03.


 大声に驚いたのは俺たちだけではなかった。クラスメイトたちもそれぞれ、びっくりしたり萎縮したりしている。声の主を見て、俺も如月きさらぎも、「えっ」と思わず声を上げた。


夜崎よざき!?」


 教室の入り口でぽかんとしていると、自席にいた夜崎はわたわたと俺たちの方にやってくる。同じクラスになったのは今年からだが、朝に来ることなんぞほぼ皆無だ。担任にも「一年の頃は全然だったのに、二年で来るようになったからびっくりだわ~」と言わしめるほどで、彼女の言うことが正しければ、ホームルームの前からいるのは、先日の“龍事件”以来、二回目のはず。


「二人ともいつ来んのかと思った! 朝の学校なんて来ないからさぁ!」

「なんで急に……って、それどうした!?」


 夜崎の頭に巻かれた包帯を指さすと、「え? 誰かいる?」と夜崎はなぜか後ろを振り返る。お前のことだよ!!

 如月も遅れて気付いた様子で、「えっ!?」とまた驚く。

「夜崎、どうしたの!? 怪我!?」

「あ、これ? えー、大したことじゃないのになぁ……」

 泥だらけの服を指摘された子供みたいに、夜崎は唇を尖らせる。なんか、俺たち二人とのテンションが微妙に噛み合わない。もともとそんなに噛み合ってなかったかもしれないけど。

 頭に包帯なんて、一般人だったら大事だと思って当然だし、よくよく考えたら俺は、夜崎が怪我しているところを見たことが無い。顔の傷があるので、怪我した経験はあるんだろうが、その経緯も知らないし……〈主人公〉の戦闘力の序列なんて考えたこと無かったけど、夜崎はどういう敵でもサラッといなしているあたり、もしかして〈主人公〉の中でもけっこう強いのか?


 いや、だから今、怪我していることに、色んな意味でビビっているわけで。


「ま、待ってね夜崎、落ち着いて」

「え。如月よりは落ち着いてるよ」

「そういう冷静なツッコミはいいの!」


 如月がキンキンした声を上げているが、俺は如月の方が共感できる。知り合いがこんな怪我をして登校してきたら、ビビるに決まっている。家で休んどけよ。

 そうしないということは、夜崎にも何かしら意図があるのか。

「わかった、怪我は置いとく。けど、こんな朝からどうした? 普段来ないだろ?」

「二人に会いに来たんだよぉ」


 質問を絞って尋ねると、夜崎が急に情けない声を上げた。


「私たちに? なんかあったの?」

「それがさぁ、俺さぁ、わかんなくてさぁ」

「待て待て待て……」


 わかんねぇのは俺たちの方だ、と言いそうになったのをグッと堪える。これはアレだ、目の前のことにいちいちツッコんでいたら、話が進まないパターンだ。とりあえず、教室の入り口に立っていても落ち着かないので、「席行こうぜ」と二人を促す。


「相談があるなら、電話かメールでも……って、スマホ持ってなかったか」

「うん。もらっても使い方わかんないけど」

 あまり利の無い補足が入る。夜崎は自分のスマートフォンを持っていない。緊急用に貸し出されることはあるらしいが、少なくとも自宅と学校を行き来する分には、持たせる気も持つ気も無いようだった。


 そして急に、いつにも増してへにょへにょとした声で、


「あのさぁ、星がさぁ、なんかさぁ……」

「うん? 今夜の流星群のこと?」

 如月が小首を傾げた。すると夜崎の方が、なぜか「エッ」と目を開き、

「何? なんかあんの?」

「え? あのー、今夜流星群見えるんだって。そのことじゃなくて?」

「あー、それかも! それかぁ~」

 ビックリするほど要領を得ない。如月も、「ええ、何が……?」と、目の前の話題を追いかけるのでいっぱいいっぱいになっていたので、「ちょっと待て」と割って入った。


「俺たちに用があって来たんだろ? なんか相談とかあるんじゃないか」


 ちなみにこの教室、生徒同士がそれほど仲良しこよしで過ごしたり、ふざけたりしないので、三人で固まって騒いでいる俺たちは、まぁまぁ目立ってしまっている。片付けられる話ならすぐに片付けたいのだが、

「それが、わかんなくて」

 夜崎は同じことの繰り返しだ。うーん、聞き方を変えた方が良いな。怪我のせいか余裕が無さそうだし、心なしか顔色も悪く見える。昨日までこんな様子じゃなかったし、だとしたら……


「家で何かあったのか?」

百花ももかが星を見てたらしくて」

「え、誰? モモカ?」


 如月が首を傾げる。急にスルッと固有名詞が出てきた。しかも人名っぽいし、女子か?

 少し意外だった。夜崎に学校以外のコミュニティがあるのを――誰にだって当然あるだろうが、本人から普段家のことは聞かないし、夜崎のふわっとした人柄を改めて意識すると不思議な感じがする。外でもこんな感じなんだろうか。

「百花って、家から出られないヒトがウチにいて。あ、夜がダメなだけで、昼は外に出られるんだけど。それがさ、夜に出ちゃってさ、家のヒトにすげー怒られてて、可哀想だと思ったんだ。や、ダメなのはダメだけど、やりたいことあるのにダメなのは、ダメじゃん。ん? ダメっていうのは、その――」

「あー、待って待って」

 論点がズレ始めたところで、如月が止めに入る。伝え方がふわっふわとしてはいるが、夜崎も何か相談したいことの芯を掴み始めたようだった。如月も、なんとなく話の輪郭は見えてきたようで、


「モモカって子が夜は外に出られないのに、星を見に出たから怒られたってこと?」

「うん」

「なんで出たらダメなんだ?」


 俺が尋ねる。病気や体質の問題なら、咎められるのは仕方ないと思う。


「〈悪鬼あっき〉を呼んじゃうんだって。〈悪鬼〉に狙われてるんだ」

「〈悪鬼〉を?」


 いつも出てくる怪物のことか? と、確認の意味を込めて聞き返すと、「うん」と夜崎はもう一度頷いた。続けて、「あれは、呼んじゃうと思うけど」と呟いた。

「だって、〈悪鬼〉みたいだったし……」

「モモカが?」

 他に呼びようもないので、勝手に固有名詞を使う。多分、下の名前だろうけど。っていうか〈悪鬼〉みたいってどういうことだ。相当怖いやつなのか、そいつは。

 すると夜崎は首を横に振って、「いや、それはいいんだよ」と自分で話を切り替えた。

「星なんて、いつも見えるじゃん。いつもそこにあるし。でも、だから俺、よくわかんなくて。如月さ、この前、変身しないで敵に突っ込んでたじゃん」

「えっ? わ、私?」

 急に話を振られた如月が、裏返った声を上げる。クラスメイトに聞こえる声量で、無茶したエピソードを勝手にカミングアウトされたことは置いておこう。夜崎は真剣みたいだし。如月もあんまり気にしてないみたいだし。

「だから、如月ならわかるかなぁって。高橋たかはしも、いろいろ知ってるでしょ」

「なんだよ、いろいろって……」

 なんか評価してくれているみたいだが、今に限って言えば、ここまで話を聞いてもよくわかってねぇ。客観的に見ても、まともな会話は成り立ってないと思う。


 ……ただ、いつもふにゃふにゃしている夜崎が、まぁ今日もふにゃふにゃしてるのだけれど、ふにゃふにゃしているなりに一生懸命、こっちの目を見て事情を伝えようとしていて。その姿を見た俺たちも、何も伝わらないわけでもなかった。

 俺は如月の方を見る。如月は既に俺の方を見ていた。これ、どっちから言う? みたいな視線だった。俺はなんか気恥ずかしくて言い出せずにいると、如月が口を開いて、俺も思っていたことを言ってくれた。


「要は、その子に星を見せてあげたいの? 夜崎は」

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