03.
ドアノブを回して、扉を外側へ開く。
穏やかな春の風が髪を揺らす。雲の少ない青空と、簡単にコンクリートを固めただけのシンプルな足場。この時期はあまり騒がしくない室外機。それを囲う冷たい柵。
山の上に建ったこの学校は、屋上からの見晴らしもそこそこいい。もっとも、そんな景色に興味があるやつなど、この学校にはあまりいないのだが。
そんな中で、興味のあるやつが一人。
「あー……
柵に背中を預けて体育座りをしていた
「ごめんぽこ、ごめんぽこ~! キララぁ、ごめんぽこぉ……」
「いいよ。私こそ、怒っちゃってごめんね」
如月は言いながらポコをよしよしとさする。夜崎はてくてく俺の横を通り抜けると、柵に手をかけながら、二人の方を見た。
「仲直りした? ってか、喧嘩してたのか?」
「喧嘩なんかしてないよ。私が一方的に怒ってただけ」
そう話す如月は、何か諦めたような、大人びた表情。
「授業、自習になったって?」
話を逸らすように尋ねる如月に、俺は頷く。
「なんか、先生が急用とかで。如月こそ、先生の呼びだしって?」
「ん~……いつもの。授業受けるのやめて、ヒーロー業に専念してくれないかっていう」
「やっぱそれか。ずーっと言われてるよな」
「ほんと、中等部の頃からだよ」
この学校では、自由業としてのヒーローが存在する。
まあ悪いヤツ――この前の〈
だが、如月には〈物語〉の制限が無い。
彼女の〈物語〉はとっくに終わっているはずだからだ。実際仲間たちは引退し、普通に高校、大学での生活を送っているという。〈ミゼリー〉という敵も姿を消した。残っているのは、使い道のわからない如月の能力だけ。
だから出動回数の多い彼女は重宝されていたし、如月は持っている“異能”を含めて、学校側のニーズをほぼ満たす、貴重な人材だった。
変身すればその正体が世間に知られず、正義感があり、大衆からの支持も強い。
さらに彼女の持つ宝石は、一定の範囲内で発生する救難信号――人々の「助けて」という声や強い恐怖に反応し、場所を知らせる性質がある。
学校側が欲しがるのも致し方ない人材ではある……が、しかし。
「今だって、上限目一杯で出てるのにね。これ以上は勉強がきついし……」
「如月は大学進学するんだっけ?」
「うん」夜崎の問いに如月が頷く。「それまでに能力が消えればいいんだけど」
「稼げるんだったらこっちでもよくね? 如月強いじゃん」
「私のはね、夜崎のと違って借り物なの。いつ消えるかわからない」
如月は厳しい口調で言う。
「ああ、そっか。俺のは一生だから……そうか、そういうこともあるよな」
「夜崎のって一生なのか?」
俺が口を挟むと、夜崎は柵に寄り掛かって町を眺めながら。
「んー……らしーね。一族みんな、基本そうだから、俺もそうなんだと思う」
夜崎はそう、微妙な口調で答える。その事実が曖昧というより、その事実に対して、夜崎自身が疑問や懸念を抱いているような、そう聞こえる口調だった。
〈主人公〉たちの抱える事情は様々だ。生まれる前から人とは違う道を決められたやつもいれば、ひょんなことからそういう目に遭ったり、そう選択せざるをえなかったり。あるいは、自ら望んでその道を選んだり。それを納得してるやつも、してないやつもいる。それが憎くて仕方ないやつも、後悔してるやつも、感謝してるやつも。だからこの学校は混沌としていて、どこかよそよそしく、多少ギスギスとしながらも、争うことはない。本当に戦うべき相手は、それぞれに用意されているから。
まあ、それはそれだ。
「それで結局どうしたんだ? 時間、増やすのか?」
「ううん、断った。だって、無理だもん……物理的に」
「そうだよな」
如月には如月のやりたいことがあるんだし……と、俺は思っているわけだが。答えた当人は憂鬱そうに、小さいぬいぐるみをもみもみと撫でている。「あひゃひゃ」と笑うポコは、俺とつるんでいたときよりずっと楽しそうで、ちっちゃいモコモコが笑うたびに如月もつられて笑っていた。
「その宝石、捨てらんねーの? ポコが持ち帰ればいいんじゃね?」
夜崎がポコの方を振り返った。
暴論だが正論だ。目の前にあるから使ってしまうわけで。物理的に引き離せるのなら、極論、如月は自分の時間を犠牲にしてまで、こんなことを続けなくてもいいのだから。
しかしポコが「ウッ」と黙ってしまったので、俺が代わりに答える。
「無理なんだってさ、夜崎」
「え、高橋知ってんの?」
「俺も一度、言ったことがあって」
すると、会話を聞いていた如月が「あはは」と笑う。「気持ちは嬉しいけど」と言いつつも、ポコを自分の肩に乗せてよっこいせと立ち上がり、説明するより見せた方が早いと言わんばかりに、首元から“それ”を引っ張り出した。
山吹色の宝石がはめられた、豪奢な飾りのペンダント。
子供のおもちゃと言われれば相当高価に見えるが、高校生の彼女が身に着けるには、少し幼くも見えるデザインのアクセサリー。それが例のブツであることはすぐに知れた。
如月はペンダントを首から外すと、柵越しに町の方を振り返った。
「見てて――行くよー」
右手でペンダントを握りしめて、如月は大きく振りかぶる。躊躇いなく肩を回すと、彼女の頭上で握力から解放されたペンダントは、綺麗な放物線を描いて、運動場に向かって落下していく。「おお、すげぇー」と、地の投擲力に感心する夜崎とは対照的に、「何度見てもドキドキするぽこ……」と、ポコは心臓があるとおぼしきところに手を当てて、顔を青くしているのだった。
五階建ての建物の屋上から放り出されたペンダントは、あっという間に見えなくなる。
「えーっと、で?」
ペンダントが視界から消えるのを確認して、夜崎はまた如月の方を振り返った。「投げたでしょ?」と如月は手品師のように手のひらを見せ、夜崎は頷く。それとほぼ同時に、彼女の目の高さあたり、ちょうど目の前にきらきら光が瞬いたかと思うと、そこに見えない穴が存在したかのように、ヒュウとペンダントが落ちてきた。
如月は落下するペンダントを、空中でキャッチ。
「こういうこと」
「わー! 戻ってくんのか!」
「遠くまで離れたり、近くに置いていてもピンチの時はね。だからポコも持ち帰れない」
「へぇ。その仕組み、むしろ俺は欲しいけどなぁ。たまに札とか忘れるから」
こうしてみると、二人の境遇は正反対だ。どちらも少し子供っぽいというか、無垢なところが目について、それ以外を比較したことが無かった。
「〈神の宝石〉はコレットランド……ぽこたちの国を作った五人の神様が、その意志を閉じこめた宝石ぽこ。宝石は自分の意志で、力を貸す戦士を決めるぽこ」
「へえー、“石”だけにって?」
「うわ、しょーもなー……」
如月がなんとも言えない表情になる。俺も意見は概ね同じだ。
「だからまあ、“これ”が諦めるまでは、私は変身の能力とお付き合いね」
如月は上着のポケットにペンダントを仕舞いながら、苦笑いでそう締めくくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます