05.
十数分ほど、徒歩と走りを交互に使いながら移動。最終的に落ち着いたのは、町外れにある川沿いの、ろくに整備されていない小さな公園だった。俺はここまで来たことが無い。スマホ無しで帰ろうとしたら迷子になりそうだ。
それはそれとして。
辛うじて小さい遊具があるだけの公園で、俺たちは東屋の下、二つあるベンチにそれぞれ座って、しげしげと、“モモカ”のことを見ていた。
「…………」
「え、ええっと……」
少女は俺たちの視線に囲まれて、目をきょろきょろさせている。
……失礼かもしれないが、かなり人目を惹く容姿だ。小柄で顔の造形が整っていて、手入れされた長い黒髪と、お嬢様学校の上品な制服との相性も良い。
「あ、あの……?」
「あっ、ご、ごめんなさい。ジロジロ見て、失礼だったよね?」
困惑する“モモカ”に如月が謝るものの、いつもなら初対面でも気さくな彼女の口から、しれっと敬語が飛び出している。思わず敬語を使いたくなる気持ちはわかる。あまりの容姿や雰囲気の完成度に、敬わずにはいられないというか……王族を目の前にしたら、こんな気持ちになるのかもしれない。一種の威圧感と言ってもいいな、これは。
「……お前のヒロインなのか?」
「ん? え、ヒロイン?」
「なんでもない」
隣であぐらをかく
まぁ、ひとしきり印象を腑に落とし込んだところで、「ええと」と俺は空気を切り替えるために声を出す。とは言っても、話を進めるべき人間は俺じゃない。如月が「夜崎?」と名前を呼ぶと、夜崎も今日一日を通して、俺たちとのセッションの仕方がわかってきたようで、「あ、うん」と如月の求めに応じた。
「えっとね、
「な、なんで疑問形なんだよ」
唐突に、夜崎が俺に確認を取ってくるので焦った。「いいだろ、友達で」と頷いてみせるが、なんか、改めて聞かれると緊張してしまう。二人からしたら俺なんて役立たずだろうし、友達だなんて対等な関係で言っていいのか?
すると夜崎は夜崎で、「そっか、友達かぁ」と妙にしみじみと噛みしめたあと、
「こっちが
夜崎が不器用に紹介してくるので、俺たちもつい頭の下げ方が不器用になった。どうもどうも、と、初対面特有の空気で会釈する。百花は顔を上げると、
「たかはし様と、きさらぎ様……ええと、名字ですよね? 下のお名前は……?」
そんなことを求められると思わなかったので、「えっ」と俺は声を出してしまった。
「い、いや。名字で呼んでくれればいいから」
「えっ!? ご、ごめんなさい。失礼な質問だったでしょうか」
口を開くたびに、ピアノの一番端っこの鍵盤を叩いた時みたいな、澄んだ声がする。いろんな要素に
「謝ることじゃないけど。下の名前、あんま似合わないから、恥ずかしいというか……」
「え、いいじゃん」と如月が口を挟んだ。「ポコと一文字違いでしょ?」
そんな解釈されてたのかよ、と、苦い表情になる。
「少女戦隊のマスコットキャラと同列に扱われてたのかよ……」
「ま、マスコットキャラ? 少女戦隊?」
首を傾げる百花に、「ああ、ごめんごめん、こっちの話」と如月が上手くいなしていた。俺がまだ態度を決めあぐねているのに対し、如月はいつもの気さくさが出てきたようだ。
一応〈主人公学園〉には、学園や〈物語〉の存在を一般人に漏洩してはいけない守秘義務がある。夜崎の関係者である百花が該当するのかは微妙だが、隠しておく方が無難ではあった。
「ええっと、それでは、高橋様、で失礼します。如月様は……」
「私はね、如月キララ。キララでいいよ。私も“百花”って呼んでいい?」
「んなっ」
うわっ、ずりぃ。得意のコミュニケーション能力で、あっさり“百花呼び”を定着させやがった。えっ、じゃあこれって、俺もそう呼ばないといけない流れか?
「なに? 高橋」
「いや、なんでも……」
「えっと、では、キララ様」
「ううん、キララでいいよ。仲良くしよ~」
ナチュラルにぐいぐい行ける如月に、呆れるやら羨ましいやらだ。「じゃ、じゃあ、キララ……さん?」と、名前の舌触りを確認する彼女に、「あーっ、もう一声!」と如月はニコニコ笑っている。……楽しそうですね。
「じゃあ、キララさんで。でも呼び捨てでもいいんだからね?」
「は、はい」
「で、高橋? 高橋は百花のこと、なんて呼ぶの~?」
「なっ……!」
わざわざ名指しで振ってきやがった!! わざとか!? ……如月のニヤニヤしてる顔を見る限り、わざととしか思えなかった。俺がそういうコミュニケーションが苦手なのを知っていて、からかっているんだろう。
だとしても、今後避けられる議題でもなさそうだったので、早めに対応しておくのは正解なのかもしれない。
「えーと……百花、さん。名字は?」
「あっ。すみません、申し遅れました。わたくし、
「あ、あさがお」
なかなかトリッキーな名字が出てきた。「朝にかおる……薫製の薫、ですね」と百花から漢字表記の解説が入る。ええ、アサガオか……。
花の“アサガオ”とも混同しそうだし……ぶっちゃけ、夜崎と作戦を立てるとき既に「モモカは~」と、勝手に下の名前を使っていたので、“百花呼び”の方が耳にも口にも馴染んでしまっている。くっ、どうすればいい。
とはいえ初対面の女子を、いきなり下の名前で呼ぶようなキャラではないのだ、俺は。
「じゃあ、アサガオ……で」
「あ、いえ。それはちょっと……」
「え。ダメなのか」
まさかの本人からダメ出し。これが如月だったら適当にあしらえるのに。
「いっ、いえ。ダメというわけではないんですが……あのぅ」
気まずそうに目を逸らした先は、何かぼんやりと考え事をする夜崎の方だった。
……あれ? ここって、あんまり仲良いわけじゃないのか?
「おい、夜崎。呼ばれてるぞ」
「え? ああ、俺? 呼んだ?」
「だ、大丈夫ですか? ごめんなさい、お怪我が響いているのでは……」
百花はやけに低姿勢だった。「考え事してただけだよ」と夜崎は首を横に振る。
「あの、
「ん? まぁ、クラスには一人しかいないから、名字で呼んでも被らないし」如月が顎に指をあてる。「何かヘンだったりするの?」
「ヘン、では、ないんですが。この地域は、“夜崎”と“朝薫”の名字は、すごく多いので……多いというか、一族が固まって暮らしているので、身内も、身内でない方にも、下のお名前で呼ばれることが多いんです。本家と分家で、名字を分ける文化も無くて」
「え、そうなの?」
疑問形で反応したのは、当事者のはずの夜崎だった。夜崎がそんな調子なので、「えっ、ええ?」と百花の方も驚いている。すると百花が驚いたことに、なぜか夜崎も驚いた様子で、「ああ~、ええと?」と目を泳がせた。
「俺、小学校行ってなかったから。中学校もあんまり」
「あっ! ご、ごめんなさい。配慮が足りず……」
……なんか、妙な上下関係があるな、ここ。
けど、掘り下げていい部分なのかわからない。正直、ちょっと面倒くさい事情がありそうだと思った。「要するに」と、俺は自分が関わる範囲に話を絞る。
「下の名前で呼んだ方が自然、ってことだよな? “百花”って」
「あ、は、はい。そうですね……」
百花の口調が揺らぐ。夜崎から同意を得て自信をつける作戦が、夜崎がこの調子で裏目に出たらしい。……個人的な感情を言えば、大々的に“百花”と呼ぶ言い訳ができて助かったなどとは口には出すまい。俺は「わかった」と、さも事情を汲む良い大人のようなのような態度で返事をして、話を本筋に戻す。
「ええとだな……夜崎?」
「うん?」
「お前が言い出したんだろ。星、って」
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