第三話 これがヒロインってやつか!? ~夜崎くんの反抗期~
01.
新月が近くなるにつれ、町に出る〈
周辺の〈悪鬼〉は、概ね討ち取った。
和装の少年は右手に片耳用のインカムを、左手に刀を握って、電柱の上から景色を見下ろす。町のはずれ。眠る繁華街に背を向けて、いっそう暗い山側を見渡す。
学校がある方だ。
今、教室に行っても誰もいないけど、友達がいるかもしれないと想像すると、それだけで行きたくなる。日が昇ったら友達が来る。でも、このあと自分が行くのは無理かもしれない。明日も作戦に駆り出される予定がある。
そんなことをぼんやり考えていると、“左耳の”インカムが鳴った。
『――……い――――
落ち着いた男性の声が、少年の名前を呼ぶ。
右手に握られたインカムよりも小型だが、機種はいくらか新しい。少年はインカムを軽く押さえると、「もしもし、兄さん?」と、あまり警戒心の無い声で応じた。
『ああ、出た。また右耳、外してるな?』
「だって声が多くて。聞こえてるよ、外してても」
『俺の声は届いてないみたいだけど?』
「えっ。それは、ごめん……」
『いいよ』と、男性が苦笑した。『俺の声、埋もれやすいしね』
「どうしたの?」
家族に尋ねるのどかさとは裏腹に、零少年はスッと目を細めて周囲を見渡した。夜の静けさに耳を傾ける。右手のインカムでは、ゴチャゴチャと大人達が騒いでいる。
『持ち場をあまり離れると怪しまれるから、手短に言う』男性も真剣な声色で前置きをして、尋ねる。『今、“6二”にいる?』
「うん」
『一人で?』
「うん」
『どうしてなのかは聞かないよ』と、彼なりにツッコミを入れてから、『ついさっきから、
「モモカサマ?」
『
「あ、〈イザナギ〉の」
『うーん。そう言うと怒られるけれど、そう』
「え」少年の声が高くなる。「ごめんなさい。また変なこと言った?」
『いや、ごめん、教えそびれたのは俺だから、謝らなくていいよ。――とにかく、その百花様が屋敷からいなくなったって、大騒ぎになってる。さっき勝手に探知した感じだと、零が一番近いんだ。“5一”にいる』
「すごい端の方だ。すごく走ったんじゃない?」
『俺も驚いた。当主殿には言ったんだが、〈
「もう向かってる」
少年は既に飛び出していた。うるさいインカムは和装のポケットに入れて、刀を得意な右手に持ち替えて、電柱から電柱へ、太い電線も足場にしながら器用に跳んでいく。
不意に、少年の鋭敏な勘が、禍々しい気配を捉えた。〈悪鬼〉と同じ系統だが、それよりも深い闇が、一箇所に閉じ込められて、脈を打っているのを感じる。
「すごい、濃いね」
零少年の表現を『そうだね』と男性が肯定した。
『ある意味、〈悪鬼〉の生まれ故郷のようなものだからね』
すぐ後に、誰かの怒鳴り声がインカムの奥から聞こえた。続けてくぐもった声で『すみません、今行きます』と。
少年の目は、畑に挟まれた道路を、学校の方へ向かって走る少女を見つけていた。
背後に別の黒い影が何体か見える。少女の濃い気配に掻き消されているが、あちらは馴染みのある〈悪鬼〉だ。それなりに強い個体だろう。
インカムから声が響いた。
『ふけてるのがバレた。頼める?』
「〈悪鬼〉を倒して、あの子は屋敷に帰す。やってみる」
『ああ。こっちも説得してみる。できるだけ早く増援を送るよ』
インカムの通話が切れた。
〈悪鬼〉は倒す、女の子は怪我をさせない――頭の中で繰り返しながら、零少年は墨で文字が刻まれた紙の札を、懐から一枚取り出した。失敗しない、失敗しない、失敗しない、と、心で唱えてから、
「
言葉で唱えると共に、紙の札が一瞬で燃え尽きる。足の裏に小さな竜巻を発生したかと思うと、その勢いに載って少女たちのいる方へ真っ直ぐ飛び出した。
刀を掲げて〈悪鬼〉の背中に斬りかかり、小さな群の中に踊り込む。あっという間に少女と〈悪鬼〉の間に割って入ると、〈悪鬼〉に向かって刀を構えた。助けが来たことに気付いた長い黒髪の少女は、全力疾走から急停止して、ぜいぜいと汗だくになって胸を押さえる。寝間着姿に
「あなたは……!」
「下がれ」少年が声を低くする。「動いたら死ぬぞ」
冷たい宣言に、「はっ、はいっ」と少女はか細い声で返事をする。膝に手を突いて、肩で息をして、座り込みそうになるのを耐える。少女が自分のことでいっぱいいっぱいになっている間に、少年は刀を素早く振るっていた。青、緑、赤――〈悪鬼〉の仮面を狙って的確に砕いていく。
〈悪鬼〉の強さは、仮面の大きさに比例する。今のところ、致命的に強い個体はいないはず――背後にいる少女の影響で、〈悪鬼〉の気配が紛れる。上手く勘が働かない。
こうしている間にも、〈悪鬼〉が増えていく。
群の奥に銀の仮面が見えた。
猿のような体型。細身だが巨体。片手に棍棒。高い攻撃力と知能が特徴的な、〈
零少年の脳裏で記憶が瞬く。前に〈破銀〉の討伐命令を回されていたのは、五班の班長と一番弟子――じゃあ、アレとコレと、ソレで行けるかな。自分の能力値と前担当者の話を比較しながら、ボードゲームのように次の一手を思考する。わずかな時間だった。
作戦を組み終わった。
「六条〈
発音良く術の名前を呼ぶと、二枚目の札が灰になった。少年の背後、少女との間に
「〈
短く詠唱して刀を振るえば、ゴゥ! と道路一面に赤々とした炎が広がる。その勢いとまぶしさに少女は「キャッ」と声を上げたが、弱い〈悪鬼〉たちの、ギャアギャアという断末魔にあっという間に掻き消される。少年にもそれを気にかける余裕は無かった。
刀の持ち方を逆手持ちに変える。地面からジャンプし、炎の海のど真ん中へ刃先を突き立てる。衣服が焼けるのも厭わずに、両手を添えて体重をかけた。
バキン、と音が鳴った。
少年の両手には確かな手応えがあった。役割を終えた炎が道路から失せた。炎の中から表れたのは、〈悪鬼〉の仮面に刀を突き立てる少年と、銀色の仮面が割れた〈破銀〉。
仮面を割った刀が、そのまま〈悪鬼〉の肉を貫く。刃は綺麗な角度で音も無く入ったが、切り込みが大きくなると、ブシュッと黒い体液を吐き出した。だがすぐに絶命すると、ひとまとまりになっていた肉体は、サラサラと崩れて空気の中に消えていく。
「どうせすぐに来る」
前置きも続きも無く、〈悪鬼〉の絶命を見送った少年は、背を向けたまま呟いた。
「え?」
「〈悪鬼〉。呼んじゃうんだろ? 屋敷に戻ろう」
「あ……」
少女は言葉を無くす。気持ちはいろいろあったが、今起きていることの慌ただしさと、それに対する少年のあっさりした対応に、呆気に取られて言葉が出てこない。だが助けられたことと提案されたことには肯定的だったので、それを手掛かりに、なんとか「はい」とだけ返事をする。
硝子の障壁は消えていた。
少女が一歩前に踏み出し、少年が振り返った――その時、少年の目が、虚を突かれたように見開かれた。次には少女が気付くより早く動いていた。
少女を背後から、別の〈悪鬼〉が襲いかかろうとしていた。
先ほどの一群とは別の、手に斧を持った個体。少女の後ろに回り込んで、肩を乱暴に押しやる。触れた肩が細かった。刀を構えようと意識は動いたものの、射程の範囲に少女がいると気付いた瞬間、動きが鈍った。
〈悪鬼〉の斧が、零少年の頭に向かって振り下ろされる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます