、走ろう!」
「はぁ!?」
思わず叫んだ。が、夜崎は冗談ではなかったらしく、他の二人も冗談とは受け止めなかったようで、普通にジョギングが始まった。俺が後ろから文句を言っていたら、「疲れたらおんぶするよ」と夜崎と如月に優しくされたので、断固拒否した。
「つ、疲れた……」
学校まで走らされた俺は、ゼイゼイと息をする。
途中、「カバン持ってあげるー」と如月に荷物を持ってもらったはいいものの、それで追いつける身体能力じゃない。こちとら一般人だぞ。
百花も息は荒いものの、性差があるにも関わらず、俺と同じくらいしか疲れてないの、実はすごいんじゃないか。夜崎に「背負おうか?」と聞かれても、「大丈夫です、頑張ります!」と答えていて、俺も頑張らざるを得なかったところもあるというか……いや、今日会ったばかりの女子のせいにするとか、いくらなんでも情けねぇよ……。
「はい高橋、カバン」
「嫌だ、疲れた、持ちたくねぇ……」
「じゃ、もらったー」
「返してくれ……」
如月とのやり取りも、いつも以上に力が入らない。ぐだぐだになっている俺を、如月がひとしきり楽しそうに笑うと、「運動場まで持っててあげる」と、鞄をヒョイと肩に提げる。助かるけど、絶対に礼は言わない。言うもんか。
顔を上げると、見慣れた校舎が暗闇の中に佇んでいた。
活動している職員や生徒もいるのだろう。校舎にも寮にも、ぽつぽつ明かりが見える部屋もあるが、寮はベランダ側が校門から見えないようになっているためか、昼とはまったく雰囲気が違っていて……要は、夜の学校に来ることなんてあまり無いから、普段と異なる様相に、少しドキドキしてしまった。寮生がいるから出入りは可能だし、如月などは見慣れた風景なんだろうが。
俺たちは多目的運動場の方に向かった。
「わ。広いですね~……」
百花が溜息を漏らしたのを聞いて、「そういえば、敷地に入れて大丈夫なのか?」と夜崎と如月に確認を取る。「あー、いいんじゃない?」と軽く返事をする如月に、「生徒だけじゃなかったっけ」と念押しをすると、「でも〈悪鬼〉とか怪物とか、なんか悪い人とか、よく来るじゃん」と夜崎が言った。そこと同列に扱っていいのか?
目の前には、広々とした平地が広がっていた。
学園を空撮すると、敷地が大きく二つに分かれているように見える。建物がぽつぽつと建っているのが、学校の正門、校舎や食堂など、俺たちが普段利用している施設に加えて、“研究棟”と呼ばれる建物が揃ったエリア。
もう片方、町に面した方は、体育倉庫以外何も建っていない、土を固めただけの広場だ。純粋な面積は前述のエリアに劣るが、何も建っておらずまっさらな分、やたら広く見える。生活エリアから数メートル低く作られており、ショッピングモールの建設予定地にでも見えそうだが、学園では“多目的運動場”と呼ばれ、これで正式な施設の扱いだった。
一部主人公たちの身体測定や実験はこの場所で行われるし(例えば変身後の如月などは身体能力が飛躍的に伸びるので、一般的な運動場では足りない)、校内に魔物などが出現した場合は、ここまで誘導して戦うのが推奨されている。夜崎が「なんか悪い人とか、よく来るじゃん」と言っていたのも、間違ってはいない。だから百花も入っていいのかどうかは、俺には判断しかねるが。
ちなみに校舎からはそこそこ距離があるので、俺を含め、身体強化の異能が無い生徒からはすこぶる不評を買う場所でもある。
それは置いておいて。
「ほら百花、見て見て!」
校舎が建つ土地の崖際には当然欄干があって、そこに駆け寄った如月がはしゃいだ声で百花を呼ぶ。俺もつられて顔を上げる。
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