02.
「――大変申し訳ございませんでした!!」
来客用の広い和室で、男が少女の頭を押さえて、深く頭を下げていた。
和室には五人。深夜に襲われていた少女と、その父親。相対するのは、頭に包帯を巻いた
だが謝罪を受けている零の父も、口を開くと「まぁまぁ」と、声は低いが、口調はどことなく揺らいでいた。
「零の怪我に関しては、連携を怠った我々の落ち度ですから。謝らないでください」
がしかし、「だとしても!!」と、男性は頭を下げることをやめない。
「皆様にはご心配ご迷惑をおかけしたことと思います! 何卒、何卒……」
「いえ、
「そうですとも」と、ハッキリした口調で、声が響いた。
和室で一人、並べられた座布団には座らず、壁に寄り掛かる男がいた。零より一回り年上の、二人目の息子。まだ若いが、父に劣らず身体は鍛え上げられ、顔には笑みを浮かべている。身なりは整っているものの、髪型も和装も、相手に威圧感を与えるスタイルを選んでいた。
「例え死んでいたとしても、“鬼の子”の命一つで、巫女様のお命を救えたなら安いモンです。まぁ――」男は少女の方を見て、ニィ、と笑う。「どっちもどっちでしょうが」
「やめなさい、
父が息子を咎めるが、背は向けたままだった。詔八と呼ばれた男は構わずに、
「愚弟が役に立ったようで何よりです。我々の間でも、舌を抜くくらいの検討はされているんですがね」
「やめなさい!」
父が振り返ったのを見てようやく、詔八は肩をすくめた。
「…………」
零は父の隣で、座布団の上に正座して、沈黙を続ける。
この部屋に入ってから一言も話していない。視線は時々動くが、相対する少女からは表情が読めなかった。
ただ、少女は、きっと呆れられているだろう、と思っていた。
良い感情は持たれていない。当然だ、迷惑をかけた上に怪我までさせた。零少年の無表情も、白い包帯も顔の傷跡も、全部自分を責めているように見えた。
だから、
「ごめんなさい……」
そう、自然と謝罪がこぼれていた。
すると隣の京信が、「そうだ、
「屋敷は出ていないんです!」と、百花が押さえられた頭を上げた。「敷地で星を眺めていただけなんです! 何かあっても、すぐに部屋に戻れるだろうと……」
「見苦しい言い訳はよしなさい!」
ピシャリと京信の声が響いて、百花の顔がサッと赤くなる。そしてもう一度「ごめんなさい」と。
沈黙した和室で、詔八に口を出される前に、「ええと」と零たちの父が口を開いた。
「京信さん、あまり怒らないでやってください。それについても、我々の側にも落ち度はあります。最近は“戦士”の定着がよくありませんから、人手不足で、百花さんにも気を使わせていることと思います。もっとお側に人員を割ければ良いのですが」
「いいえ、それを言ったら、私や妻が娘の側についてやらなかったことが原因です。すみません……」
「ああ、ええと……」
この場には状況と問題点の確認のために集まったのだが、話が一向に進みそうにない。これは少し時間をおいてから集まった方が良さそうだぞ、と察して、「そうだ、零」と父は息子の方を向いた。突然呼ばれた息子は、きょとんとして父の方を振り向いた。
「百花さんに会うのは初めてだったな?」
「あ」と、息子は久しぶりに声を出す。「うん」
「百花さん、息子の零です。零、挨拶しなさい」
父に促されて、零はぎこちなく頭を下げる。「無理しないでください、お怪我が」と京信が咎める。詔八は飽きた様子で、何も言わずに部屋を出て行った。戸を閉めた音が和室に響いて残る。
何も言わない零の代わりに、父が言葉を紡ぎ続ける。
「ご存知かもしれませんが、小さい頃から力が不安定で、訓練期間が長く……この子は刀なので、京信さんとも武具の関係では縁が無くてですね」と、相手方の父の目を見る。話を振られた京信も、「ええ、そうです」と頷いた。
「ですが〈術〉の制御に護符を使うので、百花さんとは縁があるかもしれません。同い年だったかと思います。仲良くしてやってください。高校生に上がってからは、実戦にも参加するようになりましたので」
「と、とんでもございません」百花はとっさに首を振る。「お噂はかねがね……いえ、あの、驚きました。戦うところを、見させて頂いて……お噂以上だと思ったので……」
百花もぎこちない返事をする。
その後は当たり障りのない会話が続いた。父二人が中身の無い会話を不器用にたぐり寄せながら、百花の視線は度々、何も言わない零に――もしくは、彼の顔の傷に釘付けになっていた。
十分ほどで味のしない雑談を切り上げて、夜崎親子は和室を出た。
少し離れたところに、また別の男性が立っていた。高い背丈に中肉、フレームの細い丸眼鏡をかけ、髪型や服装も清潔感がある。「お疲れ様です」と先に父に声をかけた。
「ご苦労」と当主は返事をした。そして少し間を開けて、「お前の探知は役に立った」
「幸いです」と男性は落ち着き払って返事をする。「まだ未熟な“流派”の進言を聞き入れてくださって、ありがとうございました」
「おかげで零も怪我で済んだ。怪我をさせずに済めば、最良だっただろうが」
「俺は別にいいよ」
後ろについていた零が呟く。二人は零の方を振り向く。
零は二人の方を見ていなかった。今出てきたばかりの和室の方を見て、
「なんで星を見たかったんだろう……」
ぽつりと呟いた言葉に、父は返す言葉を持っていなかった。
代わりに「私は屋敷に戻る」と、男性に向かって言った。
「……
「はい、当主殿」と、十路は頷いた。
当主は先に廊下を歩いて行った。時折、屋敷の者とすれ違うと、畏まったお辞儀をされる。そんな姿を見送ってから、十路は、和室の方に釘付けになっている弟を振り返った。弟の様子に、きょとんと目を瞬かせるが、穏やかな表情で尋ねた。
「星が、なんだって?」
「星を見てたんだって、あの子」
「百花様が?」
「うん」
そんな会話をしながら、どちらからともなく歩き出す。
「わかんないんだ、やりたいことがあるって」
零はたどたどしく言葉を繋ぐ。十路は「そうか……」と、思慮深く相槌を打つ。
二人の横を屋敷の女性が通り過ぎた。恭しく会釈をする女性に、十路も丁寧にお辞儀を返す。零は目を逸らしたままだった。
「でも、やりたいこととか、ちゃんとある友達がいて」
零が続けた言葉に、「うん?」と十路は意外そうに首を傾げた。
「友達? 学校の?」
「うん」
零は喉を鳴らして肯定する。
「やりたいことがあるのにやれないのは、よくないと思う」
「
「あれ、
朝。修復されたばかりの下駄箱で靴を履き替えていると、後ろからやけに高い声で挨拶が聞こえてきた。振り返れば、表情も上機嫌な如月の姿が。
「今日は朝から来たんだな。出動、無かったのか」
「そう! 昨日の夜も呼ばれなかったし、ぐっすり眠れて幸せ~」
如月は細い身体でぐーっと伸びをする。
相変わらずこの学校の朝は人が少なくて、普通の高校なら登校ラッシュだろうに、ぽつりぽつりとしか人影は見当たらない。〈主人公〉たちは朝は辛いようだ。
俺は、いつもならこの下駄箱で靴を履き替える以上の用事は無いのだが、如月は積極的に知り合いに挨拶をしたり、迷子になったと思しき下級生に「大丈夫?」と声をかけて道案内までしている。
おかげで、教室までの移動時間が五分以上延びそうだ。
「世話好きだよな、ほんと」
「え? 何が?」
「いや、なんも」
ナチュラルに聞き返されたので、これ以上は何も言うまい。自覚が芽生えるところまでくどくどお説教するほど、俺は世話好きでもお人好しでもないのだ。
そして如月は如月で掘り下げることもなく、「そういえばさ~」と話を切り替える。
「今夜、流星群見えるんだって。知ってる?」
「前からニュースで言ってたような……今日だったか」
「多分それ。天気も良いし、絶好の観測日和なんだって~。ここ山の中で暗いじゃん? けっこう星綺麗なんだよね。だから、ちょっと見てみようかな~って」
そんな話をしながら、下級生を案内していたために、遠回りになった道のりを歩く。
新入生が迷子になるのは珍しくはない。この校舎の構造は、教室や各種設備の配置が少しばかり奇妙だ。もともと、別の施設が入る予定だった場所を、政府が安く買い上げたらしい……というのは、真偽のほどが定かでない噂話だが、俺も入学当初から、もともと学校ではなかったものに、無理矢理教室をあてがったような違和感は感じていた。
まぁ、俺には知るよしもない話だ。変な学校なのだ、変な経緯があるんだろう。
「今日は何人いるかな~」
廊下を歩きながら如月が歌うように、「
「さーて、答えは?」
そう、俺にだけ聞こえるくらいの声量でテンション高く言うと、如月がカララとドアを開けた。中には、俺たちの予想通り――
「あーっ、来た!!」
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