02.


 ポコはジト目になって、人の少ない教室を見回す。


「不思議って、何が?」

「この学校はどこにいても、すっご~い強い力を感じるぽこ。〈シャイニー〉の適性を持ってる子もいるし、逆に〈ミゼリー〉みたいな子もいっぱいぽこ。それなのに戦争が起きないなんて、不思議ぽこね」

「へえ……意外とわかるんだな」

「まあ、この学校にいて、なーんの力もないお前が一番おかしいぽこな」


 普通にムカついたので、俺はポコを握る両手に力を入れる。ゲームコントローラーのスティックを回すのと同じ要領で、両手の親指をぐるぐるぐる……


「あひゃひゃひゃひゃ! やめるぽこ~!! くすぐったいぽこ~!! あひゃひゃ!」

 しばらく無言でぐるぐるぐる。二〇秒を越えたあたりで、ただの笑い声だったのがだんだん過呼吸じみてきたのでやめてやった。ポコはぜいぜい息をしながら、

「む、むごいぽこ~……まさか! 〈ミゼリー〉の仲間!?」

「じゃねーよ。お前の言うとおり一般人だわ」

「ぽ、ぽこ。そうぽこか。ぽこの思った通り、ただの無能な一般人――」

「もっかいやるぞ」

「ごめんぽこ」

 逃げないから離してェ、とポコが言うので、机の上にマスコットを放してやる。クラスメイトがちらちらとこちらを見ているが、俺が相手をしているからか、話しかけてこようとはしなかった。


「で。今回は何をして、如月きさらぎを怒らせたんだよ」

「ぽこぉ……。新しく地球に現れた少女戦士……今回は〈フルール〉っていうぽこな。その子たちがすぐそこの町を活動拠点にしてて、怪人たちと戦ってたらピンチになったって聞いたから、キララに助けを求めたら……助けてくれたけど、怒られちゃって……」

「……まぁ、そうだろうなぁ」

「そ、そうぽこね。わかってるぽこ。わかってるぽこ……」

 ポコはちゃんと反省しているらしかった。しゅんと落ち込んでいるのを見ると、責める気にはなれない。というか俺、ただの部外者だし。


「キララに頼っちゃだめなの、わかってるぽこ。キララはもう、〈シャイニー〉じゃないはずぽこ。去年も一昨年もキララに助けてもらって、それで怒らせちゃったぽこ。でも、キララ以外に頼れないぽこ! ぽこぉ……」

「うーん……」


 こいつがしているのは、一筋縄ではいかない話だった。如月の“イレギュラーな能力”を利用しているのはこいつだけではなく、この学校自体がそうだから。


 すると、前の席に人影が現れた。見上げれば、よく見知った傷跡。

「はよー、高橋たかはし~」

「あれ、夜崎よざき。今日は来たのな」

 俺の前の席である夜崎が、武器の所持が認められているこの学校で、堂々と刀を装備しての登校だ。ケースに入れて背負っているから、事情を知らなければ竹刀としか思われないようだが。

「昨晩はパトロールの当番じゃなかったから、けっこう寝れたの。ってか如月がめちゃめちゃ怒ってたみたいだけど、一体何が――あっ!!」

 夜崎は一人で話題を二転三転させると、俺の机に視線を落として、レアな昆虫を見つけた虫捕り少年のように、両目をカッと見開いた。

「前に如月と一緒にいたやつだ! えーっと、“モコモコ”!!」

「ぽこはポコだぽこ~!!」





 授業が始まってからも、如月は教室に戻ってこない。心配になって机の下で隠れて「どこにいる? 大丈夫か?」とスマホから連絡を入れると、「教頭先生に呼び出されてる」の一文の横に、困った顔の絵文字が添えられていた。さらに一文、「帰りたい」。

「キララはセンセイに呼び出されてるぽこか?」

 なぜか帰らず、俺の机に滞在していたポコが首を傾げて尋ねてくる。授業中というシチュエーションをまったく考慮しない音量で喋るので、その小さな口をむぎゅっと塞いだ。

「もにょにょにょにょ」

「うるせい」


 午後の一コマ目、五限が終わったところで、「如月は?」と前の席の夜崎が振り返って、俺とポコの顔を交互に見た。「先生に呼び出されてるって?」

「あー……聞こえてたよな、さっきの。また出動の話じゃないか」

「如月、よく呼び出されるよな。でも、もう引退してるって言ってなかった?」

 何気ない会話に、横にいたポコが「ぽこぅ……」としょげる。その反応に夜崎は首を傾げて、「どうしたんだよ?」とポコをつついた。

「そうぽこ……キララが〈シャイニー〉だったのは、もう四年も前の話ぽこ。ううん、違うぽこ……キララだけが、今も〈シャイニー〉で……」

「他のメンバーはもう、普通に生活してるんだよな」

 要領を得ないポコの説明に俺が付け加えると、ポコは頷く。

「そうなの? なんか、前にガッコの人らが噂してたのは聞いたけどさ。俺は全然、如月の話は知らないんだよ。去年は違うクラスだったし。高橋は知ってる?」

「如月には、一年の時から構われてたから」


 去年から同じクラスだった如月は、当時から浮いていた俺に、学級委員という名目で何かにつけて構ってきた。そういう関係で彼女とはよく話すようになって、俺は諸々の事情も一応、言葉の上では知っている。

 ポコはもじもじと説明を続けた。


「ポコたちの国には五つの〈神の宝石〉が納められているぽこ。国に災いが訪れたときに、五つの石が地球から心の清い少女を一人ずつ選んで、災いを払うと言われていて……ぽこたちの国が〈ミゼリー〉という悪者たちに乗っ取られたとき、キララを入れた、五人の少女が〈シャイニー〉に選ばれたぽこ」


「設定はオーソドックスなやつだよ。アニメとかでよくある」

 俺が軽く補足すると、夜崎は「ほへー」と、気の抜けた相槌。むむぅとポコが唸った。

「なんか適当に説明されてる感じがして、腑に落ちないぽこが……その説明で、ザッキーは理解してるぽこね。それならいいぽこ」

「お前ザッキーって呼ばれてんの?」

「ううん、俺も初めて聞いた」

「話を聞くぽこ~~!」

 ポコがぷりぷり怒り始めてしまったので、俺たちは背筋を伸ばしてポコの方を向く。


「それで、国から災いが去れば、〈神の宝石〉もみんなの元を去って、ぽこたちの国に帰るぽこ。四年前も、戦いを終えた〈シャイニー〉たちは宝石ともお別れになって……でも、キララの宝石だけは、国に帰らなかったぽこ」


「へぇー、なるほど、そんで如月だけ。なんかどっかで聞いたかも、如月みたいな感じの能力者は、この学校じゃ珍しいって」

 夜崎の意見に俺は頷く。本来、ガッツリ固定のチームを組むような能力者は、あまりこの学校に来ないのだ。女子は特にそうかもしれない。

「あの手の〈主人公〉は地元が活動拠点になるし、学校でも孤立しにくいだろうから」

「むぅ……本当に不思議な学校ぽこね。キララから話は聞いてるけど、地球には〈ミゼリー〉以外に、そんなにたくさん悪者がいるぽこか? 前にキララが通ってた学校では、みんな〈ミゼリー〉や〈シャイニー〉の存在も知らなくて、のほほんとしてたぽこよ」

「ここは特殊なんだよ」

 俺はポコの頭をぐりぐりなでる。

「あう~。ちょっと気持ちいいぽこ~。ところでザッキーは、キララと同じように何かと戦ってるぽこか? ザッキー、強い力を感じるぽこね?」

「ああ、うん。俺はこのあたりの〈悪鬼〉を退治してんだ」

「そうぽこか。学校も不思議だけど、ザッキーも不思議ぽこね。〈ミゼリー〉みたいなオーラがあって、最初はちょっと怖かったけど、キララとも仲良いし、いいひとぽこ~」


 そんな話をしているうちに、休み時間が終わりチャイムが鳴ったが、次の授業は担当教師の急用で自習になったと、別の教師が連絡に来た。しかし如月は相変わらず戻って来ず、「どこにいる?」「六限自習になったけど」と連絡しても返信が無かったので、暇を持て余した夜崎とポコを連れて如月を探しに出た。


 探しに、と言っても、彼女がいるところは、大体見当がついて。

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