06.
ドゴォオオーンッ!
あわや遊具怪物のパンチが少女にぶつかろうかという瞬間、少女に向かって地を蹴った如月が、彼女を抱きしめるようにして身を投げ出した。二人はそのまま地面にダイブし、怪物の腕は誰もいない平地を殴る。「えっ」と少女たちが驚く前に、
「……っ! しっかりしなさい!! ヒーローでしょ!?」
如月の怒鳴り声が、公園に響いた。
「あ、あなたは……」
「私のことはどうでもいいから! ちゃんと立って、戦って! 最後まで諦めないで!! あなたたちしかいないんだよ!? あなたたちが諦めたら、もう誰にも救えない!!」
制服姿の如月が怒る様子に、俺も
如月は立ち上がると、怪物をびしっと指さして、
「落ち着いてよく見て! あんなの全然怖くない!! 動きも遅いし、狙った場所に当てるのも下手! あんな間抜けな敵に、戦う前から怯えないで! 家族や友達を――あなたたちの大切な人たちを、あんなちんちくりんに襲わせていいの!?」
「…………!」
「あなたたちのことは、何度だって私が助けてあげる!! だけど、あなたたちの大切な人は、あなたたちにしか守れない!! だから――」
「こ、このぉ~~! ち、ちんちくりんですってぇ~~~~!!」
散々悪口を言われた怪物の標的が如月に変わった。飛び出そうとした俺の腕を「ダメだ」と夜崎が掴んだ。右手の中にはペンダントが残ったままだった。
彼女の覚悟の証だった。
「綺麗なモノなんて許さない! 粉々になれぇえええええええええええ!!」
遊具の滑り台が、彼女にぶつけられそうになったとき。
「させるもんかぁ!!」
水色少女の光を纏った蹴りが、遊具怪物の滑り台に命中。その振動が全身に伝わりバランスを崩すと、怪物は「ドシーン!」と派手にひっくり返った。
「行こう! ヒナちゃ……ううん、リラ!」
「うん、ミオ! ありがとう、お姉さん……! あとは私たちに任せて!」
少女二人は前に出て、一気に怪物に畳みかける。そういえば、変身前の如月とは面識が無かったのか……と思いつつ、隙を見て、如月のいるところへこそこそと近付く(ちなみに彼女たちの様子を伺っている間、俺は二回ほど結界に取り込まれそうになったので夜崎に叩いてもらった)。
少女達が戦う様子を見ていた如月を小声で呼ぶと、こちらの様子に気づいて向かってきた。アイコンタクトを交わして、戦場から離れた茂みにしゃがんで隠れる。
「如月、これ」
「ほら、鞄も」
「あ、ありがと。隠れてれば邪魔にならないと思うから、しばらく、ここ、で……!」
ペンダントと通学鞄を受け取って、冷静に答えようとするが、如月の声は後半に行くにつれふにゃふにゃになっていく。荷物運びだった男二人は、顔を上げて如月の顔を見た瞬間、その表情を見る前に、如月が俺たちの体をバンバンと叩いてきた。
「怖かったよぉ~~~~!! 怖かった! わ、わたっ、ほんとうに、死んじゃうかと思った……! 二人ともごめんね!!」
「あいだっ! いてっ! お前力強すぎ!!」
「誰が脳筋ゴリラよ!!」
「そこまで言ってねぇよ!!」
突っ込む俺の横で、夜崎もイデイデと騒いでいる。おかしいな、変身してないはずだけど、アザができそうだ。「お前いい加減に……」と、咎めようとしたところで。
如月が、ぼろぼろ泣いていた。
「ごめん! 二人とも止めてくれたのに、本当にごめんなさい!!」
「いーって、いーって。無事でよかった」
泣きながら謝る如月に、へらっと笑って夜崎が応える。俺が、言葉を失っている隣で。
苦笑しながら「びっくりしたけど」とおどける姿も、細い声で「ごめんね」と泣きじゃくる姿も。いつもと違うはずなのに……なぜだか、いつもの日常風景と、大差なくて。
片方は、武器が無くても戦場に出ちゃうようなやつで。
もう片方は、それを笑って許しちゃうようなやつで。
「……俺、そのペンダントの気持ちが、ちょっとわかったかもしんない」
「え?」
二人が顔を上げる。いつもの二人の、いつもの顔。別に、片方のことじゃないな。〈主人公〉ってみんな“こう”なのかな。でも、二人が特に“そう”ってだけかもしれない。
自然と出てきた盛大な溜息とともに、言ってやった。
「危なっかしいんだよ、お前ら……そりゃ、自分の国とやらに帰れねーわ」
お前らって? と、夜崎が聞き返す前に戦いが終わったらしい。暗くなっていた空の色素が徐々に明るくなり、もとの夕暮れの空へと戻っていく。その様子を三人で、顔を上げて眺めていると、何事も無かったかのように、来たときと同じ遊具と、公園の敷地と、子供たちの声が戻ってきていた。
都市公園での戦いは、少女たちの勝利で終わったようだった。
「もう、怖かった……マジで怖かった」
例の中華料理屋に向かうため、歩きながら乱れた制服を整えて、如月は何度目になるかわからない呟きを漏らす。
あれから、公園の敷地には変身前の姿の少女たちもいて、キョロキョロと誰か探している様子だったが、如月の希望でコソコソ退散することになった。「あいつら、如月の変身前の姿を知らないのか?」と確認を取ると、「いつも変身してから助けに行ってるから。あんまり深い付き合いになると、〈物語〉に影響しかねないし」とのこと。
「変身しないで怪物に立ち向かうの、ポコと初めて会ったとき以来かも……四年ぶり?」
道中、げんなりとした呟きが止まらない如月だが、夜崎は対照的な様子だった。
「すげーなぁ如月。見ててすげーなって思ったよ。学校でよく、誰がヒーローとか誰がヒーローじゃないとか、話してるの聞くけど、これがヒーローなんだな」
先ほどの一件の後から、キラキラした目でやたら同じような感想を繰り返していた。如月はそんな無邪気な感想を喜ぶでもなく、ハァーッと大きな溜息をこぼす。
「あれは良くない例だから。しばらくは、このペンダント離せそうにないわ……」
「ははっ。あんなに捨てたがってたくせに」
俺が笑うと、「本当、つくづく小さい人間だよね」と如月は否定しない。
「夜崎はダメだよ、得物を捨てて戦っちゃ」
「エモノ? 獲物?」
漢字がわからなかったらしい夜崎は、「まあいいや」と話を置く。
「でもさ、如月ってさ、本当にヒーローなんだって思ったんだよ。戦うだけがヒーローじゃねーんだなって。こう、なんか、意見? 信念? みたいなのがあって……漫画の主人公みたいで、かっけーなって思った。俺には無いもん」
「あ、あんまり褒めないでよ。私はね、それより
「え、俺?」
俺が自分を指さすと、そうそう、と如月は頷く。
「一般人ってめちゃめちゃ怖いね……。なんで平気なの?」
「いや。平気だったことなんて、一度もねーよ」
なんだか呆れた様子で言う如月に、俺も同じような調子で返す。そうだ、平気だったことなんて一度もない。しょっちゅう魔物や怪物に追いかけ回されては、逃げる日々だ。
だけどそんな俺でも、まぁここまでやってこれたことに、理由があるとするなら。
「……でも、ほら。ヒーローがいるからさ」
二人に聞こえるか聞こえないか、の音量でボソッと言うと、こいつらは俺のことをじーっと見てやがった。しばらく無言で俺の方を見てから、
「……えっ、高橋なんで赤くなってんだ?」
「うわっ、私たちより先に照れないでよ!」
「うっ、うっせー!!」
変な間を開けて反応してくる二人に、つい文句で返す。
「ほっとけよ! くそっ、勇気出して言ったのに!!」
「はぁ!? むしろ照れることなくない!? 恥ずかしいこと言ったわけじゃないし!」
「あっ、あそこあそこ。中華屋見えてきた~」
「マイペースかっ!」
俺と如月のツッコミが揃って入る。「ええ?」と夜崎は一瞬驚いていたが、すぐに嬉しそうな表情に戻ると、「如月が元気になったみたいだから、祝いに美味しいもん食べよう!」と、上機嫌な様子だった。俺たちは夜崎のマイペースさに、しばらく呆気に取られていたけれど、くだらないプライドとか、言い争いと関係なく嬉しそうにしているのを見ていたら、ハハッ、と笑みがこぼれていた。
今日もこの町は、ヒーローに守られているのだ。
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