07.


 少し時間が進んで、夕方。


「わっ……わぁああ~~~~!! キララさん、かわいい、カッコいい、すごい!! すごいです……! えっ、えっ、えっ、あっ、握手していただけませんか!?」


 ……先ほどの公園と同じ川沿いで。

 橋の下で、ひと気の無い河川敷が、プチ握手会の会場と化していた。

 さっきまで震えながら心情を吐露していた百花ももかが、今は変身した如月きさらぎを目の前にして、テンション爆上げ状態である。キラキラした目で見上げる様子は、まさしく少女戦隊系のキャラクターに憧れる児童の姿に相似で……いや、まぁ、元気になったのはいいことだ。逆に如月がちょっと引いている。


「えっと、百花はこういうの好きなの? 変身する女の子的な……」

「好きです、大好きです! 憧れです!!」

「そ、そぉ~?」


 あっ、まんざらでもねぇな、あの表情。

 話によると、自宅に引きこもっている時間が長いのもあって、インドア趣味の造詣が深く、特に少女向けのアニメが好みだそうで、如月の正体を明かすと、ご覧のテンションの上がりようだった。

 ちなみにこんな様子だが、先ほど散々迷惑をかけた、百花のお嬢様学校には連絡済みである。さらわれたわけではなく、知り合いからダイナミックな出迎えを受けた、ということで丸く収めたらしい。

 とはいえ、思った以上に凄まじい喜びようなので、なんかもう、今日、百花に見せるものの主旨、こっちでいいんじゃねぇかなと思った。いや、でも、これ言うの野暮なんだろうな。


 ……多分なんだけど。


「えーと、夜崎よざき

「うん?」

 盛り上がっている女子二人を置いておいて、俺は隣にいた夜崎を呼ぶ。……呼んだはいいものの、どう声をかけるべきか困った。

「作戦、上手くいきそうか?」

 そう尋ねると、「んー」と夜崎は小さく唸った。「結界の外にいる限り、見つからないとは思うんだよね。古い結界だと百花は探知できないみたいだし、魂って時間をかけて場所に焼き付くものだから、一日連れ出すくらいなら、他の土地が極端に危険に晒されることは無いと思うんだ」

「……え、えーと……隣町の人らが、いきなり襲われたりはしないってことか?」

 専門家の言葉で話す夜崎に、俺なりの理解で聞き返すと、「うん」と肯定される。「ウチの一族は、ずーっと、征刻せいごの町に留まって、〈悪鬼あっき〉を引きつけてきたんだって」

「結界ってのは? 町に、こう、センサーが張ってある、みたいな?」

 イメージだけで確認をとる。「そうそう」と夜崎は頷いた。

「どこで〈悪鬼〉が出たとか、わかるようになってるんだ。俺は距離か目視じゃないとわからないんだけど、〈結界けっかい流〉のヒトはアクセスすればわかるらしいね。……ああ」


 何か思い出した様子で夜崎が顔を上げる。


「兄さんには見つかっちゃうな。っていうか、もう見つかってるかも。どうしよ」

「……ん? 夜崎、兄貴いんの?」

「いるよ。言ってなかったっけ」

 初耳だった。たまに、ウチのヒトが、という言い方はするが、兄貴だとは聞いたことがない。俺もとばりさんのことがあるので、いるんだとしたら親近感が湧かなくもない。


詔八しょうはちさんですか?」


 女子同士の会話を切り上げたらしい百花が、後ろからヒョコッと顔を出して尋ねる。如月といろいろ話したおかげか、すっかり同年代らしい態度の柔らかさになっていた。

 夜崎は「ううん」と首を横に振った。

「百花を見つけたヒト。〈水晶すいしょう流〉の」

「えっ、あ」と、百花はなぜか気まずそうに言葉を詰まらせる。「ええと、お噂は……十路じゅうろさんですね?」

「うん、そう。百花、兄さんと連絡できたりしない?」

「あ、いえ、ごめんなさい。わたくし、夜崎の方の連絡先は持っていなくて」

「あちゃあ。俺、電話持ってないんだ。……まぁ、兄さんだったら大丈夫かなぁ」

 心配してるんだか、してないんだかだった。夜崎に判断を任せるほかない。話題が一度途切れたのを見計らって、変身済みの如月が「お兄さん何人もいるの?」と尋ねた。「高橋たかはしにお兄さんがいるって話は知ってるけどさ」

 すると夜崎は、「うーん、多分」と微妙な返事。

「いるんだと思う」

「……どういうことだよ?」

 ツッコんでいいのか危うかったが、黙り込むのもおかしい気がしたので、ふわっと尋ねておいた。横にいた百花が「難しい事情なんですよね」と苦笑していた。


 ……難しい事情、ねぇ。


 今回、夜崎発案の“作戦”に、「やめといた方がいいんじゃね?」と正論をかましづらい理由が、この辺だった。「百花のため」という名目だし、実際その通りに動いてはいるんだが、なんか、夜崎自身がそうしたいんじゃないか?


 百花のコンプレックスに沿って話が進んでいるが、その実、その下に夜崎のコンプレックスが隠れていそう、というか。


 ……いや。そう見せかけて、何も無いかも。

 本当に、ただ百花を憐れに思って、イタズラ気分で作戦を思いついて、家の人たちが困るのも構わずに、やりたいようにやってみようと思っただけかもしれない。それはそれで健全だと思う。


 まぁ、いずれにしろ、俺は夜崎に逆らえないし。


「そろそろいい時間だし、行こう」

 橋の下から夜崎が空を見上げる。太陽はすっかり地平線の下に隠れ、夕闇の陽光を残すのみだった。詳しいことはわからないが、百花と夜崎で〈悪鬼〉を寄せ付けないために何か施したらしく(夜崎がいつも使っている紙の札に細工をしていた)、今のところ一匹も〈悪鬼〉を見かけていない。これなら意外と行けるんじゃないか?

「町の端を沿って、学校まで行くんだ」

「ここじゃダメなのか?」

「あっちの方が星キレイなんでしょ? 俺も、学校では見たことないんだよね」

 なんかロマンチックな動機だった。「あと」と如月が付け加える。

「運動場、広いしね。一般人のいる場所で被害出すわけにはいかないでしょ」

「ああ、なるほど」

 如月はいったん変身を解いていた。百花に褒め殺しにされて気持ちよさそうではあったが、一般人の目に触れるのは話が違うんだろう。それか、俺たちに気を使ったか。

 夜崎が歩き出したのに合わせて、俺たちも歩みを進める。「キララさんは丘の上の学校の人ですか?」と、百花が妙な聞き方をしていた。


「あー……夜崎、これって言っていいやつ?」

ウチのヒトはみんな、学校のことは知ってるよ。……だよね?」


 夜崎が確認を取った相手は百花だったが、「え、ええと」と、微妙に歯切れが悪い。「なんか、良くない噂でも流れてるのか?」と、冗談半分、本気半分で確認をすると、百花の表情があからさまに渋った。

 どうも嘘をつけない性格のようで、しばらく言葉の選び方に悩んでから、

「丘の学校に、いろんな能力者さんが集まっていらっしゃるのは、存じ上げているので……あの、どうしても警戒してしまうんです。危険なものから町を守るのが、わたくしたちの役目ですから」

「……そうだよな」

 心象が良いか悪いかは別にして、頷かざるをえない。百花はとっさに、「でっ、でも」と言葉を繋ぐ。

「悪い方ばかりでないことも、存じてますから! キララさんもですし、関係者の方が〈悪鬼〉の討伐にあたってくださったと、お聞きしたこともあります。ウチにも、通っている方はいらっしゃいますし」

「まぁ、そんな感じかなー」

 夜崎が軽く返事をする。夜崎の〈物語〉は関係者もけっこういそうだし、町を長く治めているとあっては、ご近所にあたる学園側も正体を隠しきれなかったのだろう。


 変なところで話が切れた。「他にはどんな生徒さんがいらっしゃるんですか?」と百花が興味を持ち、如月がそれに答えていた。町外れの川沿いを歩いている間、前を俺と夜崎が並び、後列に女子二人がいたが、夜崎は黙りがちだった。

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