06.
「百花、部屋出て、星見てた、って言ってたじゃん」
「あっ」と、百花の顔色がサッと変わる。「ごめんなさい……」
「ううん、それはいいんだけど」
なんか、初対面の俺たちとは別の意味で……いや、俺たち以上にこれは、ギクシャクした雰囲気だ。百花が勝手に家を出て怒られたって話だったか。そしたら、過剰に萎縮するのは仕方ないのか……?
そんな俺の疑念など構わず、夜崎は話を続ける。
「あのさぁ、
「あ、流星群?」
夜崎の言葉の欠片を拾って、如月が答えを返す。
「そう、流星群。百花、それが見たかったのかなぁって」
「あ……」
百花が言葉を失う。目をきょろきょろさせて、俯いたり、チラッと俺や如月の方も見たりする。何か言いたそうに、でも言う勇気を出せずに、口をパクパクさせていた。怯えているようにも見えた。
図星っぽいな。
だが、夜崎から助け船を出すつもりは無いようだった。意地悪ってわけじゃなくて、口の出し方がわからないんだろう。代わりに俺から「ええっとな」と話を繋ぐ。案外、このために呼ばれたのかもしれないし。
「夜崎から相談されたんだよ。夜に家を出られない子がいるんだけど、なんか、星を見たそうだとか……だから、星を見せてあげたい、みたいな? ……けど夜崎。お前、思ったより、あっち側の事情把握してなさそうだよな」
夜崎の情報がふわふわしているので、必然的に、俺の説明もふわふわしてしまう。「そうかも、あんまり」と夜崎も自分に呆れたみたいに、ちょっと苦笑していた。
「珍しいな、勢いでここまで言い出すの」
「そうかな? そうかも」
「っていうか、夜崎から何か頼まれるのって初めてじゃない?」と、如月も加わる。「宿題教えてーとか、メシ行こー、とかは言われるけどさ」
「あはは、たしかに」
夜崎が笑ってようやく、それまで微妙に締め付けられていた空気が和らぐ。今のところ夜崎がただ「女子校に乗り込んで人さらいをするヤベぇやつ」としか認識されかねない状況なので、俺としては「ヤベぇやつではあるんだが、悪気は無いんだ」とアピールする目論見で雑談を挟んだが、思っていた以上に、百花も、夜崎の事情や魂胆を知らないと見た。「あのな」と、全部白状するつもりで、改めて百花の方を向く。
「悪いけど、俺たちは詳しい事情は知らないんだよ。家のこととか、地域のこととかも、俺と如月はこの町の出身でもないし。夜崎から、百花って子が星を見たがってるから見せてやりたいんだ、って言われただけで。なんか、〈
この有様なので、できれば百花からも事情を聞きたい、という意味も込めて説明する。如月がウンウン頷いているあたり、俺の説明に、致命的な漏れや勘違いは無いだろう。
百花もようやく話の全容が見えてきた様子で、「そうだったんですね」と息を吐いた。
「お二人は〈悪鬼〉はご存知なんですか?」
「知ってるよ」と如月が頷く。「夜に襲ってくる怪物だろ」と俺からも回答。
「
「いや、悪いけど知らない」と俺が先に答える。「夜崎とは別なの?」と、如月が夜崎と百花を交互に見る。「夜崎の話の感じだと、親戚なのかと思っちゃった」
俺たちの浅い知識と会話を聞いて、百花も緊張が解けてきたようだった。危ない企みをしているやつらに囲まれていると思って、必要以上に強張っていたのかもしれない。(危ないやつらという点は否定できないが)
人形のような顔に、ようやくホッとした微笑みを浮かべて、俺たちの知識を無さを笑うでもなく、「そうなんですね」と穏やかに頷く。手入れされた黒髪が頬に沿って揺れる。
「家族ぐるみのお付き合いではありますが、厳密に言えば血縁は無いんです。わたくしたち朝薫は、夜崎の皆様と違って戦うのは苦手で、代わりに得意な封印術を使って、武具職人をしています。夜崎の皆様には代々、武器や防具の提供をして協力しています」
そこで一息ついて、「それから」と、緊張した面持ちで区切った。
「わたくしたちは、神の魂の封印を担っています。〈イザナギ〉という神です」
「………………へ、へぇー」
……やべ。話のスケールがでかすぎて、ビックリするタイミング見失った。なんか相槌打たなきゃと思ったら、腑抜けた声しか出てこなかった。え、神? ゴッド?
「百花のお家で神様を封印してるってこと?」
如月がちゃんと確認を取っている。超常的な現象や存在への順応が早い。
百花は少し躊躇ったようだった。躊躇った隙に夜崎が、「二人、わかんない?」と俺たちに話を振ってきた。ちょっと不思議そうな顔だった。そして気遣いとか無しに、
「百花の中にいるんだよ」
「えっ」
「えっ」
「あぅ」
俺と如月は揃って声を上げてしまうし、百花は顔を俯けてしまった。反応を見て、気安く触れてはならない話題だと夜崎も気付いたのか、「あ、ごめん」と一言謝罪を挟みつつ、しかし興味の方が勝っているようで、「如月もわかんない?」と戦友に確認。
「少なくとも今はわかんない……変身したらわかるのかな?」
「如月、いつも気配とか敏感じゃない?」
「あー。物理で来られたらわかるんだけど、魔法的なやつは全然なんだよね」
すると百花は、それまでの引っ込み思案な態度から、妙に割り切った様子で、「そうなんです」と言葉を挟んだ。
「〈悪鬼〉の狙いはわたくしなんです。わたくしの中にある〈イザナギ〉の魂を狙って、彼らは
気丈に張っていた声が、最後の方は震えて消えてしまいそうだった。俯いて、長い黒髪で表情を隠そうとしていたけれど、強張った肩とか、ぎゅっと握られた小さな拳とか……とにかく、全身から悲しみが伝わってきて。
「……おっしゃるとおり、今夜は流星群が観られるからと、学校で合宿が催されていて。わたくしは、それは出られなくて……でも、一晩きりのことですから。あの、大したことではないんです。夜に出歩けないだけで、他は何も不自由していませんし、もっと大変なこととか、大変な方とか、たくさんいらっしゃいますから」
震える声が、言い訳を並べていく。声を、奇妙に明るく、高くさせながら。
「今は本でもテレビでも、綺麗な星空なんてたくさん観られますし。それに、ほら、昨晩も観られたから。皆様にはご迷惑をおかけしてしまったけれど、わたくしはそれで、満足できましたから。夜に出かけたのなんて、久しぶりで……」
百花が急に立ち上がった。顔をサッと拭って俺たちの方を向いた。涙も悲しみも捨てた顔に、穏やかだけれど、影がある笑顔を浮かべていた。
気配なんてちっともわからないが、この少女が何か“閉じ込めている”のは、俺にも少しわかった気がする。
「だから大丈夫です。気持ちだけで、贅沢すぎるくらい……気を使わせてしまって、ごめんなさい。日が沈む前に行かないと――」
「でも背中に乗っただろ?」
夜崎が話を遮った。
俺たちの視線が一斉に夜崎に向く。話が全然繋がってないが、表情は真剣。聞き返された百花も、何を言われたか理解できなかったようで、ポカンとしていた。
「びっくりした。背負う方だったから」
「え……」
「考えてたんだ。百花をさらうときに、抱えるか、背負うか」
夜崎が軽く身振りを加える。両手で何か抱えるようなジェスチャー。
「抱える方になるかと思ってた。多分、自分では来ないだろうって」
「…………」
「そしたら、来たから。背負ったんだ。そっちの方が、バランス取りやすいから」
「…………」
百花は目を見開いていた。
俺も如月も、何も言えなかった。
本心を丸裸にされた百花が、どう証言するか待つだけ。
しばらく沈黙が続いた。黙っていた百花は、ゆっくり思考が回り出した様子で息を呑み、感情を削ぎ落とすよう努めていた表情に、徐々に彩りが戻ってくる。だがそれは決してポジティブなものではなくて、むしろどんどん暗く、絶望的になっているように見えた。
そして今度こそ、本当に泣きそうな声で、
「……ほ、本当に、お気持ちは嬉しいんです。涙が出るくらい」
腹の前で組んだ手が震える。手の甲の薄い肌に、強く立てられた爪が食い込んでいた。
「でも、〈悪鬼〉は、本当に危険で」
声に切実さが増していく。
「零様や皆様に、これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいきません。……ましてや、一族とは無関係な、一般の方を巻き込むなんて……」
「あ、それは大丈夫」
夜崎があっさり返事をした。レジで割り箸を断る時みたいなテンションだった。
「高橋はともかく、如月は一般人じゃないから」
「えっ?」
虚を突かれた様子で、百花がきょとんと声を上げる。いろいろ聞いた如月は、任せなさいとでも言いたげな、頼もしい表情。俺は、夜崎にサラッと一般人扱いされたことに、ちょっと傷付いたことは置いておこう。
うん、ちょっとだけな。
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