05.
遠目で見てもわかるほど、遊具が激しく震えだしたかと思うと、遊具の左右についた階段と滑り台が腕の如く曲がり、ヨッコイセと地面から這い上がるように、地面を思い切り叩きつけ――
「ドッッッシーーンっ!!」
効果音ではない。いや、地響きを伴った効果音もあるのだが。
生き物のように動き出した遊具が、奇妙な太い声で叫んでいる。中央には顔らしきものもついているが、見た目が奇抜すぎて説明するのが難しい。
「グワーッハッハッハ!!」
「やりなさい、〈グレーター〉! こんな綺麗な場所、滅茶苦茶にしてしまえ!」
大人の女性の声がしたので、見上げてみると宙に人が浮いている。暗色の派手なドレスで着飾った、二〇代後半か三〇代くらいに見える女性で、種も仕掛けもなく宙に浮いていることはツッコまない。うちの生徒の半分くらいはあの高さまで跳躍できるし(
ともあれ〈グレーター〉なる怪物は、巨大な体で暴れ出した。
親子は叫び声を上げて逃げ回り、幼い子供は泣き出している。ただ女性が指示したとおり、人を襲うことではなく、場所を破壊することが目的のようなので、人が狙われないのは幸いだった。俺たちも怪物から距離をとりつつ、女性にバレない音量で会話を交わす。
「あれ、あの子たちの……」
「あの子たちって」呟く如月に、俺は口を挟む。「昼にポコが言ってた、如月の後輩みたいな――〈フルール〉ってやつらのことか?」
「う、うん」と、如月は伏し目がちに頷く。
そこから先の展開に時間はかからなかった。誰も彼も逃げ惑う中、人波に逆らうようにして、中学生くらいの少女が二人、荒らされた公園を駆けていくのが遠くに見えた。
「わ、私たちなんかで大丈夫かな……」
「い、行くしかないよ! このままじゃ町が!」
救世主と呼ぶには、聞いているこっちが不安になる会話。俺たちは灌木の陰に飛び込むと、この〈物語〉の〈主人公〉を思しき二人の様子を伺う。「ハトコと同じくらいかな」と、夜崎がのんびり独り言を呟く間に、彼女たちのペンダントが光り出す。眩い光に包まれたかと思うと、たちまち少女たちの姿が変わった。
「わっ、すげぇ、変身してる。如月もあんな感じで変身するの?
「いや、ちゃんとは見たことない。如月、いつもさっさと済ませてるから」
「二人ともうっさい!」
少女達はそれぞれ桃色と水色を基調にした、フリルたっぷりの衣装をまとって、怪物の前に姿を現す。震える足が少々頼りないものの、怪物と宙に浮く女性の注意を引くには十分だった。「あ、アンタたちは!」――などと会話が始まったところで、俺はふと、公園のひと気が無くなっていることに気付いた。さっきの子供たちはどうなった?
「うわっ!?」
周囲を見回そうとすると、突然足にガッと圧力がかかった。巨大な冷たい手に、両の足首を掴まれているかのような。
見ると、空の暗闇と同じ色をしたヘドロの手が、俺の足を握っていて。
「高橋!」
夜崎が刀をケースに入れたまま、闇色の手に叩きつけた。手の形をしたヘドロはその場で溶けるように形を崩して、そのまま地面へ消えていった。
「な、なんだっ、これ!」
「あの敵の結界!」と、如月が答える。「力の無い人は引きずり込まれて、敵を倒すまで解放されない」
「ここでも一般人扱いかよ!」
この手のナチュラル差別も、かなしいかな、わりと慣れっこだった。〈物語〉の中には一般人の記憶に残らないフィールドで戦闘するタイプも多くて、これに巻き込まれると、気がつかないうちにデカい戦いが終わっていることもあるし。
「アーッハッハッハッハッハッハ! ざまぁないね、小娘ども!!」
女の甲高い声に振り返ってみると、ちょっと目を離した隙に、ボロボロになった少女たちが地面にうずくまっている。その後ろでは、ポコのようなサイズの小動物がピョンピョン飛び跳ねて、「二人とも、しっかりして!」と声を上げていた。
「…………っ!」
俺と夜崎が冷静にその様子を見る中で、如月の表情が明らかに変わった。
迷っていた。あの子たちの助けに入るか、どうか。夜崎が冷静に様子を伺っている隣で、ごくりと唾を飲み、その瞳には迷いと焦りが見える。
――能力が消えればいいんだけど。
彼女の苦笑いが脳裏に浮かぶ。同じ趣旨のセリフを、去年から何度も聞いていた。クラスでは面倒な役を率先して引き受け、何を頼まれても断らず、俺が「やめとけばいい」と言っても、「でも、これで困る人がいるから」と苦笑いをするだけ。
バカだなぁ。
内心でいつもそう思っていた。放っとけばいいのに。だけど一度その苦笑いを見せると、あとはもう文句を言わない。文句を言わないから、俺も何も言えなくなる。引き受けた仕事を勝手に使命にして、あとはそれを遂行するために身体を張って、平穏無事に済むのだ、何もかも。
――如月のそういうところが。
「…………」
けど、これは。
これは、違うはずだ。
如月の右手が上着のポケットに伸びた。その手が、今日は首から外されていたペンダントのチェーンをつかみ、それがちらりと見えた瞬間――
俺は、彼女の手からペンダントを奪い取っていた。
「あっ!」
「如月、やめとけ」
ペンダントを簡単には取られないよう握りしめて、動揺する如月に、できるだけ強い表情を作って向けた。如月も、俺の方に手を伸ばしかけてはいるが、無理に取り返そうとはしていなかった。
この距離が、彼女の答えのはずだ。
「高橋、返して」
「助けに行かない方がいい。本当だったらお前はもう、ヒーローじゃないはずだろ」
「高橋!」
「あいつらはこれから一人前にならなきゃいけないんじゃないのか。ちゃんと、この町を守れるヒーローに。――そうじゃなかったら、これから先も、別のヒーローがこの町に来ても、ずっとお前がヒーローになって、助けに行くつもりなのか? 一生?」
「それは……」
「俺も高橋に賛成」
それまで傍観するだけだった夜崎が、そう頷く。普段の子供っぽさからは考えられない冷静な声と、冷たいとさえ思わせる、顔の傷が似合った表情。「けど」と振り返る如月に、夜崎はより一層鋭い眼差しを向けた。多分、俺よりもずっと厳しい表情を。
「あれはあいつらの役割なんだろ? だったら如月は手を出さない方がいいよ」
「…………」
「その宝石、ピンチの時には手元に戻ってくるって言ってたよな。だけど、今は高橋の手の中に入ったまんまだ。なら、それが如月の意志なんじゃないのか?」
「…………!」
容赦の無い夜崎の言葉に、如月の瞳が揺れる。
「でも……あの子たちが……!」
「やっておしまい、〈グレーター〉!」
「グォオオオオオ!」
女性の高い声と、遊具の雄叫びに、俺たちはパッと戦場を向く。遊具の怪物が、ふらふらになった桃色の少女の方に、今まさに一撃を加えようと、腕を大きく引いているところだった。
「ひっ――」
「ヒナちゃん!」
少女たちの叫び声があがった、そのとき。
「――――っ! ごめん!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます