04.
放課後。
俺と
たまにファミレスで駄弁ったりはするが、それでも来るのは駅前までで、駅を挟んで反対側の土地まではあまり来ない。“
で、今、俺たちがいるのは、海側の地域だった。海側と言っても比較的駅に近い場所で、港がある地域はまだ遠いが……風向きのせいか、ここまで潮の香りが漂っていて、雰囲気の違いを感じる。店舗よりも住宅が目立つ閑静な通りで、俺と如月は、とある学校の校舎を柵越しに見上げていた。
「大丈夫かなぁ……」
と、如月が街路樹の木漏れ日の下で、ここにいない人間の心配をする。
俺は自分のものとは別に、右手に通学鞄を提げていた。なんか身軽な方がよさそうだったので、「持っておこうか?」と提案して預かった品だ。刀は如月が引き受けた。
今、その持ち主は、ここにはいない。
如月の心配はわかるが、状況が状況なので、俺も易々とは励ませなかった。
「どうかな……ここ、女子校なんだろ?」
「すっごいお嬢様学校だよ。噂は聞くけど、こんな近くで見るの初めて」
年季と装飾の入った豪奢なレンガの塀と、頑丈な金属の柵。敷地内には、それこそ漫画やドラマでしか見ないような、城のような校舎が建てられていた。〈主人公学園〉とは違う意味で現実感が無い。
「上手くやってるかなぁ」
「いや、上手くはやってないと思う」
「あー、だよねぇ」
「どうにかすんだろ。〈主人公〉だし……」
――状況を整理すると。
朝、如月から、その子に星を見せてあげたいのか? と聞かれた
ともかく、その一件もあったので、しばらく彼女の監視も増えるだろう、一度屋敷に入られたら連れ出すのは困難だろう、というのが夜崎の見解だった。
正直、俺は、新月が近付いたら〈
それは――
「……なんか、夜崎必死だったねぇ」
如月が妙にしみじみと言う。
「俺も、それ思った」
「珍しいよね。いつもふわふわしてるのに」
「それ言ったら、如月も大概だと思うけど」
「え、何? どういう意味?」
「いや、なんとなく」
能力が高いから人助けも戦いもこなすし、結果も出すけど、動機の部分が場当たり的というか、良くも悪くも打算的ではないあたり、二人は似ていると思う。まぁそういう二人だから、俺なんぞのことも助けてくれるのだろうが。
「つっても、女子校に乗り込んで直接連れてくるのは、ムチャクチャだよなぁ……」
そう。これが夜崎の作戦。
作戦と言えるのか? 夜崎曰く、校舎を出た瞬間からモモカにはお目付役がついてしまうので、じゃあ校舎の中から直接連れ出しちまおう、となったのだ。常識的に考えてダメだと思うけど、止めても無駄そうだったので止めなかった。
如月は「えー夜崎ちゃんとできる?」と聞き返していたが、倫理的な心配はしていなかった様子。ここでは如月と俺の意見は合わなかった。そういうこともある。
モモカに星空を見せてあげるまでが今日の作戦で、如月は護衛の手伝い。
俺は知らん。でも「来てくれ」と言われたので来た。夜崎は一緒にいれば、俺を災難の類いから助けてくれるし、夜崎から何か頼まれることも滅多に無いので、それをわざわざ断る理由が無かっただけ、とも言える。
まぁ、もっと大騒ぎになるかと懸念していたが、思っていたよりずっと穏やかだ。作戦の内容がアレなだけで、作戦立てるまではスムーズに進んだし。今も、風がさらさら吹いてて気持ち良いし。こんな感じで、夜まで穏やかに過ぎてくれれば――
「キャーーーーーーーーッ!!」
……全然そんなことは無さそうだな。
校舎の中から甲高い叫び声。ざわっ、ざわっ、と主に女子のどよめきが重なり、段々大きくなって、俺たちのいる方へ向かってくる。
「キャーッ!
「警備いーんッ! 警備員!! あの
なんか、いつも学校で巻き込まれるのとは毛色の違う大惨事の気配がする。柵越しに中の様子を伺った如月が、「あっ、夜崎きた!」と独り言のように報告。間もなく、「うわ、ヤバそう!!」と、塀の向こう側から、聞き覚えのある声。
「しっかり掴まってろよ!」
「ぅえっ!? ひっ――っ!!」
憐れな少女の泣き声。わかる、わかるぞ、その恐怖。たまったもんじゃねぇよな――と共感しながら、俺は既に走り出す構えをとっていた。如月も似たようなものだ。
猫のようなモーションで、夜崎がひとっ飛びで塀の上に上がってきた。背中には、品の良いブラウンの制服を纏った小柄な少女。そのままスタッと地面に身軽に飛び降りる、が、のどかだった住宅街があっという間に事件現場の様相だ。
「あっち! あっちに逃げましたわーーーーッ!!」
「どなたか警察に連絡を!! 敷地に無断で立ち入るとは、なんたる蛮行!」
「あの方向なら裏門の方が近いですわ! 助けに参らねば!!」
「合宿の準備もあるといいますのに!!」
塀の中から叫びと非難の声が止まらない。が、夜崎は特に気にも留めず、
「お待たせ!」
「お待たせ、じゃない! 見つからないようにするって話じゃなかったの!?」
「無理だった! 途中でもういいかなって」
「諦めてんじゃねぇか! どうするんだ、この後!?」
「あーっ、考えてない!」
「ええっ!?」
俺と如月の声がハモる。なるほど、思った以上にムチャクチャだ。
「とりあえず父さんの結界の外に出たい!」
「け、結界!? 何の!?」
如月が甲高い声を上げる。夜崎は俺たちが〈物語〉の中では役に立たないとすぐ察したようで、代わりに頼った先は、背中にしがみついていた長い黒髪の少女だった。
「百花、どこまで結界あるか知ってる? 俺こっちは詳しくなくて!」
「ええっ?」
カナリアのような声だった。突然話を振られた“モモカ”はパッと顔を起こして、小さい顔に並んだ瞳をくりくりさせる。〈悪鬼〉に似てるみたいに言っていたから、どんなやつだと思っていたが、想像と随分違う。
急に巻き込んでおいて大丈夫か、と心配になったものの、この人も〈主人公〉と同類の人間らしく、割とすぐ順応して「でっ、では」と路地の一つを指さすと、
「あ、あちらにお願いします」
細い声で注文。夜崎は「よしきた」と答えて走り出し、俺たちもそれに続くのだった。
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